110豚 オークキングは結構重い

「……スローブ。痛いぶひィ……」

「あんだけヒール掛けてやったろ? 元気出せよブヒータ。命あるだけ儲けもんだぜ?」


 変わらない景色の中をどこまでも歩きながら―――頭の中で幾つもの方程式を組み立てていく。

 えーと、世界を救うにはあーしてこーして、っと。


「スローブ、オークの里はあっちぶひィ」


 俺はブヒータの指示通りにオークの里を目指し、えっほえっほとと森の中を歩いていた。


「それよりシルバの奴ちゃんとやってるかなあ。枢機卿や父上との交渉を全部押し付けちゃったけど……今更俺がデニング公爵家に出向いたらとんでもないことになりそうだし……お家騒動に関わってる暇は無いんだよなあ……」

「シルバ? 誰ぶひィ? 何かおいらにとって、とっても不吉な名前の気がするぶひィ……」

「あぁ、俺の騎士だよブヒータ。多分、俺よりも強くて、主人公タイプの剣士ぶひよ」


 シルバは今、ダリスで相当な目に合ってるだろうな~。

 マルディーニ枢機卿や父上から詰められたり、この付与剣エンチャントソードは何だぁ~~と身体をガクガク揺らされたり、街の人から質問攻めにあったり、想像するだけでも恐ろしい。

 けどきっとあいつなら乗り切ってくれるだろう、それに何だか俺の想像以上にやる気に満ち溢れていたからな。


 何を隠そう、傭兵さんの正体は元ダリスの貴族令嬢。

 悪役令嬢に堕ちたナタリア・ウィンドルを牢獄から出し、自由な身にするという大事な役目は俺にしか出来ないっすよ坊ちゃんと息巻いていた。


「騎士ぶひィ!? スローブには騎士がいるぶひィ! 羨ましいぶひィ!!!」

「急に元気になったなブヒータ、おい。背中で暴れるなよ」

「カッコいいぶひィ! おいらも主人公タイプの騎士になりたいぶひィ~~!!」


 傭兵となったウィンドル男爵家の生き残り、彼女の本当の夢はウィンドル領の復興だ。そして俺が目指す最速世界平和にもウィンドル領の復興は大きく関わってくるから傭兵さんには何とかして俺たちの夢に協力してもらわねばならないのだ。


 それにしてもあの傭兵さんがウィンドル男爵家の生き残りって知った時はシルバ、ビビってたな。あいつも確かウィンドル男爵領出身だし。


「ブヒータはオークキングなんだから騎士を持つ方じゃないのかよ!」

「おいらはオークキングとして皆に指示するより、自分で戦う方が向いてる気がするぶひィ!」 


 さらに次なら一手は既に決めてある。

 皇国で魔王派のエアリスとの間に友好を築いた後は、反逆ギルドによって支配され、大いなる自由を謡うあの国に向かわなくてはならない。

 南方四大同盟の一角へ。

 アニメでは自由連邦を半壊させたドストル帝国の英雄、三銃士の一人を探し出さなくてはならないのだ。


「スローブ! スローブの騎士の話を聞きたいぶひィ!」

「うーん……そうだなぁ。あいつらはなあ―――」


 半人半魔の不思議な存在リビングデッド

 人間であるかモンスターであるか自分でもよく分かっていない帝国の最高戦力。

 たった一人で万の軍勢を操る厄介な北方の英雄さんはとある怪盗さんを殺すために帝国から自由連邦に派遣された刺客なのだ。

 自由連邦が誇るダンジョン都市でボロ宿を営んでいる怪盗さん。

 通称、デスメルル。

 その正体は反逆ギルドの大幹部でありながら怪盗業も営むマルチなお方。

 だが、今度は盗んだ相手が悪すぎだ。

 ドストル帝国の影の支配者、闇の大精霊さんの自室からとある魔道具を盗み出し、大精霊さんの逆鱗に触れてしまったのだ。


「あっスローブ! オークの里が見えてきたぶひィ!」


 次なる行動が俺の夢にとって何よりも大事な一手となりそうだ。

 帝国が掲げる最強の戦士、三銃士の名声に土をつける。


 自由連邦にたった一人で喧嘩を売る北方の英雄ドライバック・シュタイベルトとそして反逆ギルドの大幹部デスメルル

 そんな二人の戦いを横から掻っ攫い―――。

 ドストル帝国の生ける伝説を圧倒することで、ダリスの真っ白豚公爵は―――。


「おい、暴れるなよ! 暴れるな! ……ぶひぶひ!」

「降りるぶひィ! スローブ! もう大丈夫ぶひィ!」


 ―――大陸最強のオークになるのだ。

 ……ああ、間違えた。

 オークじゃないか、俺は真っ白豚公爵!



   ●   ●   ●



「オークキング様ぁぶひ」

「これブヒータ。冒険者に後れをとるなど情けないぶひよ」


 オークの里でブヒータは治療を受けていた。

 周りには里中のオークが集まり、心配そうにブヒータに視線を向けている。


「弓矢がいきなり何本も飛んできたんだぶひィ! 全く気配を感じなかったから凄腕の冒険者だと思ったぶひィ。スローブの知識によると青い腕輪はB級冒険者の証らしくて、B級ってのは一人前の冒険者らしいぶひィ……あいたたたぶひィ」


 ブヒータはB級冒険者一人と戦いになった。

 短い時間の攻防でB級冒険者は形勢悪しとみたのか逃げていったらしいのだ。

 俺が着いた時にはブヒータは肩に突き刺さったナイフを引き抜いて、いってーいってーぶひ!!! と叫んでいた。全く心配させやがって。


「皆、余り森の中には入らないようにするぶひよ。ブヒータでこれだから、B級冒険者に鉢合わせすれば皆なんかすぐにやられちゃうぶひ。なんまいだぶひになっちゃうぶひよ」


 オークキングは通常B級モンスターに指定されているモンスターである。

 だがブヒータはオークの軍を指揮する通常のキングタイプじゃなくて、自ら先頭で戦って鼓舞するタイプのオークキングだ。

 B級冒険者がたった一人で戦うには厄介なモンスターと言えるだろう。

 

