39豚 好きだと言いたい


「―――シャーロット。俺が君の傍にいたいんだよ」

 

 たった、それだけの言葉。

 けれど黒い豚公爵が永遠に言えなかった言葉。


「俺たちは小さい頃から長い間一緒にいた。だから言わなくても俺の気持ちは伝わってるって勝手に思っていた」


 何かを言おうとしていたらしいシャーロットは固まっていた。

 口を小さくぽかんと開けて、俺を見ている。

 初めて見る顔だった。


「立場とか貴族とか魔法とか、俺にとっては本当にどうでもいいことなんだ」


 魔法というものは便利な道具であり残酷な力だ。

 この世界では魔法の才能が運命の大部分を占めてしまうこともあるのだから。

 だけど、魔法が全てじゃない。


「俺は縛られていた。デニング公爵家という堅く重たい鎖に縛られ、俺は家族から見捨てられることでその鎖を断ち切ろうとした。今思えば、愚策中の愚策だ」

 

 デニング公爵家に生まれし、風の精霊に愛された男の子。

 物心ついた時、生まれたと同時に俺の未来は確定していたと父上から聞かされた。

 デニング公爵家当主として、ダリスの軍を背負う立場となる。

 それがデニング公爵家に生まれ、そして最も精霊に愛された者の宿命。

 俺はデニング家の歴史の中でも、最も早い年齢で人生が決まってしまった。 

 何てつまらない人生だろうと思った。

 だからまだ自由が許される子供の頃は好き勝手に生きていた。

 そんな生き方をしていたら風の神童と呼ばれるようになった。 

 でもね、シャーロット。

 俺の人生は変わった。


 決められた未来、大人たちに敷かれたレール。

 君に出会えたことで、俺の人生は変わった。


 俺は君に会えたことで、黒い豚公爵になったけど。

 今、思うと。 

 全く後悔していないんだ。

 だって、好き放題に生きたあの時間は―――。

 ―――本当に楽しかったから。





 そんな俺にも友が出来た。

 問題を抱えながらも、明るく前を向いて生きていこうとする大切な仲間達が。

ビジョンは今でも父親と連絡が取れていない。もしかすると爵位が取り上げられるかもしれないって中でも逞しく生きていこうとしている。デッパも平民でありながら大きい夢に向かって努力を怠らず立ち向かってる。

 俺も負けていられないよ。

 前を向いて、走りださないといけない時がやってきたんだ。

 シャーロットは俺の未来を考えたからこそデニング家の従者に自分が相応しくないと思ったんだろう。


 乱れてしまったシルバーヘアーが眉毛に掛かっている、

 目を大きく見開いて、俺の言葉を待っている。

 覚悟を決めて、待っていた。


「シャーロット。俺は君が魔法を使えなくたって構わないよ」


 シャーロットは俺の声にびくりと肩を震わせる。

 言葉が止まらない、溢れる気持ちも止まらない。

 その髪に軽く手を這わせる。

 目が赤くなって、瞳には透明な涙が溜まっていた。


「もっと早くに気持ちを伝えればよかった」


 いつか言おうと思っていた。

 思わず口に出るような、自然と言葉が零れるような。

 そんな素敵でロマンチックな場面で伝えられたら素敵だなって思ってた。

 ダイエットに成功して細マッチョになった時に言おうって思ってた。


「俺はいっつも遅いんだ。本当に大切なものを傷つけたり、失ったりしてようやく気付く豚野郎なんだ」


 けれど。

 ずっと悩んでいたらしいシャーロットの様子を見て俺は本当に自分が馬鹿だと気づいた。

 大馬鹿だ、俺は。

 全然黒い豚公爵だった時と変わらない。

 バカバカバカの馬鹿豚野郎だ。 


 真っ白豚公爵になったから、運命に導かれるように、素敵で告白するに相応しい舞台が俺を待っていると思ってた。


 違う。

 違った。

 運命に導かれるなんてダメだ。 


「シャーロット―――君が好きだ」


 大きく見開かれた目。

 桜色に彩られたシャーロットの可愛い頬を見て、俺は思った。


 切り開くんだ。

 俺の意思で、新しい道を。

 俺の言葉で、初めてのキミを。

 

