87豚 悪夢の魔法学園⑤

「オオ!? もう少しで豚野郎! テメエが入れそうなぐらいの穴が開くぞ! 」


 ようやくその時が来た。

 大聖堂を取り囲む半円球状の結界を維持するモロゾフ学園長も限界だった。

 サイクロプスが殴りつける度に出来ていた穴が、どんどんと大きくなる。


【モンスターと人間は昔から争わずにはいられない……長い時を眠っていたようだけど、何も変わっていないんだね。でも、僕とシャーリーは仲良く暮らしたよ。本当に穏やかな時間だった】


「おらっ! いけっ! 豚野郎!!」

「ぶっひィィィィィィ! あ、痛ッ! また鎧の端が溶けたぶひィ! でも結界突破ぶひィ! 」

 

 ひょいと、結界の中にオークナイトが入り込む。

 既に鎧はボロボロなので傍目にはただのオークに見えるが、そのオークは他のオークに比べて騒がしいので存在感が際立っていた。

 大聖堂の閉められた大扉の前に立って、わざと恐怖を煽るようにして吠える。


「水のオークを作ったのは誰ぶひィィ!? 良いセンスしてたぶひィィ! このブヒータ様が褒めてるぶひィ! 出てくるブヒィ、見どころあるから勧誘するぶびっ―――」


 オークナイトは扉をぶち破ろうとして、逆にふっ飛ばされた。

 復元しようとする結界の穴から再び外へ弾き出される。その際にまた鎧が結界に触れて溶けていた。

 屋上から降り立ったロコモコ・ハイランドがオークナイトに勢いのある蹴りを入れたのだ。


「おお! 出てきやがったカ! 土使い! だが! お前の魔法は既に見切ってるぜエ! どうする!?」

「てめーを殺す。それだけだっつーの」


 時が来た。

 もう結界はいつ破られても可笑しくない。

 最後の悪あがきだった。

 

【嫌な光景だ。やはり人間とモンスター、分かり合えないのは自然の摂理なのかな。時が立てばまた別の道が見つかるかもしれないと思っていたけれど……】



  ●   ●   ●



 シューヤはもう見ていられなかった。

 彼は大聖堂に集まる大量のモンスターを見かけて避難を断念し、校舎の中に隠れることを選択したのだ。


「やばいやばい」


 最上階からは大聖堂の様子がよく分かる。

 広場に集まる大量のモンスターも、空を飛ぶ翼を生やしたモンスター達も、当然、王たる堂々さの黒龍も。


「やばいってやばいって何だよあれ何だよあれ」


 シューヤは頭を下げて、自分で自分の身体を抱き締めた。

 もう見ていられなかった。

 助けたメイドはばたんきゅーといった具合に気を失い、床に倒れていた。

 シューヤは彼女を羨ましく思った。

 いっそのこと気を失った方がましだと思った。

 最上階から見える光景はそれ程悲惨すぎた。

 

「ごめんなさいごめんなさい」


 誰に誤っているのかも分からなかった。


【シューヤ! 何故頭を下げる! ヌシにはわかる筈であろうッ! 顔を上げよッ!】


 言われるがまま、シューヤは顔を上げた。



  ●   ●   ⚫️



 いつの間にか大扉の片方が開き、大聖堂の中からは戦う彼の様子が直接見えるようになっていた。

 誰もが見なければいけないと思った。

 自分たちのために命を掛けて戦う人の姿を。


 最後の力をふり絞りロコモコは戦っていた。

 土がめくれ上がり、何体もの命持たぬゴーレムが本物のゴーレムに潰されていく。

 外には想像を超える夥しいモンスターの姿があった。

 もはや悲鳴すらも彼らの餌になるようで、赤い瞳で大聖堂の中をよだれを垂らして見つめていた。


「終わりだァ! 土使い!」


 サイクロプスは動きを止めたロコモコに向かって拳を振り上げた。


「―――ああ、終わりだよ」


 だが、その右腕が振り下ろされることは無かった。

 ロコモコの姿が一瞬で消えたからだ。


「さっきのお返しぶひィ!」

「ぐお!」


 オークナイトの強靭なタックルをその身にくらい、ロコモコは結界の中にへとふっ飛ばされた。

 閉められていた扉の片方にぶち当たった。


「俺の獲物だぜ豚野郎ッ!!」

「サイクロプス様腕を見るぶひ! それと新しい獲物ぶひ!」


 サイクロプスの右腕にはいつの間にか炎が絡みついていた。


「アア!? 何だこりゃア!」

「風と火の混合魔法だとッ!!」


 ロコモコは大聖堂の入り口に倒れ込んだまま目を疑った。


「結界の中からあのサイクロプス目掛けて、ぶち抜いたってことか!? 誰だッ!」


 結界が再び修復されていく。

 サイクロプスやオークナイトはニヤニヤと新しい獲物の出現を喜んでいた。

 一体、誰が。

 結界の外に出て行こうとする者の後ろ姿を見て、ロコモコは絶句した。


「一人も犠牲者は出したくありません。スロウ様が帰ってきた時にきっと悲しみますからね」


 軽やかな声とはにかんだ微笑み。

 大聖堂内の中で誰かが叫んだ。

 彼と同学年の貴族の生徒達だった。


「先生はそこにいて下さいね、まだ貴方から教わっていないことが山ほどあるんですから……さあ風と炎の精霊よ! 僕にもう一度力を貸してください! 豊穣に愛されしッ、グレイトロードの血が紡ぐは天に叫ぶ熱き風ッ!」

「なッ! 動かせねえッ!」


 守るべき生徒の姿を前にロコモコは立ち上がることすら出来なかった。

 身体が風で縫い止められている。 

 思い出の剣に熱波と化した暴風を纏わせ、結界の外へ飛び出す者を見てロコモコを叫んだ。


「荒ぶる風よ! 炎を纏い皆を守れ息吹となれッ! 風炎竜巻ウィンドバーニングッ!」

「ビジョン! やめろおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 攻守一体。

 生徒の力とは思えない、強靭な魔法だった。

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