112豚 オークの魔法使いは人気者ぶひ!
日々拡張を続けるオークの里。
もう数百体を軽く超えたモンスターが若きオークキングの治める里に集まっている。
モンスターが自由に闊歩する皇国跡地においても着実に勢力を伸ばしているオークの集団。
本来モンスターの中では力の弱いオーク達であるが、しっかりとしたリーダーの元、統率力を発揮した現状において、オークの里のモンスター達は皇国内での一大勢力として成長していた。
全ては一緒に楽しく暮らすんだぶひという方針を掲げたオークキングの功績だ。
だが、突然オークの里に現れた若きオークの魔法使いの存在も見過ごせない。
「魔法が使えるオークが現れるなんて信じれないぶひ」
「あいつのヒールで曲がった腰が治ったんじゃぶひ」
オークの魔法使い、スローブがオークの里にやってきて十日近くが過ぎた。
パリッとしたシャツを着るスタイリッシュオークの存在はオークの里においても着実に影響力を強めていった。
オークの魔法使いは弱ったオークや傷付いたオークがいると聞けば、彼らのもとすっ飛んでいき、水の魔法ヒールを唱えて彼らの傷を癒してくれるのだ。
オークには珍しくシュッとした顔つきには何だかカッコいい! と異性のオークからの人気もすこぶる高い。
「しかし、すごいのおぶひ」
「スローブはオークの里に現れた英雄じゃあ」
オークの魔法使いは日中にふらっといなくなると、厄介なダンジョンモンスターを討伐してきてくれたり、土の魔法を使って里の拡張に尽力してくれたり、時には他の村からオークの魔法使いを一目見ようとオーク達がオークの里に来ることもある程だ。
すると彼らはオークの里で出される食事に感激して、そのまま居ついてしまうのだからオークが単純と言われるのも納得である。
「オークの魔法使いじゃあぶひ」
「どこで生まれたのか気になるのおぶひ」
「ありがたやじゃぶひ。オークの魔法使いありがたやじゃぶひ」
オークの魔法使い、スローブのお陰でオークの里はさらに活気付いた。
子供達も風の魔法見せてーとスローブに纏わり付いている。
食事を作っているオークが彼のご飯を大盛りにしてあげてるが、それも当然だとオークの里では暗黙の了解になっていた。異性のオークが食事当番の時など、スローブに山盛りのご飯を上げるせいでシュッとした顔がデブってしまうと、食事当番が怒られることさえあったのだ。だがスローブはいつもお代わりをするので、次第に誰が食事当番でも大盛にしてあげるようになっていた。
「おお。サキュバスのシャーロットちゃんじゃあぶひ」」
「サキュバスが服を着ておる。新しい時代じゃあ」
「しかもオークの魔法使いのまぶらしいのおぶひ」
あのサキュバスも可愛いのうと特にオークの年寄りがぶひーと見つめていた。
今はワンピースの背中部分に穴を開け、小さな翼でふらふらと空を飛んでいる。
だが空を飛んでいるサキュバスは下から覗くとパンツが見えてしまうので、サキュバスが空を飛んでいる時は上を眺めるの禁止という、シャーロットちゃん警報という不思議なルールがオークの里にはいつの間にか出来ていた。
嘆かわしい限りじゃぶひとオークの爺さん達は言うが、エアリスが決めたので逆らえないのだった。
「エアリス様は厳しくていかんわいぶひ」
どこか厳めしも魅惑的なエアリスの眼差しに睨まれると、オークの里のオーク達は何も言えなくなってしまう。さらにエアリスは北方魔王のお姉ちゃん。
だからオークの里のオーク達はサキュバスが空を飛んでいる姿を見つけると眉間に皺をよせ、険しい顔で下を向いてしまうのだった。
「サキュバスが現れる所、幸運が訪れると聞いたことがあるのじゃあぶひ。エアリス様が言っておる大移動が上手くいく前触れじゃあぶひ」
「何でも話によると安住の地はダリスにあるらしいじゃあぶひ」
「なんまいだぶひ。サキュバスのシャーロットちゃん、なんまいだぶひ」
遂にはオークの里に舞い降りた淫魔、愛らしい顔のサキュバスを崇め始めるオークも現れてしまう。
中には食事の時にシャーロットのご飯を大盛りをしてあげるなどと卑劣な手段を使ってポイントを稼ごうとするオークも現れてしまうのだった。
