40豚 ダンジョンだって!?

 教員棟の最上階、広々として開放的な学園長の部屋は水の精霊の楽園といってもいい。

 部屋の扉をノックして入ると、学園長とロコモコ先生が俺を待っていた。


「スロウ君。学園の外、迷いの森でダンジョンが見つかった、今まで気付かなかったことが不思議なぐらい巨大なダンジョンじゃ」


 え、ダンジョン!?

 想像すらしてない言葉だった。

 学園の外に広がる森にダンジョンがあるなんて、アニメ知識を持つ俺でも知らないことだぞ。

 ロコモコ先生は腕組みをしたまま目を閉じている。

 俺はまじまじと学園長を見た。

 どことなく疲労の色が見え、学園長を労わるように水の精霊が寄り添っている。


「ロコモコが生徒を鍛えるために都合の良いモンスターを探す最中、偶然にもダンジョンを見つけてのう。ここ数日ワシとロコモコで潜ってみたのじゃが……厄介なものじゃった。出来たばかりだと思うのじゃがワシら二人でも最下層に辿り着けなかった」

「はぁ、冒険者としてダンジョンに潜ってた時を思い出した……しんどいぜー、それにしてもデニング。お前が傭兵を追ってるとはなー。全く、爺も俺に言えばいいのによ、デニングは生徒だろー?」


 どこかに行ってるとは聞いてたけどまさかダンジョンに潜ってたのか……。

 ダンジョンはダンジョンの最下層に存在するダンジョンコアを破壊することで崩壊すると言われている。

 二人というのはダンジョンに潜るには少なすぎる人数だけど、学園長もロコモコ先生も相当な実力者だ。ロコモコ先生はベテランといわれるB級冒険者の資格を持ってたはずだし、出来たばかりのダンジョンなら容易に最下層まで辿り着けるはずだ。そんな二人が最下層まで辿り着けなかったのか……。

 

「それでスロウ君。ワシに何か話があると聞いたが、もしやこの短時間で―――」

「―――はい」


 俺は説明した。

 魔法陣の存在や、先生が付けている香水の匂いがする髪の束、魔法の素質を偽っていること。

 学園長は興味深そうに俺の話を聞き、ロコモコ先生はズボンのポケットから出してみせた髪の毛の束を露骨に嫌そうな表情で見つめた。


「なるほどのう。にわかには信じ難いが……筋は通っておる……。そういえば採用面接のときも火の魔法を見せてくれなかったしのう」

「爺ッ! 嘘だろ信じるのか!? アルル先生とは授業の関係でたまに言葉を交わすがそんな素振りは一切無いぞ!」


 ロコモコ先生は驚いて俺と学園長を交互に見ていた。

 無理もない。

 俺がアルル先生を変幻自在だと断定づける理由の一つ、魔法の素養の偽り。

 けれど精霊は俺にしか見えないため、どうやって偽りを探ったかは言えなかった。


「ワシは信じるよ。やり方はスロウ君に一任しておるし、風の神童は精霊と心を交わすという噂も聞いたことがある。それにワシもどうやって学園に潜み隠れる傭兵の存在を知ったか言えぬしのう」

「精霊の声が聞こえるなんて神話の話みたいなもんだろー爺ッ!」

「スロウ君を神話レベルの恋愛脳と評したのはお前じゃろう」


 ロコモコ先生はガシガシとアフロの髪をかいた。

 不満気に息を吐き、学園長に話の続きを促す。

 どうやら強引に納得したみたいだ。


「ダンジョンの発見により、傭兵にばかり力を使っているわけにはいかぬ状況となった。むしろダンジョンの規模によっては傭兵よりも深刻な状況じゃ。即座に学園外での授業は禁止とし、ヨーレムへの街道警護も厳重にしなければの」

「はあー。いやーあれはダンジョンは結構深いと思うぞー。軍の失態だなー」


 学園の周りには生徒の成長を促すために弱いモンスターしか出ないよう定期的に調整されていたが、ダンジョンの発生によって話は違ってくる。

 ダンジョンの中でモンスター同士の争いが行われ、進化によって生徒や先生でも対応出来ない強力なモンスターが出て来る可能性があるのだ。

 学園長とロコモコ先生の二人で最下層まで行けないということは、ダンジョンの発生からそこそこの時間が経過しているのだろう。


「数日前王都に連絡したところ、色よい返事をもらった。マルディーニ枢機卿率いる王室騎士団は既に王都を立ち、こちらに向かっておる」

「え、もうですか!?」


 余りにも迅速な動きだ。

 ロコモコ先生がダンジョンを発見したのは数日前だと言うのに早すぎる。


「それと、ロコモコ。あの話を」

「ああ、モンスターを引き寄せる香水を扱っていた店主が自供してなー。大量の在庫を売り払ったそうだけど行方が分からないらしい。もしかしたらこの学園に紛れ込んでるかもしれないってよー。あの傭兵が好みそうな代物じゃねえか」

「げ」


 ぶ、ぶひぃ!? 香水だって!? 俺は何も悪いことしてませんよ! ぶひぃ!

