55豚 英雄の兆し

 風の神童と呼ばれし男の子はたった一言「ありがとう」と共に告げると、白馬と共に森の中へと続く街道に駆け出していった。

 それは今のスロウ・デニングが言葉に出せる、ただ唯一の言葉だった。

 スロウ・デニングが街道へ向かった様子を見届けると同時にビジョン・グレイトロードは門から反転し、大聖堂へ向かって走り出した。


「モロゾフ学園長が選んだ男だ! 皆も知っているだろう! 奴は入学試験で魔法行使による歴代最高得点を大幅に更新した化け物だ! さらに腐ってもあのデニング公爵家に連なる者だ! 祝砲を上げろ!」


 スロウ・デニングの進む先にいた大量のモンスターが門から撃ち放たれた数多の魔法によって取り除かれる。

 第三学年を中心とした者達による火や水や土や風による魔法の一斉射撃だった。


「頼むぞスロウ・デニング! 貴様が誰に恋を抱こうと黙っていてやる! 王室騎士団を連れてくれば、我らは今の話を墓の先まで持って行っていくと誓ってやる!」


 そうは言っても、門に集まっていた彼らは未だ白馬に乗った第二学年の生徒が本当にあの豚公爵なのか、あのスロウ・デニングであったのか、己の目が信じられずにいた。


「より大規模な襲撃に備え、魔力を無駄に使うな! 一撃でモンスターを仕留めろ! 長い夜になるぞ!」


 それは痩せた太ったの外見の問題が原因ではなく―――。

 ―――死地へと消えた風の神童が、見る者をゾッとさせるような色気を放っていたからだ。

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