103豚 ぶっひィィィィィィィの襲来

 シャーロットは俺の隣で横になりながら、何やら考え込んでいた。

 ここ数日のモンスター達の姿はシャーロットに何やら影響を与えたらしい。

 淫魔となっても清楚さを失わない可愛らしい横顔をぼーっと眺めていると、何やらシャーロットが呟いた。


「スロウ様。あのゴーレム、大丈夫でしょうか……」

「ぶひ~」


 オーク語だ。

 大丈夫じゃない? という意味だ。

 実は川で溺れかけていたゴーレムを風の魔法で助けたのだ。


「スロウ様。あのスライム、干からびてないでしょうか」

「ぶひ~」


 オーク語だ。

 大丈夫でしょ。という意味だ。

 実は日光浴のやりすぎで干からびかけていたスライムを水の魔法で助けたのだ。


「ス……」

「ぶひ~……あいた」

「……適当な返事をしないで下さい」


 シャーロットに右腕を軽くつまれる。

 小さい頃からずっと俺の傍にいる薄幸の淫魔さんにはお見通しのようだった。

 でもそれぐらい気持ちいいのだ。

 日光がリアルオークである俺のだらーっとした身体をポカポカに暖めてくれている。


「皇国にいるモンスターのボスがエアリスって言うピクシーさんなんですよね。どちらかというとピクシーって弱いイメージがあるのでびっくりです。一体どんなモンスターなんでしょう。強いんでしょうか、ピクシーですけど頭に角とか生えてるんでしょうか」


 実は精霊さんから教えてもらったと言って、皇国跡地を支配しているエアリスさんについての情報をシャーロットに教えていたのだ。

 精霊さんと話せるなんてずるいずるいとシャーロットには言われるが、ぶひひ。これは主人公特典なのである。


「そうだなあ……精霊さん、精霊さん。エアリスってどんなモンスターなの~?」

「それはちょっと精霊様に向かって気軽すぎな気がします! もっと心を込めないと答えてくれない気がします!」

「え~と、精霊さんは―――」

「精霊様優しい! 答えてくれたんですね! ドキドキです!」

「―――今のシャーロットの姿とちょって似てるよ~って言ってる。主に服的な意味で」

「……うぅ。私だって好きでこんな服を着てるわけじゃないんです……。これ、普通の水着よりも際どい気がします……サキュバスさんってこんな姿で平気なんでしょうか……」


 シャーロットが着ているワンピースの下はそれはもうハレンチすぎて、どこかの委員会に規制されるレベルだからな。

 全く、サキュバスってのはハレンチでいかん! いかんいかん!

 ピクシーもうっすいうっすい紐みたいな水着を着ているのでいかんいかん! ぶひぃ!


「おろ? おろろ? 精霊さんもシャーロットのサキュバス姿が見たいって言ってる。珍しく精霊さんと気が合ったな」

「……スロウ様。本当に精霊様がそんなことをおっしゃっているんですか? 断固追及する気でいますよ私は」


 睨まれても肌白の淫魔さんは透き通るような美少女なので全然怖くないのだ。

 何の理由も無く、シャーロットが貴族のご令嬢が沢山集まっていたクルッシュ魔法学園でも一際輝いてたわけじゃないのだ。

 サキュバスというモンスターになって十六歳という年齢以上の色気もゲットしてしまったシャーロットは無敵なのだ。

 むか~とした顔を見せても、可愛さを際立たせているだけである。


「…ねえスロウ様、精霊様に聞いてみて下さい。どうしてモンスターは皇国を襲ったんでしょう。今の皇国にいるモンスターはとてもそんな乱暴なことをしそうに思えません」


 確かに皇国にいるモンスターはまあ何というかのんびりしているのである。

 モンスター特有の怖さとか、凶暴さとかそんなものが全然ない。ボールを投げたら拾ってきそうなのほほん具合だ。


「俺も精霊さんに聞いた話だけどそれでいい?」

「はい、お願いします!」


 精霊さんは便利である。

 困った時は精霊さん! これからは多用するとしよう!


