48豚 エレメンタルマスターは希少能力

「全属性(エレメンタルマスター)は全土で数人もいない希少能力ッ!」


 帝国の力になるということ。

 それはだめだぶひー! と言わざるを得ない程の許容できない頼みだった。


「帝国は今、本格的な南方進出のために様々な人材を集めているッ、だからスロウ・デニング! 貴方のその能力は黄金に匹敵する貴重な力よッ」


 必死に声を張り上げるナタリア。

 その姿が帝国へ鞍替えを決めた自分への言い訳のように感じられたのは俺が彼女の未来を知っているからなのかもしれないな。


「悪いな傭兵。俺は小さい頃、帝国から命を狙われたことがある」

「狙われた貴方なら分かるはずよッ、奴らは歯向かう者には容赦をしないッ!」


 ああ知っているさ。

 あの国がどれだけ冷酷で、目的のためなら手段を選ばないことなんて嫌になるぐらい分かってるんだ。

 ……まああの闇の大精霊さんがいる国だしな。


「帝国が長年争ってきた魔王と手を結んでしまった最悪の現状、頭を空っぽにして自分の国は大丈夫だと考える能天気な人間が南方には多すぎるッ。貴方もその中の一人のようねッ!」

「そのための南方四大同盟じゃ。我等は強固な同盟を結び帝国の脅威に備えておる」


 ……魔王と手を結んだねえ。

 色々と知っている俺は反射的に反論したくなった気持ちを必死で抑えた。

 そして学園長の言葉を聞いたナタリアは嘲るような口ぶりで言う。


「モロゾフ学園長……。南方四大同盟何て形だけ、結局のところ皇国に手を差し伸べなかった国々の集まりでしかないわ。ダリスが帝国から突然の侵攻を受けた時、どの国が真っ先に助けてくれるのか見物ですわ」


 ……。

 悔しいけれど、ナタリアの言う事は当たっている。

 アニメではいの一番に帝国に狙われたダリス。

 圧倒的な速さの進軍を行う帝国軍とそれを可能にする鍛え抜かれた兵。そして同盟各国はすぐにはダリスを助けてくれなかった。

 シューヤがいなかったらこの国がどうなったか分からないぞほんと。


「今、帝国が沈黙を保っているのはあの三銃士が北方の反乱分子鎮圧に力を注いでいるからよ。あいつらが本格的に南方進出に乗り出れば、南方四大同盟は何の意味も持たない鎖と化す。あいつらは正真正銘の化け物よ」


 帝国が誇る最高戦力、悪辣烈火の三銃士。

 一人一人が幾つもの異名を持った化け物であり、彼らの力をもってして帝国は一気に北方を統一した。 

 時代に一人現れればいいような英雄が、同時代に三人も現れた帝国の奇跡。

 見方によってはあいつらがラスボスと言ってもいい存在だ。

 俺は頭の中で奴らを思い浮かべる。 

 ぶひぃぶひぶひ……ぶー、ぶオオぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお。

 イメージトレーニングの結果、俺は負けた。

 チーンである。 


「ぶひぃ……三人で纏めて来るのは卑怯ぶひぃ……」

「……人が真剣な話をしてるのに変な顔をするのは止めなさい、豚公爵」

 

 でも俺はナタリアの言葉を聞いて少しだけ安心した。

 ナタリアは帝国という国の強大さを恐れてその傘下に下ろうとしているのだ。

 この国が嫌いだとか見損なったとか、そういう理由じゃなかったから。


「……私を捕まえても即座に殺さないその甘さ。だからこそ私はこの国を去ると決めたのよ。ねぇスロウ・デニング。さっきの誘いはこの学園を救う最後のチャンスだったのよ」


 この学園にはナタリアの仲間はいないはず。

 それにも関わらずナタリアには未だ余裕があるようだ。奥の手であるとんでもない魔法とかナタリアは持っていない筈。アニメ視聴者の俺が言うのだから間違いない。

 

「先生に化けるのも悪くは無い経験だったわ。ヨーレムの町に戻るたびに一から魔法について教えてくれた本物の先生にも感謝しなくちゃね」

「……ん?」

 

 俺は振り返った。

 ガコンと何かが落ちたような音が校舎内から聞こえたからだ。


「ふふ、何かに気付いたかしら」


 一寸先も見えない程の暗い入り口。

 校舎内に誰かがいるのか?

