111豚 プリンセス・カリーナの決断

「マルディーニ、王室騎士ロイヤルナイツ! 答えなさい! 何故あれから彼の情報が無いのです! 一体、貴方達は何をしているのですか! マルディーニ! 貴方は言いました! 数日で彼をこの場に連れてくると!」」


 一夜にして彼を取り巻く現状は大きく変わった。

 騎士国家ダリスの大貴族。

 風のデニング公爵家が生み出した豚はもうどこにもいない。

 誰も彼もが若き英雄、ドラゴンスレイヤーの誕生を祝いデニング公爵家を喝采した。

 だが同時に、彼女シャーロットの不安は的中してしまった。

 現在はオークへと姿を変え、ぶひぶひぶひ~と半分遊んでいる彼の傍で幸せを堪能している彼女は何も知らない。

 彼の従者を自認する亡国の姫が与り知らぬところで、事態は大きく動いていた。

 

「光の大精霊様は言っておられました! ヨーレムの町で起きた治癒の雪は彼が巻き起こした奇跡だと! 忠には報いるところが必要です! 彼をわたくし守護騎士ガーディアンにするのが妥当でしょう!」

 

 まずは騎士国家ダリスの姫が動き出す。

 彼の故郷の王女にして、表に出ることを拒み続けた少女が取る選択肢は大胆不敵にして苛烈な一手。

 即ち、王位継承者としての全権を用いて彼をこの場に連れてくる。

 滅ぼされしヒュージャックの姫が月夜に照らされる可憐な白百合であるならば―――。

 ダリスの姫は―――生まれたばかりの雛である。


「マルディーニ! 何を逃げようとしているのです! まだ話を終わっておりませんよ!」



   ●   ●   ●



 騎士国家ダリスの王女。

 カリーナ・リトル・ダリスはふわふわの金髪をなびかせ、枕をギュッと抱き締める。

 自分には無理だと王女としての振る舞いや国の行事への出席を拒み続けた王女はベッドの上から、配下の者達へ激を飛ばす。

 戦々恐々としている数名の王室騎士達にとっては、広々とした王女の自室に入ることすら初めての経験だった。


「カリーナ姫、我らも全力を尽くしております……この国は当然としてサーキスタ共和国、魔道大国ミネルヴァ、自由連邦にもスロウ・デニングの手配書を相当数、配布致しております。南方に生まれたドラゴンスレイヤー、巷では彼の話題で溢れており、その所在地はすぐにでも見つかると思ったのですが……」


 マルディーニ枢機卿の言うとおり、ダリスの各都市はお祭り状態であった。

 騎士国家ダリスにドラゴンスレイヤーが生まれ、モンスターの襲撃にあったクルッシュ魔法学園を守護騎士ガーディアン候補の剣士と共に救った男の子。

 墜ちた風、豚公爵と蔑まれて、デニングの恥とまで言われた彼が戻ってきた。

 しかも守護騎士ガーディアン候補であった平民剣士は昔、風の神童が取り立てた騎士であったという。

 嘗ての主従によって、未曾有の大災害が防がれたのだ。


「マルディーニ! わたくしは彼がクルッシュ魔法学園でどのような生活を送っていたのか知りたいと思います! この国の次期女王として、守護騎士ガーディアンとなる彼とは長い付き合いになるでしょうから!」


 マルディーニ枢機卿は人が変わったようなカリーナ姫を困ったように見つめた。

 カリーナが抱えている思いが憧れなのか恋なのか、マルディーニには理解出来ない。

 だが、若き英雄が生まれたあの日から姫の世界が一変したことは分かった。

 誰にも何にも興味を持たなかったこの国の王女は、たった一人の少年に興味を持った。

 いや、持ってしまったというべきか。

 若干の苦々しい思いをマルディーニ枢機卿は噛み締める。自分達がどれだけ手を尽くしても変わらなかった王女としての自覚。それをたった一晩で、まるで魔法のように変えてしまった一人の若き英雄に対して、悔しささえも覚えてしまう。


「彼がクルッシュ魔法学園で特に親しくしていた交友関係を洗い出しなさい! そこから彼の行き先の手がかりを得ることが可能かもしれません!」


 ここ数日は事後処理に追われていた。

 スロウ・デニングという英雄について報告という形で情報は上がってきていたが、どれもリアルが乏しく現実味が無いものだった。

 豚公爵、風の神童は偉業を達成する前から学園で少しずつ変わっていったという。

 一体、クルッシュ魔法学園で何があったのか。

 マルディーニもまたカリーナと同じように知りたいと思っていた事柄であった。


「なるほど、良い考えかもしれませんな。……そしてそれならばちょうど適任がおります。彼の友人として報告に上がっていた者が今、王都におります故に」

「ここに!? それは一体誰なのですか!」

「……かのグレイトロード子爵の嫡子でございます。名前は確か……そう、ビジョン・グレイトロードといったか」

「グレイトロード? どこかで聞いた名前ですね」


 やはりスロウ・デニング関連以外のことについて、カリーナ姫は何も知らないらしい。

 だがカリーナ姫は外の世界についてようやく興味を持ち始めた。

 遅すぎる自覚だが、明るい未来への兆しでもある。

 

