89豚 悪夢の魔法学園⑥

「やった!?」


 風と炎の上級魔法、今度は確かに成功した。

 サイクロプスは炎風の竜巻に巻き込まれ、突き出された剣はサイクロプスの身体、心臓まで届いたとビジョンは確信した。

 だが。


「アア!? 痛ッえなあ!!」


 竜巻の中からのしのしと出てくるサイクロプスの姿。

 躊躇いも無く突き出された剣は心臓を守るように抱かれた右腕に突きささっただけだった。


「ぬ、抜けないッ!」

「たりめえだろボケ、おら! 右腕にダンジョンコアが入ってんだよ、あぶねーだロッ! でも痛エんだヨ!」


 サイクロプスは左手でビジョンのか細い首を掴んだ。

 そのまま持ち上げ、握り締める。


「ァア」

「まずはお前から殺す」


 大聖堂の外で血走った眼のモンスター達が見つめている。

 大聖堂の中で絶望した者達が見つめている。

 大聖堂の屋上でモロゾフ学園長が苦しそうに頭を振った。

 大聖堂の上空で黒龍セクメトが呼び続ける。

 校舎の中から、大聖堂に逃げそびれて悲惨な光景を見ている彼がいた。

 死の宣告。

 ビジョン・グレイトロードはサイクロプスに首を掴まれたまま、大聖堂の中を見た。

 恐怖で固まった者達の顔。

 そこには友に守ると誓った少女の姿もある。

 そんな彼女を励ましたくて、何とか口にした。


「……シャーロット、さんっ。スロウ様は、来ますよ……だから、あんしんして、下さい」


 こくりと頷いた彼女の姿を見て、もう悔いは無いとビジョンは思った。

 魔力の暴発なら、この距離ならダンジョンマスターを―――ヤれる。

 彼は既に感覚を掴んでいた。


「アア!?」


 サイクロプスは少女の目に宿る感情に興味を持った。

 瞳に映っていたのは、絶望の感情ではなかったからだ。 


「……へえ。おもしれえ眼をしてるじゃねえカ! おい! そこの銀髪のお前が来たら、こいつを助けてやってもいいぜエ?」

「何を馬鹿なッ。この身は、……ダリスの貴族だッ、魔法の力は……うぐっ、モンスターを、……お前らを……打ち滅ぼすものだと父から学んだッ! 」

「ご立派じゃねえかッ! ……ああ、そういや、テメエ、グレイトロードとか言ってやがったな……。おい、豚野郎ッ! グレイトロードって言やァ!」

「確かエアリス様のあれぶひィ!」

「はははッ! これは傑作だッ! 死にな、グレイトロードのガキ」


 ダンジョンマスター、一つ目の巨人サイクロプスは高笑いをしながらビジョンの首を掴む左手に力を入れた。


「……だ、ダメです……来ては、いけない……」


 彼は目を見開いた。。

 彼女は守られるべき存在だ。

 魔法も使えない彼女がモンスターの世界へ出てくるなんてあってはならないことだ。


「あァん? ……おいおい! 見たかよ! マジで出てくるみたいだぜ! こいつはすげエ!」

【さあおいで。皇国の血を引く者よ。たった一言告げるだけでいい】


 モンスター達が道を開ける。

 サイクロプスは掴んだビジョンを放り投げた。

 そのまま彼はロコモコにぶち当たり、崩れ落ちた。


「ダ……ダメです、シャーロットさん! ……え、動けない!? なんで!?」


 けれど、ビジョンも約束したのだ。

 彼の従者を守ると、風の神童と約束したのだ。


「おいッ! 重エぞ! というか動けねえのはお前の魔法のせいじゃないのかー!! じゃあ誰が俺たちをここに縫い付けてやがるって言うんだ!」


 ビジョンの下でロコモコは唸った。

 


   ●   ●   ●



 空の上から黒龍は銀髪の少女を見て、告げた。


【助けて、と一言告げるだけでいい。その言葉が始まりで、終わりでもある】



   ●   ●   ●



「マジで来やがっタ!! おい豚野郎ッ! こいつどうすル! オーク流か!? ギャハハハッ」

「ぶひィ!! ブヒータはカッコよくて強いオークのイメージを作りたいとかねがね思ってたブヒッ!!!!!!」


 シャーロットの頭に浮かぶのは命への執着でも、モンスターへの恐れでも無く。

 過去の記憶だった。


「ギャハハッ!! おい! 豚野郎ッ!! てめエ! 左胸に赤い紋章ッ! こんな時に進化してるんじゃねえよギャハハハッ! 進化要素ねえだロ!!!」

「ブヒい!!! これは、キングの証ブヒい! ジェネラル飛び越えて、ついにオークキングに進化したブヒい! これでもう無敵ブヒい!!!!!」


 モンスター達は興奮したように一斉に叫びだした。 

 彼らももう限界だったのだ。

 この場にいるだけで、香水の残り香が頭を可笑しくさせる。

 サイクロプスやオークナイトと違い、元々ダンジョンから発生したモンスターだ。

 戦うために生まれた者達と言い換えてもいい。



   ●   ●   ●


白百合の花ホワイトリリーを。俺が戻ったら君の故郷で綺麗に色づく白百合ホワイトリリーを見に行こう】


   ●   ●   ●



 どうして、スロウ様はあんなことを言ったのだろう。

 少女の瞳から涙がこぼれた。

 彼女は知りたかった。


「……けて」


 自分が何者であるかを、もしかしてスロウ様は知っているのではないか。

 ならば、どこかにあるはずだ。 

 過去の記憶のどこかに、ヒントが隠されているんじゃないだろうかと思ったのだ。


「さあーテ! ほらあの龍も早くしろって言ってるゼッ!!」

「ぶひィ! 漲る万能感!! 無敵のオーク帝国を作るブヒーーー!!!」



   ●   ●   ●



【そんなものか王室騎士ロイヤルナイツ達よッ! お前達には聞こえないのかッ! 歌が聞こえるだろうッ! このバルデロイ・デニングだけに聞こえているとでも申すのかッ!】

【僕の国で暴れる気かい全属性エレメンタルマスター。だけど許すよ、キミには借りがあるからね。再会は劇的にロマンチックに、さあ、光の精霊達よ。彼に力を貸してあげたまえ】

【……何かが来る、この学園に何かが来るッ。ああ、わかる、わかる、わかるっ! あの子が、お前を呼んでいるッ―――! ちなみに俺もお前の更生に金を掛けた者の一人だッ!】

   




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