47豚 帝国は俺に興味津々?
暗い闇夜の下、学園長は雨を一身に受ける傭兵に声を掛けた。
「……ロコモコをどうしたのかのう?」
「私は傭兵。何かを求めるならそれこそ対価を頂かなくては」
アルル先生。
いや、傭兵ナタリアは雨に濡れた茶色の髪を艶やかに掻き上げる。
こんな状況じゃなければ、色気でノックダウンされそうな妖艶な笑みなんだけどなあ……全くもって残念である。
俺は気を取り直して杖を強く握り締めた。
ロコモコ先生が何らかの形でナタリアに出し抜かれたのは間違いないのだ。
「学園長、奴を捕らえましょう。このままだと少しまずいことになるかもしれません」
遠くから数人の生徒が俺たちを見て立ち止まっていたのだ。
ナタリアに人質なんて取られたら面倒なことになる。
俺の意図を理解してくれたのか学園長は校舎の壁にそっと手を当てた。
《生徒の者達よ! モロゾフじゃ! 暫くの間、学園の外れにある研究所近くに立ち寄ることを厳禁とする! 学園に忍び込んだ曲者を捕らえるためじゃ!》
学園長の声が何倍にも増幅され、闇夜を切り裂く大音量が学園に響き渡った。
その声を聞いた生徒達が慌てて逃げていく。
「学園を預かる者のみに使える魔法があると噂で聞いたことがありますわ。何とも便利な魔法ですわねモロゾフ学園長。それに私を捕らえる? 舐められたものね」
ナタリアが杖を振るう。
幾つもの氷塊が空に現れ、俺たちに向かって飛来した。
空に浮く雨あられの鋭利な氷塊を俺は風で向きを逸らす。
そのまま俺たちの後ろ、研究棟の壁へと打ち込まれ大きな穴が次々と生まれていった。その余波を受けてか壁の至る所でピキピキとヒビ割れが生まれる。
牽制なんかじゃない、強い意思が込められた魔法だ。
「……俺が行きます」
「あやつは危険すぎるようじゃ。一瞬の隙で構わんよスロウ君」
学園長の振るう杖によって捕縛用の大きな水球が作り上げられていく。
同時に俺たちとナタリアの空間。
争いの中心地となるべき空間を埋めるように次々と水の兵士が生まれていく。
彼らの手には細い氷剣が握られていた。
俺はぬかるむ地面を踏み抜いてナタリアに近付いていく。
水の兵士達には顔が無かった。
ただ戦うためだけに生み出された水の兵士、そのセンスの無さに溜息を付きたくなる。彼らは不気味な能面を顔に張り付かせたまま横に移動き、俺が進むべき道を開けてくれた。
へえ。
「ぶっひぶっひぶっひ」
明らかな誘い、けれど構わずに進んでいく。
ちょうど学園長と傭兵の中心に辿り着いた時には水の兵士に前後左右を囲まれていた。さらに上を見上げると幾多の氷槍が既に俺をロックオン。
やる気満々のご様子だ。
俺は目をごしごしと擦り、水の兵士たちの向こう側にいるナタリアを見つめた。
「自殺願望でもあるのかい
準備は万端。
ナタリアはしょっぱなから全力で俺を潰すようだった。
「学園長。準備はいいですね?」
「遠慮なくやりたまえ。スロウ君」
アルル先生の姿をしているせいか敵だと言うのに現実味が無い。
全く、どうせなら傭兵本人の姿になればいいのにな。
そうすれば俺もやりやすいってのに。
「
「本当に死にたいようだね! 豚公爵ッ!」
刃となった杖を構え、途端、俺に襲い掛かる水の兵士。
スローモーションのように揺れる視界。
風の刃となった杖でその身体を切り裂いていく。
「―――ッ!」
交わし、躱す、逸らし、兵士の懐に潜り込み数体を纏めて薙ぎ払う。
「動けるじゃない豚公爵ッ」
「これでもダイエットしたんでねッ!」
俺には天才的な身体捌きを武器にクルッシュ魔法学園へと入学を果たした友人がいる。
デッパの動きを毎日見てた俺にとっては水の兵士の実直で真っ直ぐな動きなんて朝飯前に対応出来るんだよッ!
水の兵士は身体が分断されるとそのまま地面の水たまりへと戻っていく。
制服が飛び散る水飛沫によってびしゃびしゃになっていく。
水兵士が数を減らした時。
「
地面の水たまりが氷槍と化し俺の右腕を掠った。
制服が破れ、血が滲む。
痛ェ! ぶひぃ!
