66豚 風の神童と皇国のお姫様③

「これはこれは、この場所を知るといことは果たして自由を愛する同士か、もしくは乱入者か。前者であれば歓迎するのですが」


 突然現れた三人へと手揉みをしながら近づいてくる老人がいた。

 恐らくは奴隷商人の関係者なのだろう

 壇上の男と同じように彼もまた反逆ギルドの証である逆十字のイヤリングを掛けていた。


「スロウ様……見てください、あの女の子に掛けられた値段を。生半可な額じゃありませんよ」

「スロウの坊ちゃん。うーん、ちと金が足りなくないすか?」


 確かに破格の値段設定がされていた。

 この場にいる中では一番の価値があの女の子に付けられている。

 あの女の子が高貴な血筋の生まれとは理解しているのだろう、辺境で買い叩かれるよりはより客のいる場所で捌くつもりに違いなかった。


「父上がそろそろ俺に従者を見繕うと言っていた! 向こう5年の俺の小遣いで足りるだろう!」


 スロウは焦っていた。

 空気に漂う底知れない怒りの憤怒。風の大精霊が放っている感情が風に溶け、気配に敏感な精霊達が我先にと逃げ出していた。


「同士、というわけではなさそうですねえ」


 ごろつきや用心棒らしき男たちもスロウ達の様子をちらちらと見始めている。

 老人は三人の中で唯一の大人、朴訥なクラウドに目を向けた。

 騒ぎを起こせば用心棒達やこの場にいる同士が黙ってないぞとの脅しを視線に込めて。

 だが自由を愛する彼らは気付なかった。

 自由連邦では馴染みがないかもしれないが、その黒い外套は騎士国家ダリスでは何よりの正義の証。


「あーシルバ、我らが主はあの子を助けたいご様子。だが自分達は金が無い。さらにダリスでは奴隷売買は違法である。ついでに言うとここはデニング公爵領で自分たちは領主から正式に叙された騎士だ」


 クラウドは主の怒りを冷ますかのように、わざと大きな声を出し役者の大仰な演技をした。


「確かにこういう役回りは平民である俺に相応しいっすね」


 シルバはそんな不器用なクラウドの気持ちを汲み取ると、スロウの前にしゃがみ込んだ。

 シルバの目に映るスロウの顔は、今まで見たことの無い顔をしていた。

 泣きそうな、それでいて怒っているような。

 何かに怯えているような、けれど覚悟を決めたように構えている。


「スロウの坊ちゃん、あんたは命令すればいいんだ」

「命令? ああ、そうか……そうだったな」


 シルバは風の神童と呼ばれるこの子供が好きだった。

 身近でスロウの成長と共に自分も大人になり、生涯をこの子供の騎士として過ごしてもいいかなと思えるぐらいに。

 その中にはダリスの大貴族、デニング家に仕えることで自分もいつか爵位的なものをもらえたりしないかな? といった邪な考えもあったが。


「坊ちゃん。あんたはただ、あるがままに―――あればいい。そのために俺たちがいるんだから」


 スロウは胸に手を添えて、騎士の構えを取る二人を見上げる。

 本当に自分には勿体ない者たちだ。

 彼らの期待に応えるためにも、スロウは躊躇せず言った。


「……胸糞が悪い、この場をぶち壊せ」



  ●  ●  ●

 


 クラウドは厳格なダリスでは到底許されない奴隷市場を怒りを交えて見据えた。

 隣に立つ年若き少年に向けて言う。


「シルバ、お前には右方を任せる。自分が左方をやる」


 シルバは恐らくは即席だろう壇上に立ち、どこまでも自由の信望者である奴隷商人を気の毒そうに見つめた。

 反面教師だなと一人胸の内で納得すると腰から剣を引き抜いた隣の先輩騎士へにこやかな笑みを放った。


「クラウドの旦那あ。足引っ張らないで下さいね」


 駆け出す二人には目もくれず、スロウは鎖に繋がれた幼い女の子のみをその目に焼き付けていた。

 くすんでしまった銀色の髪を持つ小さな女の子。

 周りには泣き叫んでいる者達もいたが、その女の子は泣く様子を見せなかった。

 耐え忍ぶようにして、大きな瞳でどこか遠い空を見つめていた。

 のどかな緑と共にあるデニング公爵領の雄大な景色もその子の目には見えていないようだった。


「……あの子、世界から顔を背けてる。よっぽど辛い思いをしたんだろうな」


 ”スロウ。僕らは逃げるよ”


 簡単な言葉を話せる風の上級精霊にしても風の大精霊アルトアンジュは恐るべき存在であるらしい。


「別に目に入る者全員を助けようなんて思ってない。ないけどさ―――」


 銀髪の女の子が何を考えているのか、スロウでさえ分からなかった。

 そしてその両腕で抱き締めている物体も、一体何なのかよく分からなかった。

 だから、確かめようと思った。

 彼女が今、何を考えているのか。

 そして彼女が抱き締めているものは何なのか。


「―――さすがにあの子を放ってはおけないよ」


 風の神童は二人の騎士が作り出した道をただ悠然と歩き出した。

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