88豚 風の神童と皇国のお姫様⑨
8歳の誕生日、俺は父上から呼び出された。
「誕生日おめでとう、愛しき我が子よ。さて、突然だがお前に話がある」
「話、ですか?」
「ああ。つい先日かのグラルバルト卿が自身の息子をお前の従―――そうだ。さすがに理解が早いなスロウ。もうお遊びの時間は終わりにしないか? といった類の話だ」
なるほど、確かに。
将来を期待されるこの俺がただ可愛らしいだけの子を従者にするなどというものはお遊びにしか過ぎないのか。
そこから先の話は、頭の中に入ってこなかった。
俺は苦悩した。
このままでは、自分達は離れ離れになる。
それはまずい、非常にまずい。
シャーロットには味方がいない。
帝国は今も彼女を探している。
俺は自室に戻り、シャーロットを呼んだ。
もうシャーロットはこの屋敷に来てから二年の月日が経っている。
そのころには俺とシャーロットの間には一線が引かれていた。
当然だ。
俺達は主従関係なのだから。
「スロウ様。どうされました?」
たどたどしくはない。
シャーロットはうちの従者らしく、ちょっとだけクールになった。
デニング家の教育方針は意外とシャーロットに合っていたらしいと今更ながらに思った。
その事実に気づいたとき、少しだけ寂しかった。
「……シャーロット。今日は一緒に寝よう」
久しぶりの誘いにシャーロットははにかんだような、驚いているようなよく分からない表情を見せた。
シャーロットはこっそりと夜、俺の部屋にきて一晩中俺達はお喋りをした。
シャーロットはまたあのぬいぐるみを持ってきた。
あれが無いと彼女は眠れないらしい。照れている様子が滅茶苦茶可愛かった。
やっぱりシャーロットにはクールは似合わない、そんなことを思う俺だった。
「それ。綺麗になったな」
「私、自分で縫えるようになったんですっ」
大きなベッドに二人で寝た。
さすがにあと数年も経てば女の子を自分の部屋になど寝かせられない。
このような現状が許されているのは俺がまだまだ子供だからだ。
「おやすみ、シャー―――」
「……すー……すー」
「―――そっか。疲れてたんだな」
そう。
今の関係はちょっとしたお遊びだ。
大人になれば、取り巻く環境も変わり、シャーロットが傍にいることなど許されない。
デニングの血は戦場でこそ輝く者。
魔法使えぬ者など、戦場ではすぐに散ってしまう花のようなもの。
このままではシャーロットはまた一人になる。
シャーロットが抱き締めているぬいぐるみが彼をじっと見つめていた。
「……俺は一体、どうすればいい」
「…………んん、」
ちょっとクールになってきて、でもぬいぐるみを抱き締めて寝るのは昔と何も変わっていなくて懐かしく思う。
最近はそつなく過ごしているようだけど、大きな秘密を抱える彼女が本当は誰にも心を許していないことはよく分かった。
それは恐らく、俺にもだ。
「……いや……行かないで……」
シャーロットの寝顔が、変わる。
何か悪夢でも見始めたようだった。
だから、俺は小さくぶひーと鳴いた。
慣れたものだった。
こうすればシャーロットの機嫌がよくなることを俺はよく知っていた。
「……うん……ぶぴー」
シャーロットは安心したかのように寝息を立てた。
その様子を見て心の底から安心した。
胸の中から、暖かいものが溢れ出してきた。
「…………やっぱり俺、君のことが好きなんだな。ぶひー」
俺はもうどうして自分がこれ程までにシャーロットを傍に置いておきたいと考えているのか理解していた。
ずっと彼女の寂しそうな横顔を見続けてきた。
ずっと彼女のひたむきな頑張りを見続けてきた。
恋だった。
紛れの無い、初恋だった。
「せめて、君が好きな動物の真似事でもしようかな。……我ながらいいアイデアだ。そうすれば君は笑ってくれるかもしれないな」
「……ぶぴー……すぅすぅ……ぶぴー」
「おやすみシャーロット…………ぶひー」
だから、そう。
何の躊躇いも無かったのだ。
こうして、俺は黒い豚公爵への道を一歩踏み出したのだった。
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