36豚 豚公爵に

「ぶひぶひぃ! 最初からいきなり大きな魔法を使うなんて無理だって! まずは一度でも成功させることが大切なんだ。本当は学園じゃなくて、自分が馴染みのある場所とかが一番いいんだけど……ここは森に囲まれた学園だしなー。水の魔法なら池の近くとか、風の魔法ならなるべく見晴らしのいい場所とか、まずはそういった精霊達が好んでいるような所でやることが大切だって俺は思うんだ」


 アルル先生が傭兵だと確定したのは数日前の話だ。

 あれから俺はすぐに教員棟に行ったけれど、学園長の姿はどこにもなかった。

 他の先生の話によると、ロコモコ先生と二人で学園の外に出掛けてしまったらしい。目的地は誰も聞いていないらしく、帰ってきたら俺が訪ねてきたと伝えてほしい旨を伝えた。学園長ならこれだけで察してくれるだろう。


「デニング様。俺は火の魔法でぶわっーってするやつが絶対に使いたいんです!」

「ぶひぶひぃ! 最初からいきなり大きな魔法を使うなんて無理だって! まずは一度でも成功させることが大切なんだ」


 一人でアルル先生を捕まえちゃっかなーなんて考えたけど、まずはあいつが仕掛けた魔法陣を潰すことが先決だと考えて昼夜を問わず走り回った。

 その甲斐あってか仕掛けられた魔法は全て潰すことが出来たぞ。 


「デニング様。俺は火の魔法が絶対に使いたいんです!」

「俺は風を!」

「私は光魔法! ダリスの住人ですから!」


 それにしても学園を歩いているアルル先生は何度見ても本人その人にしか思えない。しかも目が合うとあちらから喋りかけてきたこともあったのだ。

 幾ら魔道具による変装といっても振る舞いが完璧すぎて俺の方が間違ってるんじゃないかって思ったほどだ。

 すごいな、さすが伝説の傭兵。

 もし俺がアルル先生に化けても食事の量で速攻見破られるに違いない!


「光魔法と闇魔法はちょっと特別なんだ。貴族でも適性がある魔法使いはあんまりいないし、平民で光魔法と闇魔法を使えるなんて滅多にいないよ。自分が使いたい魔法じゃなて、どれに適性があるかを知ることが第一歩なんだ」


 デッパがうんうんと頷いている。

 寝癖がぴょこんと跳ねているけれど、朝早いからなー。

 俺も寝起きのままだし。あーねむ、ぶひぶひ。

 てか学園長だけじゃなくてロコモコ先生もどこに行ったんだ? 魔法演習の授業も休校になっちゃったし。

 これについてはビジョンも悲しんでた。

 びんぼっちゃまの数少ない見せ場だったからな。

 

あいつをびっくりさせてやるぞ! 燃え上がれ発火ー! 燃えてくれ発火ー! 頼むよ発火ー!」

「あれ、そう言えば君どっかの貴族の従者なんだっけ」


 俺の生活は少し変わった。

 朝はいつものようにランニングに精を出し、その終わりに平民生徒の皆に魔法を教えるようになった。

 面白いことに魔法を使いたいと望むのは平民生徒だけじゃなくて、貴族生徒の従者をやっているという平民の少年もいた。何やら主である貴族に魔法を使えるようになった姿を見せてびっくりさせたいらしい。そのために全財産はたいて安物の杖を買ったというのだから驚きだ。

 でも悲しいかな、今のところ魔法が使えるようになった人はいない。

 そんな簡単にはいかないのだ。


「あ、デニング様! はい! おれんとこ代々従者の家系で、物心ついた時から従者としての教育受けてて! 今、こんなご時世ですし、いざという時のためにあいつを守る力が欲しいなって! さあ、発火しろー!」

「あー、お前って従者なのに、すげー貴族の主人と仲良いよな」

「一緒に育ったからさ。でも結婚したら号泣する自信がある。まー、俺はただの平民従者だから、祝福するしかないけどさ」


 何という従者の鏡。

 俺はじーんときたよ。


「ほんとかー? 家族みたいに思ってるとかほんとかー? そこに恋愛感情はないのかー?」

「仲が良いっていってもあいつは俺のことなんか弟みたいにしか思ってねーよ。兄妹みたいなもんだな」


 そう言えば、俺とシャーロットも一緒に育ったといっても過言じゃないな。

 何だかんだ言って小さい頃からこの年までずっと一緒にいる。


「とかいって、いざとなったら式場から攫ったりするんじゃないのかー? 」


 ぶひっ!?

 そうか、そうなる可能性もあるのか。

 ずっと一緒にいるから、家族みたいな感覚になるってほんとか!

 それは困る! すごく困る! 


「そんなことするか! 従者は主人の幸せを一番に考えるんだよ! 相手との関係性によっては俺は従者を辞めて身を引く覚悟もしてる!」

「ぶひっ! 身を引くって一度も気持ちを伝えずに?」

「デニング様! いやまあ、俺はただの平民従者ですから...」


 後悔するぞ!

 黒い豚公爵さんみたいに!

