53豚 ひひひひーん!
平均よりも一回りも大きく、毛並みの良い白馬を連れて俺は歩いている。
牧草地帯に行くと木柵の近くで一頭の馬が俺を呼んでいたのだ。
「ひひひひーんっ!」
耳に残る不思議な鳴き声。
この前競争した変わった声の白馬だった。
『我こそは思うものは杖を上げ、剣を持つのじゃ! 学園の門に集いモンスター襲撃に備えよ! ダリスの未来を担う生徒達よッ! これは授業などといった生易しいものではない! モンスターとの命の攻防じゃッ! 鍛えられし技を用いて迫りくるモンスターを迎え打つのじゃ!』
俺を乗せる馬が生きて学園に帰ってこれる保証は限りなく小さい。
森の中からモンスターが突然飛び出してくることもあるだろう、空から奇襲のように攻撃を受けることもあるだろう。降りしきる雨の中、体力なんてあっという間に無くなるだろう。ぬかるんだ地面に足を取られて転げてしまうかもしれない。
それでも白馬は俺に自分を使えと言うかのように叫び続けた。
『目覚ましい武功を上げた者はワシが望む軍への部隊へ推薦してやろう! 何ならデニング公爵直轄軍だろうと構わん! 力を示せば何枚でも推薦状を書いてやるぞ! 教員棟におられる先生方は最上階のワシの部屋に向かって頂きたいッ! 小さな池の中に水色の杖があるはずじゃ! それを大聖堂まで持ってきてもらいたい!』
学園長の声が夜の学園に響き渡る。
暗い雨空には飛翔型モンスターが空を飛び、恐怖を煽るかのような甲高い声を上げていた。
さながら恐竜が闊歩するジェラシックパークだな。
映画の中では人間が恐竜から逃げ惑うシーンが続くけど、学園が未だパニックに陥らずに済んでいるのは冷静な学園長の声によってだろう。
『戦いを選んだ生徒達よッ! 自分の限界を見極め、危なくなれば大聖堂に避難するのじゃ! だがこれは皆を成長させる機会でもある! 戦えぬ者は大聖堂に集まるのじゃ! 皆の者! 大聖堂に集まるのじゃ! 先生方は生徒の誘導を! 心配するでないぞ! ヨーレムの町にはカリーナ姫の
身の着のまま大聖堂へと向かう皆の姿が遠くに見える。
恐怖に怯えた表情をしている者が大半で、女生徒の中には泣いている人もいた。
しかし学園長が告げた言葉。
この国に生きる者ならば誰もが憧れるダリスの精鋭、王室騎士団。
現役の王室騎士が来てくれるならきっと大丈夫、さらに生で彼らの戦いぶりが見られる、そんな期待が相まってか皆がワッと顔を上げた。
「さてと。そんな王室騎士団を連れてくるのが俺の役目だ」
大聖堂前の広場の一角で騒いでいる男子生徒の集団を目にとめる。
貴族生徒の第三学年。
どうやら大聖堂に避難せず、広場で上空を飛ぶモンスターを迎え討つようだ。
「カリーナ姫だと! 僕はカリーナ姫を一瞬、王庭で見たことがあるぞ! あれはいいものだった! いいものだった! まさに魔乳だ!」
「おおお! どれぐらいだ? カリーナ姫は一体どんな可憐な姿をしているんだい!?」
何やら興味深いことを言っていたので思わず聞き耳を立ててしまった。
「ふわふわの金髪で、気弱そうだった!」
「ふわふわの! 金髪! そして気弱! いいじゃないか!」
「そして魔乳だ」
「おおおおおおおおおおおおおお!!!! ダリス万歳!」
「ダリス万歳! ダリス万歳!」
「ひひひぶひーん!」
ちょっと待て!
今のは俺じゃないぞ!
何故か突然興奮し出した白馬の声だ!
