64豚 風の神童と皇国のお姫様②

 逃げて、逃げて、どこまでも逃げた。

 何度死んだと思ったか分からない、何度お腹が空いてひもじい思いをしたか分からない。


 誰かに頼るのは嫌だった。

 自分のために散っていく命を見るのが辛かった。

 

 逃げて、逃げて、どこまでも逃げた。

 何度泣いたか分からない、何度これは夢だと思ったかは分からない。


 もうお城も町も、きっと、ボロボロになっているんだろう。

 何もかも壊されて、記憶の中の景色は全て無くなっているんだろう。


 逃げて、逃げて、どこまでも逃げた。

 幸せな記憶が塗り潰されていった、もう死んだ方がマシだと思ってしまった。


 そして、最後には私は一人になった。

 誰もいなくなった。

 本当に本当に、私は一人になった。


 だから、私は決めた。

 もう泣かない。

 絶対に泣かない。


 だって、私は全部忘れるから。

 服も杖も全部取られて。


 もう私はお姫様なんかじゃない。

 記憶にあるもの全部が嘘なんだ。


 嘘だから、悲しくない。

 涙だって、もう出ないのだ。


 目に映る世界もぼやけて見えた。

 カラフルだった筈の世界は色を失い、近くのものでさえはっきりと見えなくなってしまった。

 

 皆、自分を置いてどこかに行った。

 幼いながらも理解出来た。

 皆がどこに行ってしまったのか、幼いながらも分かってしまった。


 泣かないこと。

 泣かないことが今のシャーロットに出来る唯一の辛い世界への反抗だった。


 だってこんな世界嫌いだ。

 嫌いだから、絶対に泣いてなんかやらないのだ。

 それなのに、いきなり現れたあの男の子に泣かされたときは本当に本当に。


 ふかく、だと思ってしまったのだ。

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