42豚 ゼロから始める、俺の真っ白豚公爵
獣道を奥へ奥へと学園長と共に進んでいく。 学園に近い場所では俺たちを見つけると逃げていくような臆病なモンスターばかりだったけれど、深い森の奥地へと進みにつれて少しずつ強力なモンスターが襲い掛かってくるようになった。
ぶひぃ……結構歩いたなあ! 黒い豚公爵時代だったら苦労していたに違いないけど今の俺ならこれぐらいへっちゃらだぞ! ぶひぶひぃ!
「スロウ君。あそこじゃ」
「ぶひぃ……」
そして、見つけた。
森の中に一面広けた場所にモンスターが固まって休んでいた。 地面や切り株に腰を下ろして何かを言っているモンスター達の背後に地下へと続くダンジョンの入り口。
穴から這い出てくるモンスター達は皆一様に興奮し、辺りをきょろきょろと伺っていた。
「学園長、結構中を荒らしましたね」
「年甲斐もなく暴れてしまったのう」
俺と学園長は大樹の太い枝の上に陣取り、ダンジョンの入り口やモンスター達の様子を見つめた。
出来るだけ早く結界を張って帰ろうと思ってたけど、あんなに興奮してたら暫く待つ他ないな。
モンスター用の眠り粉で眠らそうにも、まず多少は落ち着かせなからでないと。
出入り口にいるモンスターを倒してもいいが、血の匂いに興奮したり、騒ぎを聞き付けたモンスターが出てきたら厄介だ。
「鎮静剤を水に溶かして風で飛ばします、あいつらが落ち着くまでちょっと時間が掛かりそうですが」
「そうじゃのう、では少し寝かせてもらおうかのう」
学園長はかなり疲れているように思えた。
学園を預かる者としてダンジョンの存在や傭兵の存在、ここ数日は心穏やかな時が無かったに違いない。
モンスター達の息遣いや荒ぶる声が学園長に届かないよう風を操り、俺はじっとダンジョンの様子を観察し続けた。
途中、アルトアンジュからの伝言を風の精霊が伝えてきた。
俺の居場所まで風の精霊がやってくるってことはかなりの数の精霊を動員してそうだ。
さすが大精霊さん、頼りになる。
俺は学園長をそっと起こし、大量の香水が古い研究棟の一室で見つかった事実を伝える。
「スロウ君。君には優秀な仲間がいたのじゃな」
「仲間……まぁそうですねぶひ」
俺にとってはサボりのデブ猫だ。
「―――それでこれからの予定じゃが」
俺は学園長とこれからのことを話し合った。
学園内で香水が大量に見つかった。
もう王室騎士団の到着を待って入られない。
ダンジョンの入り口に結界を張り、学園に戻り香水を確保する。それから傭兵を捕まえ、明日に到着する王室騎士団に引き渡す。
話し合いが終わりに近づいた時、学園長は小さく口笛を鳴らした。
チチチと鳴く小鳥が現れ学園長が二言三言何かを伝えると空に高く飛び上がり学園の方へ飛んで行った。ロコモコ先生にアルル先生と授業の打ち合わせをしてもらって時間を稼いでもらうらしい。
「モンスターが寝静まったら入り口に結界を張りましょう」
落ち着いてきたモンスターやダンジョンの中へと届くよう眠り粉を風に乗せて飛ばした。
風の魔法を使い、風向きを調整する。
モンスター達が眠りに落ちるのにそう時間は掛からないだろう。
木々の上で俺と学園長は遠くの山々に沈みゆく陽を眺めながら、結界を張るタイミングを待った。
明るい夕日が山々に隠れていく。
あの山の向こうをずっと行くと皇国の跡地、モンスターの世界に辿り着く。
俺はあそこにいるだろうピクシーの姿を頭に浮かべた。
今から数か月後。
寒さの厳しい冬に、モンスターの世界は崩壊する。
南方四大同盟が仕掛ける攻撃によって皇国跡地で再び戦争が起こるのだ。
そして残されたガラスの涙を見た時、彼女は決断する。
天涯孤独となった魔王は帝国の先槍として、南方国家と全面戦争を始めてしまう。
「ぜーーっんぶ、知ってんだよね。俺は」
エアリスの悲劇を知った後、魔王は決断する。
皇国跡地を治めていた魔王の唯一の家族。
モンスターを率いる長の中で唯一、人間との和平を積極的に訴えていた魔王のお姉ちゃん。エアリスが南方四大同盟に騙し打ちのような形で殺されたことで魔王は動き出す。
番外編人気お姉ちゃんになってほしいランキング堂々の第一位。
魔王の姉エアリス。
ちなみに二位はシャーロットである。
「あれをあーして……これをあーして……ぶひぶひ……んで、あれをこーするだろ……そこで……」
俺は下に視線を落とす。
一匹、また一匹とゴブリンやオークといったダンジョンの上層に住まうモンスター達が倒れていく。
さてと、そろそろかな。
俺は体重を預けている大樹の太い枝に手を掛け―――。
「―――スロウ君。一ついいかね」
不意に違う枝に座った学園長が俺に向けて語りかけた。
「キミは将来、どうするつもりなのかな」
俺は座り直す。
よく見ればまだ眠りに落ちていないモンスターもいた。
危ない危ない。
それにしても俺の将来か。
大きな目標はシャーロットと共に幸せになることだ。
……。
そして―――。
「スロウ君、君さえ良ければ卒業後もこのまま学園に残る気はないかの? もし君がデニング公爵家に戻る気が無いのなら、ワシは君をこの学園の若き教師として迎え入れたい。何せ君は平民の生徒達に魔法を教えておるようじゃし、それを楽しんでいるようにも思える。学園におるのは優秀な先生ばかりじゃが、今回のような場合に備えて力のある先生の存在が必要じゃと痛感してな」
学園長の言葉を聞きながらオレンジ色に照らされる遠方の山々を見つめた。皇国があった方角を見ると、いつもシャーロットのことを思いだす。
「学園長。俺なんかのことを気に掛けてくれてありがとうございます」
シャーロットは昔から外を眺めることが好きだった。
どこを見ているのと聞けば、秘密ですといつもはぐらかされた。
「俺はずっと酷い生徒でした。悪戯をしたり我儘を言ったり。豚公爵と言われたりデニングの恥と呼ばれ、多くの人に迷惑を掛けました」
だけどある時気付いた。
彼女が見つめる方角は決まって皇国があった方角だった。
「でも、そのお陰で俺は自分の本質に気付くことが出来ました」
風が優しく俺の頬を撫でる。
学園長は俺の言葉を遮ることなく黙って俺の話を聞いてくれていた。
本当に優しくて生徒思いの人だ。
だからこそ俺は貴方にいつまでもクルッシュ魔法学園の学園長として、生徒を見守ってほしい。
「スロウ君。風の神童と呼ばれた称えられる過去と豚公爵と蔑まれた過去を持つキミの本質、興味があるのう。恐らくキミが気付いたその本質が、将来のキミを形作っていくのだろうね。それでスロウ君、キミの本質とは何なのじゃろう?」
モンスターの寝静まる声以外は聞こえない静かな森。
俺は優しく微笑む学園長を見つめた。
「自由でやりたい放題の豚公爵。結局俺はどこまで行っても豚公爵なんですぶひ」
あれあれ?
