Ⅱ 風の神童は帰還する

44豚 風の神童は帰還するプロローグ

「―――結界だア?」


 クルッシュ魔法学園の外に広がる森林地帯。

 迷いの森の中に見つかったダンジョンの最深部に眠るダンジョンマスターは静かに目を覚ました。

 しかし、寝起きにも関わらずダンジョンマスターの血圧は急上昇。

 ふざけた報告をかましたオークをぶん殴る左腕に躊躇は無い。


「ぶっひィィィィィィィィィィ!!」


 哀れなオークは堅い土壁にぶち当たり、悲鳴を上げた。

 せめてもの救いはダンジョンマスターが己の必殺である右腕を使わないという冷静さを持っていたぐらいか。

 ふん、とダンジョンマスターはへなへなになって地面に伏せたオークを睨み付ける。

 人間に近いフォルムを持ちながら、決定的にダンジョンマスターをモンスターに位置づける部位。


「おら付いて来い豚野郎! 結界が張られたってことはこのダンジョンの存在が人間にバレちまったってことだろオ!」

「痛いぶひィ痛いぶひィ怪我しちゃったぶひィ!」

「泣き言うな豚野郎! さあもう進化のための殺し合いは終わりだ! 結界を俺様の右腕でボコボコにぶっ壊しッ―――敵地に出るぞッ!」

「ぶひィ!」


 ダンジョンマスターは巨大な単眼を持ったモンスター。

 一つ目の巨人、サイクロプス。

 だが、通常のサイクロプスよりも身体は一回り大きくさらに右腕が異常に太い。

 ダンジョンマスターは右手をギチギチと開いては握り締め、自身の体調が絶好調であることを確認してニヤリと笑った。



   ●   ●   ●



 大陸から離れた海上に位置する無人島。

 嘗て大陸を恐怖のどん底に叩き落とした黒龍セクメトは悠久の眠りについたはずだった。 

 長い長い眠りの時。

 もう自分は死んだものと思っていた。

 しかし、夢の中で自分に向かって微笑む彼女の言葉を聞いた時。

 

《お願いセクメト、あの子に力を貸してあげて》


 黒龍セクメトは、何かに導かれるように目を覚ましたのだ。


「私はエアリス! 北方魔王派の将でありこの地を預かる者よ! 黒龍セクメト、この地から去りなさいッ」

「……」

「もはや言葉も忘れてしまったのね黒龍セクメト! さあ理解したでしょ! 貴方が生きる時代はもう終わったのよッ」


 どうやら自分は眠り過ぎてしまったらく、彼女が愛した皇国はこの世のどこにも無いようだった。

 だが嘗ての皇国に住まう魔王の手下に最低限の報復は行った。

 黒龍は眼下を俯瞰する。

 燃える森林、焼け爛れた大地、崩壊した住居、虫けらのように逃げ惑うモンスターの姿。


「退けッ! 退きなさい皆の者! 黒龍セクメトは既に戦う意思を失っているわ! これ以上の手出しは無用よ!」


 次々と空に現れ、自分に敵意をぶつける飛翔型モンスター。

 しかし彼らは牽制のためか一定以上の距離をとったまま近寄らない。

 そんな様子を見て、黒龍セクメトは思う。

 空は自分の領域であり、風は自分の支配下にある。

 自分が炎を吐けば一目散に逃げていく相手など、戦う価値も無い矮小な存在に違いない。 

 

「国境に集うダリス軍よ! 黒龍セクメトは私達の同胞じゃないわ! よってこの機に乗じ我が預かる領地に侵入すれば魔王への敵対行動とみなすわよ! ああもうこんな時にあの子はどこ行ったのよ! 大事なときにいないんだから!」


 矮小の存在といえばあいつだ。

 黒龍は頭の中に小さな引っ掛かりを感じて、大昔の記憶を手繰り寄せた。

 何度も何度も自分に向かってきた風を操る人間の子供。

 あいつは確かダリスという小国に移住したはずだ。

 ……。


「我が名はエアリス! 北方魔王派の将であり、魔王よりこの地を統べるよう託された者!」


 ……。

 デニング。

 貴様の子孫は生きているのか?

 もし生きていれば―――貴様の子孫は今、何をしている?

  

「再度ダリス軍に告ぐ! 黒龍セクメトは! 私達とは何の関係も無いモンスターよ!」


 黒龍セクメトの向かう場所が今、決まった。

 巨大な翼で風を支配すると、黒龍セクメトは勢いよく大空を駆けた。

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