49豚 風の神童(オールジーニアス)と

 危機的状況に陥れば時が止まって見えると聞いたことがあった。

 ナタリアが生み出した水の兵士に囲まれた時よりも時がゆっくりと流れて見えるのは今があの時よりもっと危機的状況だからかもしれないな。

 瞬き程の刹那の中で。

 上から押し潰されるようにして崩壊する研究棟。

 やばいやばいやばい。

 世界の終わりのような轟音がしてるぞ!


「嘘、だろっ?」


 俺は急いで離れるが、学園長は動かない。

 自分の身よりナタリアの確保を優先した様だ。


「学園長!」


 その時、校舎の壁をぶち破った怪鳥が滑り落ちるように滑空し、勢いを殺すことなく水球にぶち当たった

 げえ!

 何たる勇気!

 そして怪鳥は下げた頭にナタリアを乗せると飛び立っていく。

 口には水球の中を漂っていた杖を咥えていて、水球にぶち当たった頭は血まみれだ。

 敵ながらあっぱれ、一瞬にして行われた神業。

 ナタリアを乗せた怪鳥は雨が舞う夜空へと飛翔した。

 

「敵地に何の準備もせずに侵入していたと思ったかい? やみくもなのはモンスターだけの特権さ」


 まるで夢でも見ているかのような、信じられない光景。

 先まであった筈の巨大な建物が目の前から無くなった。

 辺りには瓦礫が散らばり、道を埋め尽くすんばかりの砂塵が雨によって泥水へと変わってゆく。


「豚公爵、あんたの脅威は最高ってことにしとくよ。書き換えられた魔方陣がどうなったのか分からないことが残念だけど……さよならさ魔法学園」


 怪鳥の背に乗ったナタリアは俺に向かって言葉を発し、大聖堂の方へと飛び去っていった。

 そのまま学園を飛び越えて、街道の先、ヨーレムの町へと向かうのだろう。


「ちょ、待てよっ」


 無心でナタリアを乗せる怪鳥を追い掛けた。

 走って、走って、ダッシュして、走って。


「さようなら、ダリス。私の故郷」


 空をゆくナタリアとの距離はどんどんと開き、追いつけないことは頭の中で十分に理解している。

 だけど俺は心に突き動かされるままに走った。

 ナタリアは敵だけど、敵じゃ無い。

 アニメの中だったら敵だけど、本当は敵じゃ無いはずなのだ。

 ナタリアを乗せる怪鳥はとうとう大聖堂の上空に辿り着き、広場には不安そうにしている数人の生徒達が小さく見える。

 倒壊した研究棟の音は学園中に響いたはずだ。


「待て―――ナタリア・ウィンドル」


 その声があいつに届いたかどうかは分らない。

 闇の空に消えていく傭兵ばかりを見るあまり、俺は石に躓いて泥んこの中に頭からダイブしてしまったから。


「ブひイっ!」


 痛ぇ!

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