「皇国も危険ぶひねぇ。どこかに安住の地はないのかぶひ」

「エアリス様が安住の地を見つけたって言ってたぶひぃ! おいらも詳しい話は分からないけど、エアリス様に着いて行けば間違いないぶひ! だから皆、死んじゃだめぶひよー! 暫くは森の中に入るのは禁止ぶひ!」


 冒険者にはその実力に見合ったランク。

 Fから順にE,D、C、B、A、特A、S級と区別がされている。例えばアニメの中ではシューヤは一時、冒険者としてダンジョンに潜っている時期があった。火の大精霊と完全に心を通わず前のあいつはB級冒険者まで辿り着いていたな確か。

 ちなみにシルバは放浪の旅のさ中、A級冒険者としてダンジョンに潜ったことがあると言っていた。


「「「人間怖いぶひ~~、安住の地に行きたいぶひ~」」」


 しかし、あの泉の近くに冒険者が現れた、それもたった一人で。

 単純に喉が渇き水を求めてやってきたのか、それとも何か別の目的があったのか。

 あそこに水を汲みに来るオーク達を偵察にやってきたとかだったら厄介だな。

 でもまさか冒険者の方もいきなりただのオークじゃなくて、進化したオークキングと鉢合わせすることになるなんて思っていなかっただろう。

 

「でも泉に住まうポイズンスネイクは追い返したぶひ! もう水は安全ぶひよ! 冒険者がいなくなったら水は飲み放題ぶひ! いぇーいぶひ!」

「「「いぇーいぶひ!!!」」」


 おっと、一人に物思いにふけってしまった。

 いつの間にかオークの里にうお~と歓声が響いている。


「それにしてもスローブの魔法はすごかったぶひ! 皆にも見せたかったぶひ!」

「「「オーク~、オーク~、スローブはオークの魔法使い~」」」


 ……全く、オークってやつらは愉快なモンスターだな。

 俺はオーク達が奏でるヘタッピな歌を聞きながら食べ残しのご飯をバクバクと食べている。隣にはシャーロットが椅子に座っており、「オークの料理人達の技は単純だけど侮れません、オーク料理はサバイバル業界に革命を起こすかもしれませんよ……。デニング家にあの料理法を伝えればどれだけ喜ばれるでしょう……」と何故か興奮していた。

 目がマジだったので俺はシャーロットを暫くそっとしておくことに決めた。


「あ! エアリス様ぶひ!」


 目を細めると、空の向こうから誰かがオークの里に向かってきているようだった。

 ブヒータの云う通り、空の向こうからやってきたのは皇国を支配しているモンスターのボス、森の妖精、ピクシー種のエアリスだった。

 そのまますぅ~っと俺たちの向かい側、ブヒータの隣にエアリスが座った。


「ふぅ、ユニコーンの村の問題は何とか解決したわ。それにしても美味しそうなものを食べてるわね……。ブヒータ、あたしにも何か食べ物くれる?」

「分かったぶひィ、今持ってくるぶひい!」


 ブヒータは病み上がりで、さらに冒険者と戦った後だというのに元気に立ち上がった。

 オークの料理人達が集まる調理場に走っていく。

 オーク達の視線を一身に受けながらエアリスは青空教室ならぬ、青空食堂の席に堂々と座っていた。

 やっぱりエアリスも今の皇国のボスだけあって特権階級らしい。

 早めに食事にありついている俺や、これから食事をするらしいエアリスをオークさん達が羨ましそうに見ていたり、野草をはむはむと食べている白い淫魔のサキュバスを一部の老人オークがなむなむと拝んでいた。うーん、やっぱりカオスだな。


「ねぇシャーロット。突然だけど貴方……文字は書けるかしら?」


 ずいと身を乗り出してエアリスは言った。

 どうやら目的は俺じゃなくてシャーロットのようだ。


「え? 文字ですか? はい、えっと、書けます」


 この世界の文字は共通だ、北方でも南方でも全ての国で同じ文字を使っている。


「やっぱり! さすが知能の高いサキュバスね! それで貴方達、暫くここにいるんでしょう!? サキュバスである貴方に暫く私の仕事を手伝ってほしいのよ」

「お仕事ですか……?」

「私は今、オークの里を拠点に他のモンスター達が住んでいる村を回っているの。彼らが何を求めてるか、困っていることは何かそういったのを紙に書きとめて欲しいのよ。ほらサキュバスってオークと違って頭が良いモンスターじゃない? 助手みたいなものね。それにオークって空飛べないじゃない?」


 エアリスはがしっとシャーロットの手を取った。

 剛速球並みの直球で頭が悪いと言われ、オークさん達が憤慨しているぞ。

 それにしてもエアリスの仕事の手伝いで他のモンスターの村に行くねえ、それはちょっと危ないんじゃないだろうか。

 机の下で涼んでいた風の大精霊さんも慌ててシャーロットの膝に飛び乗っていた。シャーロットの保護者を気取る大精霊さんも考えることはどうやら俺と一緒のようだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれエアリス……シャーロットは、その……」

「あ。スローブ様、私……ちょっと興味あります……エアリスさんの仕事を近くで見たいですし……それにあの……サキュバスも空って飛べるんですかッ!?」


 あっ……そっち?

 でもそんなキラキラした目で見つめられた、さすがの俺も断るわけにもいかないのだった。

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