 俺がぶひぶひ言ってると、従者の彼はしんみりとした様子で言う。


「主従は一心同体であるべきで、従者が目指すのは自分の幸せよりも主人の幸せ! それが従者のあるべき姿なんです。まぁ……あいつが俺のこと好きなら……考えなおしますけどねっ!」

「ぶひーぶひぶひぶひぃ!」

「デニング様! 落ち着いてください!」

「ぶひぃ……」


 ……。

 俺は彼の言葉に思うことがあった。

 シャーロットは今の俺をどう思ってるんだろう。

 目の前で精霊に力を貸してもらおうと頑張る彼は先ほどよりも勢いよく杖を振っていた。

 ちょっ! 安物の杖は折れやすいから注意して! って、それ剣だから! 杖じゃなくて、剣の振り方だから!


「うわー! 結婚しないでくれー! 火の精霊よー! 俺に力を貸してくれー!」

「いいぞー! あ! デニング様! 風魔法! 風魔法を見せてください!」


 お、そうだったそうだった!

 俺は杖を握る手に力を籠める。ちょっとした動作で、精霊達が俺の周りに集まってくる。 

 杖を振るう動作は俺にとって精霊にタイミングを教えるぐらいの意味合いだ。


「ウィンド!」


 俺の意思通りに、地面に落ちていた葉や小石が風に乗り空を舞った。


「やっぱすげえ! 風の魔法は優雅だけど一番コントロールが難しいって習いました! よーし、俺も絶対いつか使えるようになってやる!」


 俺の魔法を見て大喜びしている皆の反応を見てたら何だか俺まで嬉しくなってくる。

 昔は小さな魔法でも新しく出来るようになれば飛び上がらんばかりに嬉しかった。

 魔法を使う。 

 俺にとっては当たり前に出来る行為、けれどそれは平民である皆にとっては一生出来なくて当たり前の高等技術。

 久しぶりに夢中になって、俺は皆に魔法についての基礎をを教えた。



 いやーそれにしても主従は一心同体であるべき。

 何て素晴らしい言葉だろう。

 うーん、俺とシャーロットと一心同体になれているだろうか。

 いや、そもそもシャーロットはお姫様だから俺なんかの従者をやっている方がおかしいんだけど。


 俺はシャーロットの素性を知っている。

 彼女が皇国のお姫様であることを知っている。

 この世界でたった一人、その事実を知る人間が俺なのだ。

 ……ぐー。

 腹の音である。


「あ、もう俺行かないと! 食堂が閉まっちゃう!」


 一生懸命教えていると自分で決めた時間を大分オーバーしてしまった。

 やっばいやっばい! 朝食の時間帯が終わっちゃうよ! 空腹にも気付かないぐらい夢中になってしまった!


「デニング様! 自分たちはもう少し練習していきます! ありがとうございます!」

「早く魔法が使えるようになればいいな! ぶひぶひぃ!」


 すると皆の中から、すたすたとあの従者の彼が俺の方に向かってきた。


「あのっデニング様! 俺。従者ですから、他の主従関係って結構気になるんです。それでデニング様とシャーロットさんの関係ってかなり注目度高かったです……生徒でもない俺に魔法を教えてくれるデニング様だからこそ、正直に言います」


 な、何い!

 ていうか、やっぱシャーロットは従者の人達の中では有名みたいだ。

 従者くんはこほんと咳払いをして言った。 


「シャーロットさんは美人で目立ちますから、他の従者の女の子達の中でも浮いてる……って話を前に聞きました。それにあの……デニング様の従者でしたから……あ! 最近はあのアリシア様と仲が良いみたいなんで、もう大丈夫です! それにデニング様も平民の女の子からは結構人気が出てきたらしいですから! ビジョン様が昔の話をよく自慢をしてますから!」


 おうふ! クリティカルヒット! 

 更生したから! 黒いニヒルな彼は更生して爽やかさんになったから!

 ていうかほんとに!? 


「主従関係って喧嘩もしたり、言い合ったりってことがあると思うんです! シャーロットさんは殆ど自己主張しないみたいなんで、ちょっとだけ気になってました! 俺の主は馬鹿だからまだ学園を卒業した後のこととか何も決めてません! だからよく話し合いますし、喧嘩もしょっちゅうします! シャーロットさんはデニング様の従者だからこそ、デニング様の将来のこととか気にされていると思うんです!」

「俺の将来……?」

「シャーロットさんは従者としての悩みを相談出来る人があんまりいないと思うんです! だからもしかして色んなことを一人で溜め込んでいるじゃないかなって!」


 一理ある。

 シャーロットが他の従者の人たちと仲がいいといった話も聞いたことがなかった。

 不安な気持ちや愚痴りたいこと、沢山あるに違いない。


「あ! そろそろ時間がまじでヤバいです! 食堂って時間にまじで厳格なんで! デニング様も急いだ方がいいです!」

「ぶひぃ!?」


 俺は走りながら、何回も何回も彼との会話を思いだす。

 主従は一心同体であるべき、彼の言葉が俺の心に重く響いた。 

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