● ● ●
「「「シャーロットちゃん警報ぶひいいいいいい。上を見たらダメぶひいいいいい」」」
ブヒータは青空食堂でぶひぶひ言いながら一冊の本を読んでいた。
それはスローブから借してもらったモンスター図鑑だ。
オークキングであるブヒータは他のモンスターとオークが喧嘩をした時の仲裁もしたりしているので、このような本はとても興味深いのだった。
「ぶひ?」
本に暗い影が差した。
見ればエアリスがブヒータの隣にやってきていた。
そういえばさっきシャーロットちゃん警報が鳴ってたぶひね~とブヒータはオークの里でもお馴染みになった警報をしみじみと思い返すのだった。
「サキュバスなのに本当に恥ずかしがり屋ねシャーロットは。でもあの警報が聞けたらオークの里に戻ってきたって気がするわ」
「エアリス様、お帰りなさいぶひィ!」
「ブヒータ。またオークの数が増えたんじゃない? 皇国中のオークがオークの里に集まったといっても間違いじゃないわね」
「そうぶひぃ! オークの里は平和だから皆が集まってきたんだぶひぃ。それよりエアリス様。ウィンドル領への移住の話はどうなったぶひぶひィ?」
噂話が好きなピクシー達が探し出した夢の楽園。
エアリスが密かに進めていた移住の計画は既に皇国に住まうモンスター中に広まっていたのだ。
「ウィンドル領へ調査しに行ったモンスターによるとあそこは本当に人間が入れないみたい。中に入っちゃえばこっちのもんって言ってたわ」
「すごいぶひぃ! 早く移住するぶひい!」
「そうね……ダリスの貴族とも急に連絡が取れなくなっちゃうし、帝国が国境から軍を下げた今、このままだと北方と南方に挟み撃ちにされる可能性もあるし……本格的に移住を急いだ方がいいかもしれないわね」
「ええーー!! 帝国が軍を下げたって話が違うぶひィ! おいら達がやられないように国境から牽制してくれるって話だったぶひィ!」
何気ないエアリスの言葉にブヒータは大きな口を開けてしまう。
エアリスは慌ててブヒータの喧しい口を塞ぐために両手を押し付けたのだった。
「静かにしなさいブヒータ! これはトップ中のトップシークレット! 誰にも言っちゃだめよ。皆を不安がらせたらいけないわ」
「わ、わかったぶひぃ……ふごふご」
世間に疎いブヒータも理解した。
今の皇国はモンスターにとって安全な環境だ。
けれどそれは帝国が支配する北方よりは安全というだけで、皇国に侵入する冒険者達やダンジョンモンスターといった自分達を脅かす危険はまだまだたくさんあるのだ。
しかし国境から軍を下げるなんて、一体帝国に何があったのだろう。
ブヒータは手元の本のページをペラペラと捲りながら、考えるのだった。
「……ブヒータ。貴方、さっきから何を読んでるの? 貴方も他人事じゃないのだから真剣に考えないとダメよ。これから北方に戻っても仕方ないし、どうやってダリスの人間に気づかれずにウィンドル領に侵入出来るか考えないといけないわ」
モンスターである彼らの新天地、その場所こそがウィンドル男爵領であるのだった。
そこは正式な領主もおらず人間達も入ってくることは出来ないとして、まさにモンスター達にとって最高な環境が揃っているのだ。
ちなみにウィンドル領の正式な跡継ぎである筈の傭兵さんは今牢獄の中でぶち切れているのだが……そんなことモンスターである彼らは知らないのであった。
「エアリス様! これはスローブから貰ったモンスター図鑑ぶひよ! ブヒータは今必死においら達をウィンドル領まで運んでくれるモンスターを探してるんだぶひ!」
ブヒータはパラパラパラーとモンスター図鑑を捲っていく。
スライムだったりゴーレムだったりがイラストつきで丁寧に描かれていた。
「あっ、サイクロプスぶひ。なんまいだぶひ、なんまいだぶひ。成仏してくれぶひィ。あれ、よく見たら可愛いモンスターが乗ってるページに折り目が付いてるぶひ?」
「モンスター図鑑? ふうん、面白そうじゃない、ちょっと見せてみなさい」
エアリスはブヒータからモンスター図鑑を奪い取った。
「ふむふむ。オークは馬鹿で間抜けである。そうね、当たりだわ」
「そんなこと書いてないぶひい!」
