52豚 風の剣士は天才肌

「団長を呼べッ! 早く! 早くしろ! 我等はこのままだと全滅するッ!」

「ですが副長! こ、殺されますッ! こんな姿を団長に見せれば、俺ら全員殺されちまうッ!」


 スロウ・デニングは決断した。

 生徒として守られ続けた居心地の良い学園を卒業し、争いの元を断ち切る旅に出ることを。

 風の神童が決断した街道超えの先、ヨーレムの町にも決断した男がいた。

 何の後ろ盾も持たず、平民でありながら騎士国家ダリス次期女王、カリーナ姫の守護騎士ガーディアンへの道をひた走っていた男は決断した。


 大人気アニメ、「シューヤ・マリオネット」。

 豚公爵に付き従う平民従者シャーロットの前にたびたび現れ、助言を残して去る仮面の男。 

 全てが謎に包まれていたが、シャーロットを守るために帝国軍の足止めをたった一人で行いその命を散らしたことから、シャーロットと仮面の男との関わりについて様々な憶測を呼んでいた。

 そしてアニメ終了後、公開された裏設定で仮面の男が何者だったのかが明らかとなったのだ。

 その正体はあの豚公爵―――スロウ・デニングを幼少期、支えた平民騎士。

 

「年貢の納め時ってやつだな! 金剛傭兵団!」


 ヨーレムの町の工場区画、打ち捨てられた廃工場。

 ゴロツキ集う巨大な工場区画の一角がシルバの戦場だった。

 激しい戦闘によって廃工場の内部はボロボロだ、傭兵達が用いた爆発物によって焼け焦げた壁面からも戦いの激しさが窺えた。


「スロウの坊っちゃんに目を付けらるとは運が悪ぃ! これからはまっとうに生きるんだな!」


 相手は黒と黄色が入り混じる特徴的な服を着こなす悪名高き傭兵団だ。

 ダリスを中心に活動し、金のためなら何でもするあくどい集団。


「お前らが捕らえていた女性、本物のアルル先生は既に解放した! さあボスはどこに行った! 巨体豪傑ジャイアントマン、悪の中の悪。金貨百枚の賞金首は!」


 憔悴した女性を巨大な廃工場内に作られていた居住スペースで保護し、彼女から聞き出した話は彼の主から届けられた手紙の内容と全て一致した。

 金剛傭兵団の中には魔法が使える奴らも数名いたが、魔法の有無などシルバにとっては大した意味を持たない。

 シルバの振るう輝く付与剣エンチャントソードの切っ先に傭兵団員が吸い込まれていく。

 金剛傭兵団員は理解出来なかった。

 この男の強さは何だ。

 鼻歌混じりに、自分たちを赤子のように捻っていくこの黒髪の男は誰なんだ。


「さてとこれで全員ぶっ倒したっと―――うおっ!」


 そんなシルバが慌てて身体を捻った。

 倒した筈の傭兵が一人が弧を描いて自分に迫ってきたからだ。

 だだっ広い廃工場の隅に備え付けられたドアから一人の男が歩いてくる。


「おいおい一応は仲間だったんだろ? 投げるなんて原始的すぎるだろ」

「お前は誰だ、どうやってこの場所を知った」


 他者を威圧するような圧倒的な風格。

 岩石のような男だった。


「いやあ、悪い悪い。とある問題児さんからここを探索せよって言われてな。……ああ、俺の名前? 悪いがそれは秘密だ。俺は自分の名前が嫌いでね。俺は黒髪だってのに、全くどうして俺を生んだ奴らはあんな名前を付けたのかってな」


 金剛傭兵団の頭領、巨体豪傑ジャイアントマンがそこにいた。 

 幾つもの傷跡が刻まれた顔は歴戦を生き延びてきた証なのだろう。そして、その首に賭けられた賞金を求めて返り討ちになった者の数は数えることも馬鹿らしい。


「よく喋る口だ。……退け、役立たず共が」


 巨体豪傑ジャイアントマンは床に伸びている傭兵を一人持ち上げると壁に叩きつけた。

 ただ、自分の歩みの邪魔だったからだ。

 仲間だった筈の傭兵達を蹴飛ばし近付いてくる巨体豪傑に向かってシルバは剣を構えた。

 光の大精霊の加護を受けた付与剣エンチャントソードに輝きが増していく。


「予言するぜ巨体豪傑―――」


 シルバの心臓はバクバクと高鳴っていた。

 それは戦闘による高鳴りなんかじゃない。

 だって、ずっと待ち望んでいた。 


 「―――お前は間もなく、地べたを這い蹲る虫けらの気持ちを知る」


 スロウの坊っちゃんが帰ってくる。

 この退屈な世界に、スロウの坊っちゃんが帰ってくる。

 楽しみで仕方が無い。

 一体、あの風の神童は自分にどんな光景を見せてくれるのだろうか。

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