33豚 傭兵は銅貨を賭ける

 深い森の中で傭兵は一枚の手紙を読んでいた。

 辺りには闇が深まり、すぐ先に何も見えないような暗く湿った森だ。

 手紙を読みふける傭兵の周りには、彼女を襲い返り討ちになったモンスターの死体で溢れていた。


「―――学園へよく顔を出している商人達の噂話ぃ!? だったらそれを調べるのがあんたらの仕事だろうよ! ったく、あいつらはただ聞いた情報を左の耳から右の耳へと伝えることしか出来ないのかい!」


 今、傭兵が破り捨てた手紙はヨーレムの町に潜む傭兵団の頭目から送られてきたものだった。手紙には雑多な文字でクルッシュ魔法学園の周りに広がる森について商人達が話していたらしい噂話の内容がそのまま書かれていた。


「それにしても森の雰囲気が可笑しいねえ。それでこの学園が混乱してくれるならそれ以上のことはないんだけどさ」


 傭兵はいつも一人で仕事をこなすことを信条としていた。

 だが今回の仕事は違う。 

 一時的とはいえ力を合わせている者達がいた。


「元々期待してなかったけど、あいつらはやっぱり頭がぼろっぼろだね……」


 ヨーレムの町に隠れ潜んでいる傭兵団。

 北方で猛威を振るう岩石巨人族、堅い身体を持つモンスターの一族を壊滅させた巨体豪傑ジャイアントマン率いる金剛傭兵団。

 自分に仕事を持ってきた男はどうしてもクルッシュ魔法学園に通う生徒達の情報が欲しいということで、前金として渡された金も破格だった。

 そして絶対に成功させてほしいということで、金剛傭兵団と組むように言われた。


「ダリスも平和ぼけしたもんさ。あの金剛傭兵団がヨーレムの町に潜んでいるってのに気付く様子もないんだからさ」 


 傭兵の役割はクルッシュ魔法学園への侵入と生徒名簿の回収、そしてダリスの未来を背負う生徒達の情報。

 金剛傭兵団の仕事は彼女の手足となり、依頼主と落ち合う場所まで確実に彼女を護衛することだった。


「傭兵としての仕事もそろそろ潮時だねえ。これ以上名前を広め過ぎたら帝国に消されちまうよ……っ! また!?」


 突如、闇の中から子鬼達を中心としたモンスターが現れ、傭兵はわずらわしげに杖を振るった。

 突如頭上から降ってきた氷塊に潰れた子鬼達は哀れな断末魔を上げ、力の差を感じ取ったモンスター達は再び闇の中へと隠れていく。 


「っチ。確かに巨体豪傑ジャイアントマンの云う通り、森の中に可笑しな雰囲気が充満してるねえ……」


 幼少の頃から魔道具の力を借り、一人で生きてきた。

 裏の世界で一人きり、頼る味方も存在せず、傭兵はただ己のみを信じて生きてきた。

 長年磨き上げられた勘が言っている。

 何かが可笑しい、早々に仕事を切り上げるべきだと。


「何だかんだ言ってヨーレムの町にあの金剛傭兵団がいるってのは心強いもんだ。さあ巨体豪傑ジャイアントマン、逃げ道はしっかりと用意してもらうよ」


 傭兵は自分の様子を見て急降下してきた鳥の足に手紙を括りつけ、星空輝く夜空へと再び鳥を飛ばした。

 仕事を依頼してきた男と落ち合う場所はダリスと帝国の国境沿い。

 あのデニング公爵が指揮を執っていダリス軍と帝国軍が睨み合っている最前線。

 最初は何故そんな危険な場所を指定するのかと訝ったものだが……。


「場所が意味することは一つ。ダリスを裏切り、帝国につけと。そう言っているだろうねえ」

 

 傭兵は覚悟を決めて、黒々とした空に消えていく鳥を見つめた。


「……さようならダリス。私の故郷。でも、恨むのはお門違いさ。次期女王、恥ずかしがりで人見知りのカリーナ姫に女王の器はこれっぽちも無い。胸が大きくてジロジロ見られるのが嫌だから舞踏会や公の場に出たくないって、他国では豚公爵に並ぶ評判さ。……さぁケトラ、おいで」


 暗く湿った夜の森。

 クルッシュ魔法学園から遠く離れた闇の中に、巨大な怪鳥が降り立った。

 

「この国にはこれからを担う若者がいない。だからこそ、帝国の次なる標的はこのダリス」


 ダリスが誇る教育機関。

 才があれば平民でさえも入学が許される画期的な魔法学園。

 未来を担うべき若者の中に、目覚ましい存在は見当たらなかった。

 ……いや。

 ……国を背負べきカリスマはいなかったけれど、一際目立つ生徒は代わりにいたか。

 

「この戦乱の時代。クルッシュ魔法学園で今、一番注目されていることが何か知ってるかい? ケトラ」


 傭兵は黒々とした怪鳥の頬を優しく撫でた。 

 翼を広げれば若木の高さ程もあるかもしれない大きな鳥で、人一人なら容易く背中に乗せられそうだ。


「デニング公爵家の笑いもの。あの豚公爵スロウ・デニングが更生するかしないかに莫大な金が動いている」


 怪鳥は笑っているかのように静かに鳴いた。

 傭兵は翼はポンポンと叩き、その背中に飛び乗り怪鳥の声に応えた。


「……え? ああ、私も賭けてみたよ。傭兵であるこの身でもね、少しはダリスに愛着を持っているのさ。……そうさ、デニング公爵家の墜ちた三男坊や。豚公爵スロウ・デニングが更生するに銅貨一枚。それが私の出来る精一杯の愛国心」


 そして、自分の最後の仕事はスロウ・デニング、奴の実力を確かめること。

 今日見た限りでは軽々しく風を操り、騎士の真似事をしている貴族生徒をあしらっていた。

 ええと、スロウ・デニングが相手にしていた貴族生徒の名前は確かビジョン・グレイトロード。

 宮中で問題となっているあのグレイトロード子爵の一人息子。


「問題児同士、何か惹かれ合うものでもあったのかねえ」

  

 怪鳥が翼をはためかせ、ふわりと浮かび上がる。

 傭兵はゆっくりと目を閉じた。

 目的であるスロウ・デニングの実力は未だ未知数であるが、生徒の次元を超えているのは明らかだ。

 最後に奴の力を正確に把握してこの仕事を終わらせたい。

 仕事を持ってきた男の背後にいるのはドストル帝国に違いなく、ならばスロウ・デニングの情報は良い手土産となるだろう。


「帝国と墜ちた風の神童スロウ・デニングといえば……あの噂は一体何だったんだろうね」


 伝説の傭兵とされる彼女だが、実際に傭兵として働き始めたのはそれ程昔の話ではない。家に代々伝わっていた魔道具の力を使い、駆け出しの傭兵として働き始めたのは十数年近く前に遡る。

 そんな彼女が一人前になったころ、とある薄汚れた酒場で興味深い噂を聞いたことがあった。 

 ダリスに生まれた全属性エレメンタルマスター

 風の神童と呼ばれた男の子に対し帝国が暗殺者を差し向けたという根も葉もない噂。


「帝国の要人を幾人も暗殺した実績を持つ傭兵。音無き弾丸ノーサウンドが―――」


 信じるものなど誰もいない、笑い話として酒の肴にもならないような与太話。

 彼女もその内の一人だった。


「―――当時五歳の風の神童と一人の平民によって返り討ちにあったってねえ」

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