 俺は部屋にある香水を思いだして冷や汗をかいた。

 モンスターを引き寄せる香水。

 今やダリスでは禁制品となってしまった商品だ。

 けれど言われてみれば確かにあの傭兵が好きそうな代物だ。場をかき乱すという点でこれほど都合のいい品物はないだろう。

 万が一、今この状況で使われれば厄介を通り越して惨事になり得る代物だ。


「ダンジョンが見つかった中、件の香水。傭兵がダンジョンの存在に気付きよからぬことを考えれば厄介じゃ。ゆえにダンジョンの事実は公表出来ぬ」


 大量の香水が学園に撒かれれば、学園にモンスターが押し寄せる。

 もしかすると学園長とロコモコ先生でも辿り着けないダンジョンにまで育ってしまったダンジョンマスターが表に出てくる可能性も考えられるのだ。

 ……頼むから暫く引っ込んでいてくれよ。


「マルディー二枢機卿が率いる王室騎士団がヨーレムの町に到着するのは本日の夕刻後と聞いておる。そして明日の昼時にはこのクルッシュ魔法学園に到着する手筈となっておる」

「ぶひぃ! そんなに早いんですか!?」


 明日の昼には学園に辿り着く!?

 王室騎士団はかなりの強行軍で駆けつけてくれているみたいだ。

 それもあのダリスを操る内政のボス、マルディー二枢機卿が率いてるという話。

 うーん俺、あの人苦手なんだよなぁ。

 昔から何を考えているか分からないし、アニメではシューヤを利用しまくってたし。

 多分、迅速な行動の裏には王室騎士団の名声を上げようってことも考えにあるんだろうな。

 最近は対帝国で父上率いる軍が活躍してばっかりだし。

 

「学園長。もし傭兵がヨーレムの街に仲間を潜ませていれば王室騎士団が到着した段階で何かに気づくはずです。いえ、もしかすると既に情報を掴み逃げる準備をしているかもしれません」


 歴戦の傭兵といえど王室騎士団が相手では逃げ切れないだろう。

 だからその存在を感じ取った段階で傭兵はどんな手段を使ってでも逃げるだろう。それこそもしあの香水を持っていれば使うことを躊躇わないに違いない。


「現段階でダンジョンの存在と傭兵。危険度はダンジョンの方が上じゃ。……だが傭兵が香水を隠し持っていればそれは逆となる。……スロウ君、ワシは今からもう一度ダンジョンへ向かう。潜った時は暴れすぎてモンスターが興奮し満足いく結界を張れなかったのでな。……うむ、今日の夜には学園に戻ってこれるじゃろう」


 アルル先生。

 いや、傭兵が香水を持っているかどうか時間が解決してくれるだろう。

 なんせ風の大精霊さんが傭兵の傍で密着ドキュメントしてるからな。

 傭兵が何らかの行動に出たらアルトアンジュが気付かないわけがない。


「もし大量の香水が学園内で見つかれば―――王室騎士団の到着を待たずに今夜、傭兵を捕らえる。さてスロウ君、君はどうする」


 クルッシュ魔法学園の近くにダンジョンが出来た。

 けれどアニメでは一切出てこなかった不思議な存在。

 学園の外に突然現れたダンジョンに対して俺はある種の確信があった。


「アルル先生を今、俺の協力者が見張っています。絶対に信用出来る俺の仲間が」


 言葉に出来るような証拠も無いけれど、俺には分かった。

 第六感とも言うべき、誰にも説明できない俺だけの感覚。

 学園の安全を脅かす突然現れたダンジョン。

 最下層に住むダンジョンマスター。

 そりゃあ、アニメに出てくるはずが無いよな。

 だって、倒したのはきっと―――。


「学園長、俺もダンジョンに連れて行って下さい」


 ―――俺の心の中で誰かがぶひーと鳴いた。




 そして、学園長の部屋を出ようとした直前。

  

「巷で話題沸騰中の成り上がり、あのシルバからだ」

  

 俺はロコモコ先生から手紙を受け取った。

 ロコモコ先生は真剣な眼差しで俺を見つめていた。


「デニング―――爺のことをよろしく頼むぞ」

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