109豚 俺の元にやってこい―――闇の大精霊!

 湖と言っても差し支えない程の大きな泉の傍で俺は祈りを捧げている。


静かに狂え泉の主清らかなる水戻ってこーい……ぶひぶひ


 ついでにアニメで大活躍したとあるモンスターに呼びかけをしてみる。

 返事は無かった。ぶひい……そんなに都合よくはいかないか。


 しかしキレ―な景色だなー。

 湖畔に佇む俺達の背後にはどでかい大樹がドーンと生えている。

 これが大樹ガット―である。

 大樹ガットーと周囲の自然が織り成す光景には人の手が一切入っておらず、その光景の雄大さから皇国でも指折りの観光地だったらしいこの場所。

 昔は旅人が森に入って大樹ガットーの悠々しい姿の前に祈りを捧げていたとか何とか。

 ……。

 おっ、そろそろかな


「ブヒータ! そろそろポイズンスネイクが出てくるぶひ! 後は任せるぶひよ~!」


 清涼な空気が素晴らしい大樹ガット―のすぐ目の前にオーク達が飲み水として利用しているらしい泉があった。

 だが泉というよりは湖といった方がいいかもしれない程の大きさだ。

 ……ぶひぃ。

 さらに俺はこの大きな泉に見覚えがある。

 アニメの終盤で大活躍した特別な場所だから忘れようったって忘れられない。


「分かったぶひィ! オークキングのナイフ捌きをスローブに見せてやるぶひィ!」


 ブヒータはナイフを手に持って、泉から出てくるポイズンスネイクを今か今かと待ち構えてた。 

 ちなみにシャーロットは俺たちにあてがわれる家とオークの里の料理人達に興味津々らしく俺とは別行動だ。大勢のオークの中で大丈夫かと思うが、風の大精霊さんがびっちりとシャーロットの傍で目を光らせているから心配はないだろう。

 それにしても風の大精霊さんの猫又っぷりは凄まじかった。猫又は基本的に害の無いモンスターという理由もあるだろうが、ブヒータからオークの里について説明を受けている間、子供オークと共に走り回っている光景を何度見たか分からない。

 さて、オークの里で問題になっていた水問題。

 泉に住み着き水を汚していたポイズンスネイクさんはというと―――。


「きゅううううううううううう」


 俺が水の魔法で泉の中をかき回すと、辛抱溜まらんといった具合に水の中から飛び出してくた。

 ブヒータには俺がポイズンスネイクの相手をすると提案したのだが、オークキングとしてのプライドがあると自分一人で戦うといって聞かなかった。


「きゅうううううううう」

「泉から出ていってもらうぶひよ! じゃないと今晩のご飯になるぶひィ!」

「きゅううううううううううううううううううううううううう」


 ポイズンスネイクの太い胴回りによじ登ったブヒータがナイフでポイズンスネイクを脅していた。

 目を><にして泉から逃げ出すポイズンスネイクの大きな後ろ姿を見送りながら、俺は何ともいえない充実感に包まれているのだった、


「でか蛇……元気で生きるぶひよ……」


 勿論、俺の声だ。



  ●   ●   ●



「ぶひぶひぶひぶひ!」


 俺は必死に土を掘っている。

 だけど俺はモグラじゃないぞ。スコップを持ったオークである。

 ポイズンスネイクを退治した後、俺はすぐに大樹ガット―の根元に埋められた死の大精霊の卵を掘り出すことにしたのだ。ブヒータも最初は面白がって手伝ってくれたのだが、中々卵が見つからないためつまらないぶひーと言って森の中へ行ってしまった。

 ナイス判断だ。

 素手で土を掘り返すのはさすがのオークでも無理があるだろうと俺は思っていたのだ。


「ぶひぶひぶひぶひ!」


 ブヒータはオークの里で問題になっている冒険者達が森の中に隠れてないか探してくるらしい。

 冒険者はモンスターであるオーク達にとっては危険極まりない相手だ。ブヒータが怪我をしないよう祈るのみである。


「あった…………死の大精霊の卵、獲ったどー!!!」


 そして遂に俺は見つけた。

 紫色の斑点が刻まれた手の平サイズの白い卵は死の大精霊の卵と言われるものであり、帝国を牛耳っていると自称する闇の大精霊ナナトリージュが求めているとんでもアイテムなのだった。

 ちなみに俺はこれが一体どんなとんでもアイテムなのか知らないぞ。ただアニメの中では闇の大精霊ナナトリージュがこれを滅茶苦茶欲しがっていたので、闇の大精霊の中ではとんでもない代物として認識されているのだろう。

 

