34豚 皇国の姫は秘密を隠す

「スロウ様は何であの童話に興味を持ったのかな……」


 ベッドに寝転がり枕に顔をうずめた。

 アリシア様があの童話を知っていたのはスロウ様が夢中で読みふけっていた姿を見たからだという。スロウ様がどうしてあの童話に興味を持ったのか私はとても気になってしまった。


「言えないよう……。ずっと昔の話だし……何であの童話に興味を持ったんですかなんて……うーん、もしかしてスロウ様は実は私の正体を知ってていて、だから、あの本に興味を持ったんだったり」


 小さい頃の話だから深い意味は無くて、ただ本当に何となく興味を持っただけかもしれない。

 だからスロウ様が来たときにそれとなく聞いて安心しようと思っていたはずなのに、どんどん痩せて活発になっていくスロウ様を前にして聞くことを何故か躊躇ってしまった。


「そんなまさかね……だってあんなに昔のこと。私ももう記憶がおぼろげになっているぐらいだし……」


 今のスロウ様は学園を歩けば、たまに見かけるぐらいのおでぶさんぐらいになっている。痩せ薬をゲットしてからは痩せるスピードがさらに上がったような。

 特に今日なんて、あれ? 昨日よりちょっぴり痩せた? って思ってしまったぐらいだ。

 何だか別人のように変わっていくスロウ様を前にして、私は勇気を出すことが出来なかった。


「でも本当にいいのかな、このままで……」


 今の生活は安らぎに包まれている。

 今日はずっと遠くからこっそりと様子を見ていたアリシア様と喋ることもできた。

 スロウ様とアリシア様。

 昔からよくケンカをしていて、けれどとってもお似合いで婚約者フィアンセっていいなあと羨ましく感じたのも数知れない。

 そんな二人のことを考えたら、胸がちくりと痛んだけど、私は従者。

 スロウ様の従者。

 誰が何と言おうと、私は従者。

 これ以上の幸せを望もうなんて、おこがましいだろう。


「スロウ様に助けてもらってから何度も秘密を打ち合けようって思ったことがあるけどやっぱり無理! ……ムリムリムリの無理だよー! 頭可笑しいって思われちゃうかもしれないし……捨てられたらどこにも行き場が無いもん!」


 暫くバタバタと足を動かして、疲れてきたから枕に顔を埋めた。

 いつもはクールな従者でいることに全力を使っているけれど、この部屋は私だけの場所。素の私を出せることが出来る唯一の場所なのだ。


「うーん、うーん。……でも、今更になって実は私、皇国のお姫様プリンセスでしたなんて言うの可笑しいもん。絶対に変な子だって思われるもん」


 風の神童と呼ばれていたスロウ様。

 けれど、ちょっとずつ変になっていった不思議な人。太ったり、怠けたり、食べ過ぎたり、嫌味を言ったり、おやつを食べつくしたり。

 でも私にだけは変わらずに優しかった。

 理由が分からなかったけど、スロウ様のことだから何か考えがあるに違いないと思っていた。

 そんなスロウ様は何かすごい夢を見て、心を入れ替えたらしい。

 面と向かってそう告げられた時、とても嬉しかった同時に何故か寂しさも感じてしまった。


 ダイエットに励んでいるスロウ様は今、学園に忍び込んでいる危険な人を探しているらしい。それもあのモロゾフ学園長から頼まれたらしいのだ。

 すごい。

 その話を聞いた時、スロウ様はやっぱりすごい人なんだと思った。

 そんなスロウ様だから、もしかして私の正体を知っていたりするのかな?

