65豚 マルディーニ枢機卿とカリーナ姫

 黒龍セクメトによって領館を含めた辺り一帯は全壊した。

 庭に植えられていた木々や価値ある彫刻も暴れる黒龍によって与えらし命を刈り取られ、その余波は領館の周りをぐるっと取り囲む高級住宅街にまで及んでいた。

 まるで大嵐が過ぎ去ったかの如く、貴族が大勢住まう住宅街までもが灰と化した。

 悲鳴と助けを求める声が闇夜を切り裂いてゆく。

 地獄のような火炎の中、マルディーニ枢機卿は幽鬼のようにふらふらと素手で瓦礫を掘っていた。


「ッ!!」


 枢機卿自身も手酷い重症を負いながらも、倒壊した領館の下敷きとなったであろうカリーナ姫を探していた。 

 もはや守護騎士ガーディアン選抜試験のことなど頭の中から消えている。


「探せぇぇぇぇええ!!!! 」


 絶望が頭を支配する。

 守られるべき王族も軍の柱たるデニング公爵の生死も分からない。

 視界も悪い、ただ雨によって勢いが弱まる炎だけが散々たる状況を照らしていた。

 

「マルディーニ枢機卿! 黒龍は街道の先へ、もしやクルッシュ魔法学園へと向かった可能性もありますッ!」

「姫! カリーナ姫ッ!!! ええい、町中の水の使い手を集めろッ!!」

「一帯の建物全て倒壊し人手も足りませんッ! 待機していた王室騎士も全員がまともに動ける状況に非ずッ!」

「呼び戻せッ! 工場区画へ向かった者達をここへッ! カリーナ姫を見つけることが何よりも優先されるのだッ!」


 だがこの場に留まる彼らには絶対に見つけられない。

 いや、見つけたとしても……既にカリーナ姫は―――。



  ●  ●  ●



「.……」


 姫を探すため、難を逃れた者達が次々と領館のあった場所に集結してゆく。

 住宅街の中で崩れた柱の下敷きとなった少女になど誰も見向きもしなかった。

 彼女がもっと人前に姿を見せていれば、舞踏会でダンスを披露していれば話は変わったかもしれない。

 彼女の顔を知る者は少ない。

 彼女の髪色を知る者は少ない。

 力無く、涙を流しながら暗い空を見上げる少女がこの国の王女だと考える者はいない。

 今にも息絶えそうな彼女を視界に入れながらもヨーレムの住民は黒龍の火炎を受け崩れた領館へと急いだ。


「……」


 運命は紡がれる。

 新たな契約を待ち侘びる者がいる。

 光失いかけた者がそこにいる。


 今宵、彼女は出会うのだ―――。

 ―――一人のずぶ濡れの少年と、可笑しな鳴き声の動物に。

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