第三学年の先輩たちは白馬に乗って広場に駆けよる俺を見て、こそこそと何か喋り出した。
「んなっ! あの白馬! 授業で誰も乗せなかった気位の高い白馬だろ? 乗ってるやつは誰だ?」
「……知らない奴だ。こんな時にふざけて遊びそうなのは豚公爵ぐらいだが……そんな感じでもないしな。ここからだと鮮明に見えないが豚公爵ほど太っていないようだ」
「それより学園長が作ったあの水騎士を見たか? 完成度の高さが素晴らしく、まるで本物の騎士のようだ。頭が豚で笑ったけどな」
うーん。
こんな状況なのにあいつ馬なんかに乗って何してんだとか言われてそうだな。
「それより景気づけと行こうじゃないか。一年や平民はびびってるようだが、俺たちにとってはモンスター退治など慣れたものだ」
「万歳万歳! カリーナ姫万歳! ダリス万歳!」
わあ!
俺は空を見上げた。
学園の皆を励ますように、色とりどりの綺麗な魔法が花火のように空に打ちあがった。
● ● ●
馬術の授業を取ったことはなかったが、白馬は俺の意思通りに動いてくれた。
広場を横切り教育練に挟まれた長い道を駆けていく。
道中では物静かに佇む水のオーク騎士さんを物珍しそうに見ている人が大勢いた。
頑張れよオーク騎士、学園の皆を守るんだぞ。
自分の魔法にエールを送っていたその時だった。
「豚のスロウ!」
ん? 俺?
突然大声で俺の名前が叫ばれた。
キョロキョロと周りをを見渡すと、馬上の俺に近付いてくる女子生徒が一人。
「馬に乗って何格好つけてるんですの! モンスターの襲撃ですわ! 早く大聖堂に行かないと!」
アリシアだった。
小柄な身体を震わしながら、大聖堂に向かう途中のようだ。
雨の中、全力ダッシュしていたようで少しだけ息が荒かった。
「アリシアか。大聖堂は反対方向だぞ」
「豚のスロウ! 貴方は何で門のほうに急いでいるんですの!?」
「えーっとそれは」
「魔法が上手だからモンスターを退治するんですの?」
「まぁそんなところかな」
「……そういえば、あの水の魔法は貴方のですわよね?」
「ああ、豚騎士さんか。いいや、あれは学園長の魔法だよ。すごいよな、いざという時のために学園中に仕掛けてたんだぜ」
「ふざけないで下さる? モロゾフ学園長があんなふざけたものを作るとは思えませんわ!」
鋭いな、アリシア。
いやまあ冷静に考えればそうなんだけど今は冷静な状況ではないからな。
「それよりアリシア。早く大聖堂に避難するんだ」
「そこは俺が守るから、とかじゃありませんの?」
「悪い、俺は今からやらないといけないことがあるんだ」
何故か拗ねるように言うアリシアの声色を不思議に思う。
けれど胸の奥でそんなアリシアを見ていると、懐かしさが込み上げる。
アリシアは魔法が上手に出来ないとすぐに拗ねたから、小さい頃はよく宥めたもんだ。
『勇敢で優れた力を持つ者が街道を超えヨーレムの町へ向かう名乗りを上げた! 彼の名を出すことは出来ぬが、ワシは彼に安心せよと伝えたい! キミが戻ってくるまで、必ずワシがこの学園を守り抜く! だから安心して行くのじゃ! 類稀なる勇気を持った少年よ!』
アリシアは学園長の言う言葉に何かを感じ取ったのか―――。
「じゃあ俺は行くから。大聖堂へ急げよアリシア!」
「まさか豚のスロウあなたッ! ちょっと待ちなさいですわ!」
―――道が開いた。
アリシアが俺を呼び止める声を受けながら俺は白馬を疾走させる
大聖堂に向かう生徒やメイド、様々な人達の流れと逆走するように駆け出した。
『自分が戦いに向かぬと思う者ッ! 安心し、大聖堂に集まるのじゃ! 儂がどれ程強力な結界をはれるか見せてあげよう。なあに、すぐにヨーレムの町から王室騎士団がやってくるぞ!』
「行ってはダメ―――嫌だ待ってよスロウッ!!!
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