「うーん? 何々…………端的に言うと……ここにいるモンスターは魔王派って言われるモンスターで……皇国を襲ったモンスターは反魔王派のモンスターらしい。……それで、どうしてモンスターが皇国を襲ったのかというと……むむむ、北方のモンスターは自分達の新天地を探していたらしい」

「新天地ですか?」

「ふむふむ……北方に住む人達は昔からモンスターと戦ってきた歴史がある。龍みたいに強いモンスターなら人間の方が逃げ出すけど、大半のモンスターは人間に狩られる存在だ。だから彼らはいっつも逃げるように暮らしていたらしい」


 大陸南方と違い北方は戦いの歴史だと言われている。

 住処を奪い奪い取られ、モンスターや人間達と積み重ねた戦いの歴史があるからこそ彼らは強い。

 それに過酷な環境で生き抜いてきた北方人には誇りがある。

 自分達は南方とは違う、と。


「なるほど……むふむふ。……それで北方モンスターのとある一派、反魔王派って言われるモンスター達が帝国のお偉いさんと勝手に交渉して…………帝国のお偉いさんは自分達に力を貸せばモンスターの国を作ってあげるってこれまた帝国の王様には内緒で勝手に約束したらしい……」


 シャーロットはなるほど、さすが精霊さんは物知りなんですねと神妙な顔で頷いた。


「その反魔王派の偉いモンスターがエアリスっていうピクシーなんでしょうか?」

「……いいや、違う。エアリスは真逆、魔王派って呼ばれるモンスターのお偉いさんらしい。魔王派と反魔王のモンスター達は仲間というよりは敵対しているって精霊さんが言ってる」


 俺は細心の注意を払って言葉を紡ぐ。


「……ふむふむぶひぶひ。魔王派のエアリスは反魔王派のそいつらが皇国を荒らさないように魔王からこの地の支配権を貰ったらしいんだ。この地を反魔王派の喧嘩っぱやいモンスターや南方他国が荒らさないように守ってる……って精霊さんが囁いてるぶひ」

「そうなんですか……私、全然知りませんでした……何だか複雑なんですね。でもそっか……だからかな」

「どうしたの?」

「スロウ様。……私、昔。オークに助けられたことがあるんです」


 オークとな? あのぶひ~のモンスターとな?

 一体どういうことだろう。


「今のスロウ様みたいなオークでした。とは言ってもさすがに服は着てませんでしたけど」

 

 そう言ってシャーロットはふふっと笑った。

 うん、俺はどこからどう見てもオークなのだ。

 シャツを着て、リュックを背負って皇国を横断する不思議なオークだ。

 何故シャツを着ているかと言うと、シャーロットがすぐに俺だと見分けがつくようにとの配慮の結果だ。

 ちなみにシャーロットは本来皇国にいる筈のないモンスター、サキュバスだから同種のモンスターと見間違う心配も無い。

 サキュバスは人間が沢山いる所にしか生息しないのだ。


「皇国からダリスに逃げた時、あれは夢だと思ってたんですけど……逃げてる最中、王冠を被ったオークさんに見つかって……あっちの道なら見つからない、安全だから早く逃げろぶひって……言われたんです」

「確かシルバも皇国から逃げた人達が途中でモンスターに助けられたって話を聞いたことがあるって言ってたな」

「私だけじゃなかったんですね……もしかしたらあのオークさんが魔王派のモンスターだったのかもしれませ―――」

「―――ぶっひィィィィィィィィィィい。卑怯ぶっひィィィィィ!!!

「……スロウ様、じゃないですよね今の声は」


 俺たちは顔を見合わせた。

  

「いやいや違うよ! 俺の声のわけないじゃんシャーロット。でも、すごいな。ボケのスキルも上手くなっちゃってまあ」

「ぼ……ボケたわけじゃないです! 変なこと言わないで下さい! それに、お、お姫様はボケないんです! こ、高貴ですから! そう! 高貴なんです私はっ! だから、こんなハレンチな服本当は着ちゃいけないんです!! やっぱりスロウ様! 私がサキュバスって可笑しいです!!」


 シャーロットが顔を赤くして、プイッと向こう側を向いてしまった。


「またダンジョンモンスターぶひィィ! ダンジョンの中で大人しくしてるぶひィ!!!」

「ぶひー! 死んじゃうぶひー!」

「死にたくないぶひー! 誰か助けてくれぶひー!」


 俺は身体を起き上がらせる。

 テンションが高く、まるで絶叫アトラクションに乗っているかのような叫び声。

 紛れの無い仲間……じゃなくてリアルオークの声だった。

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