51豚 伝説の始まりはオーク頭の騎士達と共に

 むわっとする嫌な臭い。

 この匂いが何なのかを証明するかのように外から鳴り響くモンスターの声は止まらない。


「スロウ君。先ほどのモンスターの叫び声とこの匂い。もはや考えるまでもないのじゃろう」

「えぇ、俺は一度匂いを嗅いだことがあります。これはモンスターを呼び寄せる香水の香りに間違いありません。校舎の崩壊と共に割れたんでしょう」

「……そのようじゃのう。雨風をどうやって凌ぐか考える暇もくれないようじゃ」


 天を仰いだ後、学園長が瓦礫の山から降りてくる。

 余りにも強烈な匂いにクラクラする。

 アルトアンジュはかなりの数と言っていたけど、一体どんだけの量だったんだ。

 モンスターの声、恐怖にかられた女子生徒の叫び声も聞こえ出した。


「考えうる限り最悪の状況じゃ。ダンジョンに張った結界が暫くは持つよう祈るばかりじゃな」

「ダンジョンに住まうモンスターだけじゃなくて森に住む大勢のモンスターもすぐにやってくるでしょう。ヨーレムの町へと続く街道もそのうちモンスターで……」

「だが光明も存在する。今、ヨーレムの町にはマルディーニ枢機卿が率いる王室騎士団が駐屯しておる」


 幸いにも学園を囲む壁はかなりの強度、ぶっ壊れされて四方八方から侵入されることはないだろう。

 うーん、モンスターの侵入口は門と……空かな。

 ダンジョンではなく森に潜む弱いモンスターなら魔法学園の生徒でも十分に対処できる。


「即座に鳥を飛ばし学園の窮地を伝えねばならぬ」

「いいえ……ダメです」


 俺は歩き出そうとした学園長の腕を掴んだ。


「スロウ君。こうなってしまったらもう傭兵に構ってはいられぬ。ワシは学園長としてこの学園を守り抜くために最善を尽くさねばならぬ」


 俺は空を指指した。

 振りすさぶ雨と広がる闇、その内、雷までも轟きそうな荒れ具合だ。

 夜空を飛ぶ鳥型のモンスターが視界に何体も見える。

 香水が撒かれたといっても余りにも早すぎるご到着だ。


「モンスターが活性化した今、鳥は飛翔型モンスターに襲われる可能性が高いです」

「……じゃが街道がモンスターで溢れるであろう中、他にどうやってヨーレムの町に伝えるというのじゃ」


 学園長は考え込むようにして黙り込んだ。

 空に集まるモンスター。

 まだ攻撃は仕掛けてこない。

 しかし、何かの切っ掛けさえ与えれば一斉の学園に住まう者達へと攻撃を開始するだろう。

 何かを燃やして狼煙でも作るか?

 ……いや、ダメだ。

 この雨の中では火は起きない。

 覚悟を決めろ。

 俺はもう何をすべきか理解しているはずだ。 


「……ぶひぃ」


 この匂いの強さは異常だ。

 何もしなければ学園に未曽有の被害が出る可能性が高い。

 学園にいる皆の顔を思い浮かべた。

 悲鳴が聞こえる、女生徒の悲鳴だ。

 学園にモンスターがやってくる、それは数百体かもしれないし数千体かもしれない。


 力を持つ俺だって震えそうになる。

 この学園には魔法も使えない、力を持たない人々が大勢いる。


 さあて、スロウ・デニング。

 最大の見せ場がやってくる。

 恐怖に怯えるな。 

 それにこの学園にいる俺以外の誰が、その役目を果たせると言うんだ。

 


「―――俺が行きます」



 学園の窮地を確実にヨーレムの町へと伝え、救援を要請せねばならないのだ。

 ロコモコ先生も見当たらない今、適任者を考えている余裕はない。



「―――今ならまだ街道を超えやすいですし」



 これは時間との戦いだ。

 時が立つにつれて香水の香りが広まり、街道や学園にモンスターが押し寄せてくるだろう。

 俺の言葉に学園長は言葉を無くしたようだった。



「―――ドバッと行きますよ、モロゾフ学園長。最高の見せ場ってやつが遂に俺の元にやって来たみたいですから」



 学園長は学園の守りにおいて絶対に必要な人だ。

 学園長がいなければ、この学園はモンスターの大群に一時間も持たない内に飲み込まれてしまうだろう。

 それに香水の効果がいつ切れるのかも分からない。

 いつまで皆を守り切ればいいのかも予測出来ない状況、精神的な支柱は絶対に必要だ。


「ゆ、勇気と無謀は別物じゃッ! 街道は瞬く間に学園へと押し寄せるモンスターで溢れるじゃろう! 確かにキミには力がある、生徒としては破格の力、全属性エレメンタルマスターがっ! だがワシはこの学園を預かる者としてキミにそんな危険な真似をさせるわけにいかんのじゃ!」