だけどこれぐらい水が溜まれば充分だ。
俺は斜め後ろから迫る水兵士の攻撃を紙一重で交わし、しゃがみ込む。
「今よッ! やりなさい!」
傭兵、ナタリア・ウィンドル。
お前を相手に手加減をする気はさらさらないんだ。
「―――精霊よ」
今から行う詠唱はこの場にいる精霊に向けた言葉であり、俺という存在を声に乗せ世界に溶かすためのもの。
残った水の兵士が一斉に襲い掛かり、間髪入れずに空を埋め尽くさんばかりの氷槍が俺に向かって一斉に射出される。
おいおい、俺は詠唱の途中なんだぜ! ちょっとぐらい待つとかその辺のサービスは無いんですかね!
「スロウ君ッ!」
う、うわあああああああああああ!!!!
ぶひぶひぶっひぃぃぃぃぃぃい!!!
もはや今の俺は上下左右前後を敵の魔法に囲まれ退くことも出来ず、もはや逃げ場はどこにもない。
死んじゃうよぉぉぉぉ!!! ぶっひぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!!!!!!
これにて。
哀れ、真っ白豚公爵となった俺は死んでしまうのである。
豚公爵として転生し、真っ黒豚公爵の心と一つになった俺の人生は、黒すぎる過去を見つめ直し、新しい真っ白豚公爵となることを決断した俺の命は終結するのである。
これから始まる戦争も、魔王姉妹の悲しすぎる最後も、狂った三銃士も、悲しい自由連邦の怪盗さんも、誰も助けることが出来ずに俺は死んでしまうのである。
シャーロットもアルトアンジュもビジョンもデッパもアリシアもシューヤも、大勢の人たちを残して俺はお亡くなりになってしまうのである。
俺の命、チーンなのである。
傭兵ナタリア・ウィンドルという強敵を前にして、俺の人生の幕は落ちてしまうので―――。
「我が名はスロウッ風を極めし風の末裔でありッ、
―――んなわけねーだろッ!
まだ俺は何もしていない!
こんな所でやられるわけには、いかないんだよッ!
「我が―――を捧げ、供物となすッ!」
傭兵ナタリア・ウィンドル!
お前の攻撃は分かってたんだよッ!
「水の精霊よ俺に力をッ―――
地面に溜まる水溜りがボコボコと音を鳴らす。
直後、水面は膨大な水流となりて夜空を飲み込まんと盛り上がり、全てを飲み込む水の濁流と化して世界に顕現した。
「なっ何なのよこれはッ!!!」
濁流は水の兵士や氷槍を軽々と飲み込み、怒涛の勢いで直線状にいたナタリアを大地から引き剥がす。
水流に沈む直前に、恐怖の表情で杖を振るうナタリアの姿が見えた。
暴虐の限りを尽くす水の渦巻き。
うーん、ちょっとやりすぎたかもしれない。
どう考えてもオーバーキルってやつだ。
「水の魔法で代表的なのはヒールだけど……水の魔法ってやっぱり単純に強いよなあ」
俺が物思いに耽っていると、ひとしきり暴れ¥満足したのか爆発的に増量した水が元の水溜りへと戻っていく。
そして渦の中からずぶ濡れになったナタリアが姿を現した。
何が起こったのか理解出来ない、そんな表情で俺を見ていた。
「好機。逃しはせんよ」
肩で息をするナタリアは学園長の強力な水球に為すすべも無く吸い込まれた。
抵抗をすることなく水球に身体を囚われていく。
いやあ、何か申し訳なくなってくる。学園長も相当な実力者だからあの水球から逃れるのは無理だろう。
「……チィ……あの王立騎士よりもよっぽど力があるじゃ、ないっ」
水球の上部から頭だけを出された状態で、ナタリアは俺だけを見つめていた。
「……でもこれで目的は達成されたわ。私は貴方の力を知った。
「やはり帝国絡みか……答えよ傭兵、ロコモコをどこにやった。事と次第によっては―――」
「―――ええ学園長ッ……帝国絡みですわ…………ふふっ、ふふふッ!!! ふふふふふっ! 私は傭兵としてのこれまで得た情報とこの力。帝国は私を必要としているッ!!! そしてスロウ・デニングッ! 帝国は
水球の中で杖を堅く握り締めていたナタリアの指が一本一本力を失って外されていく。
水圧が増しているのかナタリアは苦し気だが、それでも俺を見つめる瞳の強さは揺るがない。
「―――私と共に帝国へ行かないかしらッ?」
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