 いや待て……待てよ待てよ?

 もしかすると香水を既にどこかへ運び出した後なのか?


「まさか……」

「スロウ君。ワシも同じことを考えておった」


 ぞくりと鳥肌が立つ。

 ダンジョンの入り口を封鎖するようにして学園長と張った結界は強力無比なものだ。

 どれだけ中にいるモンスターが強力だろうと簡単に出てこれるとは思えない。

 だけどダンジョンに生息するダンジョンモンスターを除いてもクルッシュ魔法学園を取り囲む森にはモンスターが大勢いるのだ。


「ふふ、ふふふふふっ。いいえ、お二方。あれはまだ中にあるわよ」


 悪寒がした。

 全てが傭兵ナタリアの手のひらで転がされているような予定調和。


「仕事の推移に合わせてふふっ、校舎を支える柱を減らしていったわ。本当なら限界を超える前に仕事が終わるはずだったのだけど」


 ナタリアの声を背中に感じる。

 研究棟の壁にピシピシと大きなヒビ割れが入っていく。


「貴方たちがやって来る少し前の話よ。柱を一本取り除いたら……この建物が一気に崩壊しそうになったから……慌てて補強したわ」


 何もしていないのに壁のヒビ割れは小さな亀裂へと成長してゆく。

 ……ついさっきの出来事なら既に密着ドキュメントを止めているアルトアンジュも気付けない。


「ふふふっダリスが誇った風の神童。一体今、何がこの建物を支えているか分かるかしら」

「……ぶーひぃ?」


 ピキピキと蜘蛛の巣のように亀裂が広がっていく。

 集中すれば微かに聞こえる何かを削るような嫌な音。

 ひんやりとした空気が開け放たれた入り口や戦いによって開けられた大穴から溢れ出る。

 あー……もしかしてこれは……あれかな。


「その音は氷柱を砕く音なのよ。壁の様子を見る限りそろそろ終わりのようね……ふふふ、それとね」

 

 ガラガラと何かが崩れる轟音が鳴り響く。

 どこかの部屋の天井でも崩れ落ちたのか?

 いや、そんなことよりもまずい、もう時間が無さそうだ。 

 どうすれば校舎の崩壊を止められる、いや、そもそもこの校舎の中に何がいる?

 ナタリアの仲間か? そんな奴が学園にいたのか?

 この状況を打開するために思考を加速させるないといけない。


 どこで間違った、全ては順当に行っていたはずだ。

 もっと急いで帰ってくればよかった?

 結界よりも傭兵の確保を優先すべきだった?

 アルトアンジュにもっと早くお願いしていればよかった?

 ロコモコ先生が傭兵に出し抜かれたから?

 そもそもナタリアを帝国に行かせないなんてあり得ない運命だったのか?


 違う。

 反省や後悔することはいつだって出来る。

 考えるべきは、校舎の崩壊を食い止めることだ。


 ……違う、それも無理だ、ムリだ、いんやその手も無理だ。

 時間にして僅か数秒にも満たない中、亀裂は校舎の壁一面に一気に広がり。


「鳥はね、いるのよ―――降りてきなさいッ、ケトラ!」


 そして俺は見た。

 五階建ての研究棟。

 最上階の一室から壁をぶち抜いて姿を現した巨大な怪鳥を。

 キラキラと輝く氷塊が幾つも落ちてくる。

 滑降する巨大な怪鳥の黒い瞳は、囚われた傭兵のみを見据えていた。

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