「学園長。ロコモコ先生がいない今、適任者は俺しかいません」

「先ほど傭兵との戦いで君は幾ばくかの力を使っておるッ! 死ぬ気かッスロウ君!」

「俺はまだまだ元気ですよ……こんな感じに……ぶひぶひぶっひぃ……」


 力を解放する。

 俺を守られるべき存在だと言ってくれた学園長に見せつけるようにして杖を振るう。倒壊した研究棟の近く、木々の下にそれがあるのを俺は覚えていた。


「汝、水にして、闇に墜ちし者」


 それはナタリアが作り出した魔法陣を弄り、反転させたもの。


「汝、水にして光に転じし水」


 学園中に仕掛けられていた魔法陣が魔力の奔流を浮かび上がらせる。


「汝願う者、汝求める者、汝叶える者」


 青い閃光が上空に向かって幾つも立ち昇る。

 学園の夜空に直立して立ち向かう青光。

 降りしきる雨の中、魔方陣が周囲の水を取り込んで泡立つ人型を形作りゆく。


「汝、水より生まれ忠なる者として現界を望むもの故に」

 

 ナタリアが作り出した水の兵士よりも遥かに精巧な水の人形。

 水と土からなる泥の甲冑が身体に付与され、太い水剣ウォーターソードを両手で掴み胸の前に構える。

 そして最後に、騎士の頭がゆっくりと形成されていく。


「我は汝らに祝福されし全属性エレメンタルマスターッ! 水豚騎士ウォルトオークナイトよ現界せよッ! ぶっひぃぃぃぃぃぃ!」

 

 通気性の良さそう鼻とでっかい両耳とチャーミングな瞳。

 出現したオークの両目に光が宿る。


 空気が固まった。

 水のオーク騎士が輝く魔法陣の上に現界し、学園長は瞬きすることも忘れてその様子を見つめていた。

 見つめていた。

 見つめていた。

 見つめていた。

 固まっていた学園長は、程なくして笑い出す。


「ふはっ、ふははははっ!」


 魔法行使の終わりを待っていたかのように学園中から様々な悲鳴が聞こえてきた。

 突然現れた水の化身を目の当たりにして学園の皆は大層驚いてくれたらしい。

 ぶひひ、やったぜ。

 そして俺の予想通り彼らの声はすぐに笑い声に変わっていく。


「……これは王室騎士の構え! だが頭はオークなのじゃな! ふはっ、何とも、何ともこれは傑作じゃ!」


 ダリスに忠義を捧げた騎士の構え。

 今、クルッシュ魔法学園の至る所で青の発光と共に現界した水のオーク騎士達。

 彼らは静止を崩さない。

 学園に住まう者達を害する存在が現れない限りは。

 ……とまあカッコつけても、結局はオークさんなんだけどね。


「ふはは! あれ程の魔法に……遊びを込めるかッ! スロウ君……キミは、やはり、面白いのうッ! 風の神童はクリエイターとしての才もあるのじゃな! ふわっはっは!」

「少しでも学園を守る力になれるよう、力を込めましたぶひぃ。特に頭に」


 ぶひぃぶひ! ぶひぃぃぃぃ! どうだ学園の皆!

 これが学園を卒業すると決めた俺からの最後のエンターテイメントだぜ!


「……キミが学園の先生になれば学園がオークまみれになったかもしれぬな! ふははは! 本当にこれは傑作じゃ!」


 重々しい空気が霧散する。

 笑いが止まらぬらしい学園長は目に涙を貯めて、俺を見た。

 ダリスの子供は誰でも王室騎士になることを夢見て育つものだ。

 王族を守る彼らの姿。

 自分も彼らのような立派な人になりたいと憧れて、子供達は国への愛国心を育んでいく。


 ナタリア・ウィンドル。

 お前もダリスに生まれたならば、王室騎士への憧れが心の奥底にあるものだって思ったんだ。


「スロウ君。やはりキミは……学園で働くようになってからワシが見た、最高にユニークで頼りになる生徒じゃ」

「ぶひぃ!」


 オーク騎士だけどさ!

 俺が作り出した水のオーク騎士さんは剣を両手で握り締めそれはもう見事な構えをしているのだ! とってもカッコいい姿だぞ!


「それではスロウ君。モンスター蔓延る街道を抜け、ヨーレムの町へ学園の窮状を伝えてほしい。それだけの力がキミにはあると今、確信した」


 学園長の言葉にしかと頷き、俺は駆け出した。

 ぶっひうぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! やったるどーー!!!!!!!  

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