「―――大好きなんだ」


 耳に届く自分の声で、俺はもう一度気付くんだ。


 やっぱり、俺。

 君のことが好きだよ、シャーロット。


 どうしようもなく大好きだ。

 もう、いつから好きになってたのかも分からない。


「ずっとずーーーーーっと前から、君に恋してるんだ。俺」


 桜色から真っ赤に染まる君を見ていると、何よりも愛おしいと思ってしまうんだ。

 


   ●   ●   ●



「―――シャーロットの部屋に置いてある黒龍セクメトと皇国の姫の物語」



「―――貴族の男の子はお姫様を助けられなかった」



「―――小さい頃、何度も何度も読み直して、その度に貴族の男の子を悔しさを噛みしめた」



「―――好きと言えずに自分の前から消えてしまった皇国のお姫様」



「―――悲しみに暮れて全てに絶望した彼の気持ち、今の俺は痛いほど分かる」



「―――だから、今度こそ。俺は二度と間違えない」




   ●   ●   ●



「俺は君が大好きだ。大好きだからこそ、もう二度と君の傍を離れない」



   ●   ●   ●



「―――え」


 時が止まった君がした。

 理解出来なかった。

 今、スロウ様は何て言った?

 え? え?

 よく分からないけど、泣きそうだ。

 顔がじーんとして、胸もじーんとする。

 ずっとずっと一緒にいたけど、そんな顔をするスロウ様を見たことがなかった。

 真っ直ぐに私を見ていて、身体が熱くなってくる。


「あ、あはは。恥ずかしいな俺。な、何言ってんだろ」

「え、え? スロウ様。え?」

「えーと。シャーロットも朝、走る? うん、それがいい! 一緒にダイエットしよう! 何なら皆と一緒に魔法の練習もしよう! よーし! 特訓だ! また魔法の練習をしよう! シャーロット!」


 スロウ様はとっても慌てていた。

 私の顔を見ないように広場の向こう側、どこか遠くを見て喋っていた。

 でも、私も助かった。

 今、真っ赤になっているに違いないから。

 スロウ様は、早口で何かをまくしたてるような様子だった。 

 どんどんぶひぃとか、ぶひゃあとか、言っている。

 スロウ様は混乱すると豚になってしまうみたいだ。

 誰も知らないスロウ様の新しい発見をして得をしたような気分だ。

 ってあ、あれ?

 さっきスロウ様は何て言った?


 ビックリして、私も忘れてしまった。

 とっても予想外なことだったような。

 さっきまでの緊張感がなくなって、今の空気なら言えるかもしれない。


「えっと……スロウ様……」


 今の勢いのまま、言ってしまおう。

 私は実は皇国の生まれなんだって。


「ス、スロウ様! 実は私...」


 スロウ様は公園の反対側を見ていた。

 私も視線のほうに目をやると。


「―――スロウ様!!!」


 誰かが大声でスロウ様を呼んでいた。

 公園の盛り上がった芝生の向こう側から、誰かがスロウ様を呼んでいた。

 デッパさんだ。

 魔法が使えるようになった平民生徒。

 実はちょっとだけ羨ましいと思ってます。

 私は魔法の才能が全くないから。


 

   ●   ●   ●



 デッパさんがスロウ様を呼んでいた。

 大慌てで、こちらに向かってダッシュしている。


「デッパ! どうした!?」


 スロウ様が立ち上がった。

 私は目をパチクリさせて二人を見た。

 一体、何があったんだろう?


「ロコモコ先生から頼まれました! すぐに学園長の部屋に来るようにって! 何か大事な話があるみたいです!」


 スロウ様は私を見て、遠くに見える教育棟を見た。

 微かに迷った様子を見せた後、腰に差した深い茶色の杖を振るった。

 それだけで穏やかだった空気に、振動が生まれた。

 暖かい風に包まれるような感覚。

 先ほどまでの不思議な空気はスロウ様が作り出した風によって綺麗さっぱり無くなってしまった。 

 でもちょうどよかった。 

 余りにも突然のことすぎて、私は何が何やら分からなくなってしまっていたから。

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