 考えれば考える程、色んなことが頭に浮かぶ。

 小さい頃、よく考えていた一つの疑問もそのうちの一つだ。


「スロウ様はどうして私なんかを従者にしたんだろう……」


 私はデニング公爵家の従者として相応しくないのは誰の目にも明らかだった。

 理由は簡単。魔法が全然使えないからだ。

 それだけでデニング公爵家に仕える従者としては失格なのである。

 デニングの歴史は戦いの連続であり、教育の基本方針はザ・実戦、いざ実践で徹底的に叩き込まれる。

 私も従者として小さい頃からサバイバルとか色んなことをやらされて、魔法が使えない半人前従者の私がよくあの過酷な日々を乗り越えたと思うくらい大変なものだった。

 今では良い思い出だけど、毒入りの野生植物を覚えるために無理やり食べさせられたこともあったりしてあの時は本当にデニング家やばすぎるって思ってしまった。

 そんなデニング公爵家に生まれついた人達は魔法がある程度使えるようになったら戦場に行ってより自分を鍛え上げる。

 だからデニング公爵家の人でこの学園に通っているのはスロウ様だけなのだ。 


 私は幸せだ。 

 だからこそ、考えてしまう。

 このまま今の生活がずっと続くのかなって。

 スロウ様がかつての輝きを取り戻したら、きっとこの学園をすぐに辞めさせられて、戦場に連れて行かされるに違いない。

 そんな時にスロウ様の従者である私は戦場までは着いて行けないから、デニング公爵家の従者としては失格と言われているのだ。



 龍の花嫁を久しぶりに童話を読み直した。

 黒龍セクメトに連れていかれた、モンスターと気持ちを通わせるお姫様。

 私はまだその力が目覚めていないけど、皇国の姫としてこの世に生を生まれた以上、いつか目覚める可能性がある。

 帝国はモンスターと心通わせることが出来るかもしれない私を探している。

 何かの拍子でもし私の存在が帝国にばれてしまったらダリスにもデニング家にも大変な迷惑を掛けてしまうに違いない。

 そんな私だから、一つだけ心に堅く決めていることがあった。


「私を助けてくれたスロウ様に迷惑だけは掛けたくないから」


 もしかしたら、あの童話のように。

 とっても強い黒龍が私をどこかに連れていってくれたほうが皆、幸せなるのかもしれないな、なんてことを。


「……ぐぅぐぅ」


 最近、私は考えてしまうのだ。



   ●   ●   ●



《スロウとシャーロット。ずうっと二人を見てきたから分かることがあるにゃあ》


 風の大精霊アルトアンジュは一人ベッドの上で物思いにふけっていたらしいシャーロットの様子を見つめていた。

 幾らスロウのことを気に入っていても、シャーロットのそれとは比べものにならない。


 だから、シャーロットが何を考えているかなんて推測を決してスロウに伝えない。

 人の思いを悠久の時を生きる自分が伝えるなんておこがましい。


 そして、風の大精霊アルトアンジュは徐々に気付きつつあった。


 スロウとシャーロット。

 これはきっと、二人の物語だ。


《龍の花嫁。始まりはお互いに好意を持つ貴族の男の子と皇国の姫の語らいから始まるにゃあ。けれど貴族の男の子は黒龍セクメトにお姫様を取られてしまうんだにゃあ。黒龍セクメトの力は貴族の男の子よりもずっとずっと強かったからにゃあ。それから貴族の男の子は強くなったけれど、黒龍セクメトからお姫様を取り返すぐらいにまではなれなかったにゃあ》


 十年以上も前からひっそりと始まっていた物語。

 

 ダリスで最も名を馳せる大貴族。

 優秀な軍人を次々と輩出し、広大な領土を持つデニング公爵家三男、スロウ・デニング。


《スロウ。お前がシャーロットの正体を知っているという事実。ずうっと胸の内に隠してきた秘密をシャーロットに伝えたその瞬間》


 大人気アニメ「シューヤ・マリオネット」。 

 裏設定で明らかになった、豚公爵と平民従者シャーロットに纏わる様々な事実。

 アニメ視聴者は皆待ちわびた。

 裏設定を知った人達は、誰もがこちらを本当の主人公にしてアニメを作り直せと声を大にして叫んだ。


 誰にも知られることなく、ただ一人で帝国に立ち向かっていた男の子。

 最後まで平民従者と偽り続けた皇国のお姫様を、影から守り続けた嫌われ豚公爵。

 二人を取り巻く恋物語の幕が上がる瞬間は確実に近づいていた。

 

《お前の物語はきっと、そこから始まるんだと思うにゃあ》

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