「現在、王城地下の貴族牢にて捕らえておる男です、カリーナ姫」

「貴族牢? あれが使われるのは滅多にないことでしょう。一体、グレイトロード子爵は何をしでかしたのですか?」

「皇国を占領している北方魔王配下の一団。魔王派を自認している者達と繋がっていた疑惑があるのです」

「まあ、なんてこと! 我が国にそんな豪胆な者がいたのですか!」

「カリーナ姫……スロウ・デニングの足取りも重要もですが、他にも沢山重要なことが世にはあるのです。ドストル帝国の南下や、国境を接する皇国を占領するモンスター達、そしてあのウィンドル領など一向に改善の気配が―――」

「―――それでどうしてグレイトロード子爵のご子息がここにいるのですか?」

「グレイトロード子爵領から抜け出そうとしている領民が多数いるようで、混乱している領民に説明しなければならないと王城に乗り込んできたのですよ。父であるグレイトロード子爵と会わせて欲しいと、当然却下致しましたが」

「まあひどい! どうしてそんな可哀想なことをするのですマルディーニ!」


 カリーナは口を覆った。 

 そのビジョン・グレイトロードという少年はさぞや辛い思いをしているだろうと思ったからだ。


「グレイトロード子爵は北方のモンスターと繋がっている可能性がある大罪人、当然この先―――」

「―――マルディーニ! やっぱり話が長くなりそうだからそこでストップ!」


 この国の重鎮にこのような態度を取れるのはダリス広しといえど、彼女ぐらいだろう。

 マルディーニ枢機卿の背後で整列している王室騎士ロイヤルナイツ数名はごくりと息を呑んだ。さすがにマルディーニ枢機卿の怒りが炸裂するかと思ったが、彼の言葉を待たずして王女は次の言葉を言ってのけた。


わたくしが今知りたいのはあの人の学園での生活よ! 今すぐここにビジョン・グレイトロードを呼びなさい! 今すぐにです!」


 彼女はこの国の王女であり、ダリスの未来だ。

 王女の教育はこれから始めればいいとマルディーニ枢機卿は考える。

 マルディーニ枢機卿、そして王室騎士ロイヤルナイツ数名は敷き詰められた絨毯の上に膝を置き、若く美しい王女を見上げ言葉を紡いだ。

 

「直ちにビジョン・グレイトロードを呼んで参ります。我らが君―――プリンセス・カリーナ」


 

   ●   ●   ●

 


 クルッシュ魔法学園男子寮の一階。

 タコ部屋の有様を呈するそこは主に、平民学生のための住居である。

 だが貴族でありながら、平民の住居へ移動することを学園長に頼み込んだ一人の物珍しい男子生徒がいた。


「父上。貴方のせいでグレイトロード子爵領は大騒ぎですよ……。あの呪われた大地、ウィンドル男爵領を預かっているというだけでも領民からは未だに非難されているというのに……。北方のモンスターと繋がっていたなんて……」


 予想通りといえば予想通りだが―――。

 ―――王城で全く相手にされず、とぼとぼと帰路についているビジョン・グレイトロードの肩が背後から強い力で捕まれた。


「うわっ!」


 驚いて振り向くと数名の屈強な男達がビジョンを見つめており、大半は王室騎士の証である白い外套を羽織っている。

 そして髪を剃り落とした豪傑、元王室騎士でありながら現在はダリス内政を司る国の重鎮。

 子供でもその顔を知っているマルディーニ枢機卿を前にして、ビジョンは一瞬で心臓が冷える心地を味わった。

 例えるなら巨大な象に睨まれたネズミのような―――


「君がビジョン・グレイトロード、あのグレイトロード子爵の嫡子であるか……。さて、カリーナ姫が君と話をしたいそうだ。追い返しておいて悪いが再度、王城にご足労願おうか」

「え? ……カリーナ? ………………」


 はて、カリーナ姫とは誰だろう?

 どこかで聞いたことがある名前だ。

 はてはてと、ビジョン・グレイトロードは暫く考え込んで―――。


 こうして男子寮一階の貴公子。

 ビジョン・グレイトロードは彼が引き起こす騒動に望む・望まないに関わらず、強制的に巻き込まれてしまうのだった。

 どこまでも自由な豚公爵を中心として繰り広げられる各国のお姫様や人外の者達が織り成す恋愛模様―――。

 間違いなく―――最大の被害者になるであろうビジョン・グレイトロードの受難の日々はこれより始まる。


「え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”えぇぇ!!!!?????!!!!!!!」


 ダリスの王女であることを思い出し―――絶叫した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る