今ナチュラルにオーク語が俺の耳にも聞こえたぞ。
真剣な場面だってのに俺の身体は……全く。ぶひぶひ。
「俺はこれからも好きなように、自由に生きようと思います。自由だから好きな子には好きだって言いますし、自分の道は自分で決めます」
俺は知っている。
アニメでは物語が進むにつれて、多くの人やモンスターが犠牲になった。
魔王フレンダやエアリスを筆頭に、本当に多くの人が報われないまま死んでいった。
けれどそれはシューヤの覚醒を促したり、国々を一つに纏めたり、モンスターとの共存の道を開いたり、無駄な犠牲だったとは思えない。
「学園長。前々からずっと言いたかった言葉があります」
だけど俺は思うんだ。
俺には知識がある。そして、自惚れかもしれないが力もある。
このまま未来に起こる出来事を前にして見て見ぬ振りなんか出来るわけないよな
けど、未来に干渉するには俺の貴族という肩書きが問題になってくる。
だから、デニングの名前はもういらね。
全てを捨ててゼロから始める。
これは俺の物語、俺の成り上がりだ。
始まりは当然ゼロからだよな。
「俺をクルッシュ魔法学園に入学させてくれて……ありがとうございます」
頭を下げた。
学園長は俺の言葉に何かを感じ取ったのかはっとした顔を見せた。
「スロウ君。キミはまさかっ―――……」
だけどその直後。
学園長は何かに気付いたのか息を吐き、穏やかに微笑んでくれた。
「…………そうか、キミは決断したのじゃな。…………ああ、スロウ君。前にワシが言った言葉を覚えておるかな? ワシは生徒がある日突然成長する瞬間を見ることが何よりも好きでのう。だからこの哀れな老人に教えてくれんかのぉ?」
学園長は好好爺のような笑みを浮かべて言った。
「クルッシュ魔法学園に様々な話題を提供してくれたスロウ君。キミが入学してからは本当に毎日が楽しかったのう。……さてと、最後にキミが成長したきっかけを、そしてこれからの夢を聞くことで今までの授業料ということにするかのう」
俺が成長するきっかけをくれたもの。
頭の中で考えるまでもなく、自然と口が動いた。
「それは多分……」
シャーロット、君を守ると風の大精霊に誓ったあの日。
あの日から、俺の人生が始まった。
あの日から、君を見守り続けた。
あの日から、俺が見る世界に新しい色が追加された。
そして、その色の名前はきっと。
「恋ですかね、しかも初恋ってやつです……そして学園長。俺はちょっくら―――」
誰かを好きになるという気持ちを君と出会うことで教えてもらった。
汚れた服を着て、一人で立っていた君の姿。
絶対に涙を見せないと必死に耐える君の姿。
ぬいぐるみを大切に抱き締める君の姿。
「―――世界でも救ってこようかと思います」
さすがにビックリした様子の学園長を見て、俺は太い枝から飛び降りた。
さあモンスターが静かに寝息を立てている、こっそりと結界を張って学園に帰るとするか。
香水を確保して傭兵を捕まえて、そしてシャーロットに伝えるんだ。
「本当にお世話になりました学園長! 今回の事件が終わったら俺は学園を出ていきます!」
好きと言う感情よりも、もっと前から知っていた真実を。
だって君は
正体を俺にまで隠し続けるのはしんどいだろう?
「やはり面白い! 君はクルッシュ魔法学園が誇る生徒であり、君の成長を間近で見られてよかったと心から思うよスロウ君! 後悔のしない人生を送りなさい! ああデニング公爵にはワシから言っておく! なあに気にするな、バルデロイ君はワシの言葉にはよく耳を貸すからのう!」
そして、その瞬間、俺の物語は始まるんだ。
シャーロット、君は言っていたね。
もう俺がこのクルッシュ魔法学園で学ぶことは無いって。
生意気かもしれないけど俺もそう思う。
だから、俺はこのクルッシュ魔法学園を出ていこうと思ってる。
シルバへの手紙にも書いたけど、案外簡単に世界は救えるのかもしれないと気づいてしまったからな―――。
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