「ふんふん……」
そう言って本を読み進めていくエアリス。
二人はあーだこーだと言いながらペラペラとモンスター図鑑のページを捲っていく。
そんな中、ブヒータの脳裏にピカーンと良いアイデアが閃いた。
何だかんだでブヒータもオークの里を纏めるオークキングである。
自分達の今後についてはちゃんと考えていたのだった。
「例えばエアリス様! 夜にウィンドル領に空から侵入するのはどうぶひィ?」
「うーん。それは考えたんだけど……ばれたときの危険が大きいわ。それにモンスターが皆空を飛べるわけじゃないし」
「じゃあ水中から行くのはどうぶひィ!?」
「水中? ワケが分からないわブヒータ」
「エアリス様! この水中お届けモンスターさんを見るぶひィ!! 水の中に住む巨大な竜、別名水中のお届け屋さんぶひィ!! 水竜は大きな口から何でも体内に詰め込んで水の中を泳ぐって書いてるぶひい!」
「水竜? そんな珍しいモンスターまで載ってるのね……ちなみに私も見たことがないモンスターよ。それで? どうやってウィンドル領に行くの?」
「水中を進んでウィンドル領の水場においら達を届けてもらうんだぶひい! そうすれば人間に気付かれずにウィンドル領に侵入出来るぶひい! とっても良いアイデアだと思うぶひい!」
「水竜はとっても珍しいモンスターよ……。どこの水場にいるのかも分からないし、一説には絶滅したとも言われているわ……でもブヒータにしては確かに良い考えね」
エアリスはじーっと水竜が描かれたページを見つめている。
褒められたブヒータはわーいと喜んでいた。オークというのは元来単純なモンスターである、ブヒータもその単純っぷりを如何なく発揮していた。
「―――そういえばブヒータ。スローブはどこいったの? ダリスで生活していたスローブならウィンドル領への秘密の抜け道とか知っていたりしないかしら?」
エアリスはシャーロットからスローブについての話を色々と聞いていて、スローブに興味があるのだった。
それに、何でもシャーロットはスローブの従者であるらしい。
昔、大変だったときに命を助けられてからシャーロットは一生付いていく事に決めたと言っていた。
賢いサキュバスが間抜けなオークの従者!
とっても可笑しい話なのだけど、スローブはオークの魔法使いでとっても優秀だ。
オークだけど、もしかしたらシャーロットは見る目があるのかもしれないとエアリスは常々思っているのだった。
「スローブはまた泉の様子を見てくるって行ったぶひい! 泉でちょっとずつポイズンスネイクの毒で汚れた水を浄化してくれてるんだぶひい! あと泉に住んでるリューさんってモンスターに話をしにいくって言ってたぶひい!」
「泉の浄化ってそこまで行くと水の上級魔法じゃない! やっぱりスローブは侮れないわね……
「スロウ・デニング! そいつならおいらも知ってるぶひィ! 黒龍を倒したって噂の奴ぶひィ! 会えたらサイン貰いたいぶひィ! でも風の剣士にはリベンジしたいぶひィ!」
「サインってあのね……」
ピクシーはお喋りや噂話が大好きなモンスターである。
どれぐらいお喋りが好きなのかというと、彼女達の中には好奇心旺盛で人間と話をするために人間の住む世界に飛んでいく者もいるぐらいなのだ。
そんなエアリスの仲間たちが聞いてくる噂には、スロウ・デニングの話もあった。
ダリスに現れた若き英雄。
精霊に愛された
「それよりブヒータ。あの泉にモンスターなんて住んでいたかしら?」
先ほど話題に出た水竜がエアリスは気になるのだった。
大陸の地下に存在する巨大な地下水脈に生きる不思議なモンスター。
もしかしたらあの泉に水竜が住み着いていたらいいなあなんて淡い期待を抱きながら、ブヒータに聞いてみた。
「あんまり覚えてないけどスイ~リュのリューさんって言ってたぶひィ! ブヒータにも今度紹介してあげるって言ってたぶひィ! 楽しみぶひィ!」
ブヒータとエアリスは知らないが―――。
―――まさに二人が望むモンスターがその場所にいたのだった。
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