「でもこれが中身の無いガラクタだって言うんだから救えない話だよな。闇の大精霊もこれの中身が無いことに気付いた時は余りのショックで数日寝込んだんだっけ」


 闇の大精霊ナナトリージュが戦争を奨励する理由。

 それこそがこの死の大精霊の卵ガラクタを探し出すためであり、今これが俺の手元にあるということは少なくとも帝国ででかい顔をしている闇の大精霊ナナトリージュが戦う理由が無くなるかもしれないと言う事だ。

 さらにこれを囮に闇の大精霊を帝国から誘き出すことで、強力な闇の洗脳から帝王を救い出すことも出来る。そろそろ帝王さんが洗脳に抗うのも限界だと思うしな、タイミング的に。


「さてと……ここで傭兵さんの闇の魔道具を取り出しましてーっと」


 俺は背中に背負っているリュックから傭兵さんが使っていた闇の魔道具を取り出した。

 闇の大精霊ナナトリージュは自分で作ったオリジナルの闇の魔道具にとある特別な魔法を付与している。

 ちなみにこれはアニメ情報ではない。

 アニメ制作会社でアルバイトをしていた誰かがネットに書き込んだ情報からだ。


『闇の大精霊ナナトリージュは一時期闇の魔道具作りに凝ってた時があるらしくて、各地にお騒がせな闇の魔道具が眠ってるとか眠ってないとか色んな話を聞いたでござる。しかもそんな闇の魔道具に共通する特徴があるらしいでござるよ。なんとナナトリージュお手製の魔道具は全てペアとなるものがナナトリージュの自室に置いてあって、熟練の闇の魔法使いなら魔道具を介して対と通信出来るらしいでござるよ。でもナナトリージュ本人は誰にどの闇の魔道具を渡したか覚えていないから使いようがないんだとか。はあ可愛いよドジなナナトリージュ様……はぁはぁ』


 秘密の情報漏洩をしてくれたお兄さん。

 その情報有り難く、活用させてもらいます。


「―――あー、テストテスト。こちらリアルオーク。―――えー、聞こえていますか。闇の大精霊ナナトリージュ…………あれ、おっかしーなー」


 俺の想像ではビックリ仰天した彼女の声が聞こえてくるはずだったのだけど。

 ナナトリージュのロリなアニメ声ということで俺はちょっと期待していたのだけど……。


「えー、こちらリアルオーク……死の大精霊の卵はーーーっと」


 ……。

 やばい、虚しすぎるぞこれ。

 黒いボタンに話し掛けるオークが森の中にいる……事件だこれ。


「えー、こちらリアルオーク」


 でも俺はめげずに声を出すのだ。

 だってここが頑張りどきだからな!

 ……。

 しかし現実は目を点にした哀れなオークがぽつんと突っ立っているだけ。

 魔力を沢山込めても結果は変わらない。


「ぶひぃ……」


 たった一秒でも身体からごっそりと魔力が奪われていく。

 土の魔法を使わないことで魔力を温存したっていうのに……。


「えー! こちらリアルオーク! 」

 

 でもこのしんどさこそが魔法が成功している証。

 俺の声は間違いなく向こうへ届いている筈なのだ。

 例えナナトリージュが自室にいなくても闇の魔法に敏感なあの大精霊のことだ。闇の魔法が自室で発生していると分かったら、何をおいてもすっ飛んでいくだろう。

 ……。

 反応が無くてどうしよーこれと闇の魔道具を弄っている時だった。


「ぶっひィィィィィィィィィィィィ!!!


 ブヒータの声がいきなり聞こえて、俺は闇の魔道具を地面に落としてしまった。

 滅茶苦茶驚いたぞ! 心臓に悪いなんて騒ぎじゃない! 俺は今、世界の命運を掛けて戦ってたんだぞブヒータ!


「スローブッ! 冒険者が隠れてたぶひいい!!!」

「冒険者だって!? ……ブヒータ! 腕輪を見ろ! 何色だ!」

「青いぶひィ!」

「青って事は……B級だ! ちょっと待ってろブヒータ!」

「ぶっひィィィィィィィィィィィィ!!!」


 闇の魔法が発動していることを示す黒い闇が急速に薄まっていく。 

 帝国にいるナナトリージュと交信するのに、とんでもない魔力を使っているのだ。


「ちッ! やっぱり俺は闇の魔法が苦手みたいだな!」


 闇の大精霊ナナトリージュはプライドが高く、命令されることが大嫌いだ。

 そんな闇の大精霊様だからこそ、あえて俺は挑発する。

 少しでもこの俺に興味を持ってもらえるように。


「俺の元に――――――やってこい!! ……よしブヒータ、今行くぞ!」


 俺は闇の魔道具と死の大精霊の卵をリュックにしまうと、ブヒータの声がする方に向かってダッシュした!

 オークらしい大股でドタドタ走るのだ!

 どけどけー!

 オークの魔法使いのお通りだぞー!

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