45豚 ホラー映画は遠慮します

 時刻は夕刻を過ぎ、辺りも暗くなってきた。

 ポツポツと小雨が降り始め風も出てきたみたいだな。


「ふむ。まだ問題は無さそうじゃな」


 門を潜り、学園に入ると見慣れた光景が視界に広がった。

 真っ直ぐ続く大通りや両脇に配置されたランプの光が照らす教育棟。

 ちょうど授業が終わった時間帯だったのか校舎から沢山の生徒が出てきている。パラパラと降り始めた雨を気にして、布を頭に被せ走っている様子も見えた。


「さっきでかい鳥を見たんだって! 嘘じゃないって! 暗かったけど俺は本当に見たんだって!」

「お前怖がりだから俺のペットのフクロウ見間違えたんじゃね?」

「そんなわけあるか~!」

 

 のほほんとした光景だが、あのモンスターを呼び寄せる香水が学園に撒かれれば学園の光景は一変してしまうのだ。

 幾ら学園には魔法が使える生徒が多いといえ、実際にモンスターと戦ったことがあるのは貴族生徒の内、半数もいないだろう。アルバイト感覚で冒険者ギルドに登録してる学生はちょこちょこいるらしいけどさ。

 そういえばシューヤとかはこの時点でもう冒険者ギルドに登録してるんだったな。確かD級だったかな。


「あ、モロゾフ学園長! こんばんわ~」

「ふぉっふぉ」


 頻繁に挨拶を受ける学園長。

 やっぱり人徳があるな~生徒からの慕われっぷりがはんぱない。

 だが、その横を歩く俺も負けちゃいないぞ! ぶひ!

 

「あっデニング様! さっき魔法の練習してたんですけど、何か魔法が使えそうな気配を感じたっていうか! ちょっと葉っぱが動いた気がするんですよ!」


 朝、ちょっとだけの時間だけど魔法を教えている平民の皆がやってきた!

 ほらみろほらみろー! 昔の黒い豚公爵とは大違いなのだ! 俺も成長しているのだ!

 でも何か嬉しいな!

 いつのまにか俺も学園の生徒として認められているような!

 黒い豚公爵時代には無かった感覚だ! 


「あほか! あんなのはただの風だよ! そんな簡単に魔法が使えるわけないだろ!」

「嫉妬すんなよ! あれは風の魔法だっただから! 間違いなくウィンド成功したから!」


 話をきくとさっきまで皆は研究棟の傍で練習していたらしい。

 ひぇっ、危ない危ない。

 あの建物の一室には大量の香水があり、傭兵の隠れ家ともなっていた可能性があるのだ。思わずひやりとしてしまった。


「じゃあまた! デニング様!」


 だだだっーと皆は走って去って行く。

 今から夕食を食べに食堂に行くらしい。夕食と聞いてついでに俺も腹もぐうと鳴った。全く……。


「スロウ君、君にはやはり教師の才ががあるのかもしれぬな……。それにしても本物のアルル先生はどこに行ったのじゃろう」

「うーん、本物のアルル先生は無事だとは思います。傭兵がやってるとは思えないきちんとした授業でしたから。定期的に本物のアルル先生に会って授業でやる内容を仕入れないとあのレベルは出来ません」


 アルル先生の件についてはシルバの手紙に書いておいた。

 何だかんだ言って義に熱いあいつのことだ。さっくりと救い出してくれるだろう。


「それよりもロコモコ先生って傭兵とそんなに長時間、話せるような話題があるんですか?」

「あやつに任せた合同演習は綿密な打ち合わせが必要じゃ。生徒の実力や適性を元にチーム編成など、魔法学と魔法演習の先生同士なら一日中打ち合わせが続くこともありえるじゃろう。それにあやつに

「スロウ君。ワシが魔法で傭兵を捕らは高い給料を払っておるからのう。王室騎士ロイヤルナイトに認められた力はこういう時に見せてもらわんとの」


 傭兵は変化に敏感だ。

 もしロコモコ先生がぎこちない演技でもしようものならそれに傭兵が気付いちゃうんじゃないかとちょっと心配である。

 何せロコモコ先生はアニメの中でも大事な時に結構なドジをしてるからなー……。



 そのまま俺たちは教育棟に挟まれた通りを真っ直ぐ歩いていく。

 等間隔で置かれたランプの光が俺たちが進むべき道を照らしてくれる。

 途中で明るくて賑やかな食堂の中の様子を軽く窺った。

 夕食に舌鼓を打っている大勢の学生の姿や入り口近くには俺専用のでかい椅子もある。何かを話し合っているアリシアとシューヤや優雅に給仕をしているビジョンの姿も見えた。

 俺もあの中に溶け込みたい。

 というかご飯を思いっきり腹にかっ込みたい。


「……ぐー」


 ほらほら腹が減った来たぞ。





 俺たちは大聖堂の前の広場を横切り、男子寮を横目に歩き続ける。

 生徒の数が徐々に少なくなると同時に学園の闇を照らすランプの明かりも減ってきた。 

 ぽつぽつとした水滴がざあざあという強い雨に変わりつつある。


「うわー! 風が強くなってきた! 早く食堂に行こうぜ!」


 走りだした生徒の頭を覆っていた黒い布が風に飛ばされ、空に舞って見えなくなった。

 嫌な天気だ。

 もしかすると今夜嵐が来るかもしれない。


「……ぶひぃ」


 モンスターを呼び寄せる香水、俺はアニメでその威力を知っている。

 たった数回振りかけただけ、それだけでモンスターの生息地に向かったシューヤに強力なモンスターが押し寄せた。


「ぶひぃ!」


 まあそんな未来は起こさないけどさ!

 よし! 気分を盛り上げていこう!

 早く香水を確保して、シャーロットのとこに行くぞ! 中々帰ってこなくて心配してるだろうしな!




 打ち捨てられたようにも見える建物。

 俺がいつもランニング場所として使っていた五階建ての研究棟は暗い夜じゃまるで廃墟みたいだ。

 うーこわ。

 何だかお化けでも出そうだな。


「生徒達が家に戻る次の夏休みの間に解体しようと思っておったが……まさかここを傭兵が利用していたとはのう」


 ゆっくりと近づき、俺と学園長は研究棟を見上げる。

 アルトアンジュの話によるとこの四階の廊下奥の部屋に大量の香水があるらしい。

 古びた研究棟、通りから離れた場所にあるため人も滅多に近づかない。

 重々しい入り口を開けると、校舎の中からは冷気にも似た冷たい空気が流れ出て、夏の夜だというのに思わずぶるっと震えてしまった。

 ホラー映画でも撮れそうな雰囲気、さて簡単な光の魔法で明るさを作り出そうと杖に手を伸ばしかけた時。


「爺ッ! 研究棟に入るなッ! 中にでかい鳥が―――」


 ぬ?

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