31豚 傭兵は敵? それとも味方?

 ふわりと長い髪が揺れ、特徴的な匂いが辺りに香る。

 えーと……そうだ。

 この匂いはバラキクの葉の香りだ。

 確かアルル先生の出身地で作られる香水だったかな。


「アルル先生? どうしてここに?」


 アルル先生は魔法が余り上手じゃない。

 だから魔法研究アカデミーで魔法の起源を探る研究者として働いていたってアニメでは言っていた。

 実際に六大魔法の中で唯一、適性がある火の魔法を使おうとして何度も制御に失敗してたしな。


「今、新しい研究テーマとして平民と精霊の関係について調べようと考えていまして。実際に平民の方々が参加する魔法演習の授業を見てみようと思ったんですよ」


 にっこりと俺に微笑みかけ、アルル先生は演習場の隅で固まっている平民生徒達を見ながら続けた。


「第二学年になっても彼らは魔法演習の授業を取っているんですね、驚きました


 授業は基本的に同学年の生徒が集められ行われる。

 だからこの魔法演習の授業も第二学年の生徒が中心だった。

 それにしても貴族であるアルル先生が平民の生徒に注目するなんてな。アニメではそんな素振り無かったけど。


「平民と精霊の関係と言えば、魔法に目覚める確率が低いので魔法関係の授業を取る必要が無いって言ってる先生も結構いますよね。アルル先生もやっぱりそう思われてるんですか?」

「そうですね……確かにそういった意見が先生方の中で多いことは確かですね。ですが平民が優れた魔法を扱った例もありますし、彼らにも大きな可能性があると思ってますよ。だから道を閉ざすべきではないと私は考えています」

「俺も同じ意見です。友達も平民ですが土魔法を使えるようになりましたし」

「ああ、一年生で土魔法を使えるようになった生徒の方ですね。ええと、名前は確か……クッッパ?」

「デッパです。クッッパだと、凶悪なモンスターになっちゃいますよ先生」


 俺は内心驚いていた。

 アルル先生が魔法を使えるようになったばかりのクッッパの存在を知っている?

 クルッシュ魔法学園に入学してまだ数か月、その期間で簡単な土魔法に目覚めた平民生徒。確かに平民生徒の間ではあいつが魔法使えるようになったって話題になってるみたいだけどまさかアルル先生にまでその情報が届いていたとは。

 あ、違う、デッパだ。


 ……俺はアルル先生を見つめる。

 目が合うと、ニッコリと笑いかけられた。

 屈託のない笑みが似合う思慮に長けた魔法学の先生。

 優しい大人の女性を絵に描いたような人だと思う。


「ぶひ?」


 だが、俺は気付いた。

 アルル先生の身体に纏わりつくよう近付く精霊達を見て大きな違和感を感じる。

 先生の周りを飛び回っている精霊の数を見ていると、アルル先生には魔法にかなりの適性があり、さらにその精霊の種類が可笑しかった。

 本来のアルル先生の素質とはかけ離れているのだ。


「アルル先生は火の魔法が一番得意なんですよね」

「はい、そうですよ。不思議ですね、私はそれ程熱い血を持ってはいないと思うんですけどね」


 火の魔法が一番得意だというアルル先生に纏わりついているのは水の精霊だった。さらには珍しい闇の精霊も現れる始末。

 火の魔法が一番得意だというくせにこれは可笑しいぞ。

 勿論、先生が自分の属性を見誤っている可能性があるけれど、アルル先生は魔法学の専門家だ。

 そんなことって普通あるか?


 俺はじーっと先生を見つめる。

 うーん、でも外見も振る舞いも完璧にアルル先生だ。

 どっからどう見ても先生だ。

 それに魔法を発動させようとあたふたしているすみっこの生徒達を優しく見つめているアルル先生の姿。

 とてもじゃないが中身が凄腕の傭兵には思えない。


「そうですね。どちらかというと先生は……―――」


 アニメでは大勢の傭兵たちが帝国に恭順した。

 帝国に与するならば誰であろうと容赦はしないと思ってたけど……。


「―――水の精霊に好まれそうな気がします」


 最近、俺はちょっと思っていたことがあるのだ。

 確かにアニメでは敵となった奴等も大勢いたけど、まだ俺もシューヤも魔法学園第二学年のただの生徒。戦争とは何の関係もないし、だからこそ今の段階で色々知ってる俺がぶひぶひって動いたら未来って大きく変わるんじゃないかって。


 例えば学園に忍び込んだ傭兵だってそうだ。

 今の時点でもう帝国に魂を売り払ったわけじゃないからさ。


「水の魔法……? どうしてデニングさんは私が水の魔法に好まれると思ったんですか?」


 帝国や魔王と南方四大同盟の国々が激しく激突するのはまだまだ先の話だから未来変えちゃおうかな、なんて。

 ……。

 ……うん、ありだな。

 俺って強いし、沢山アニメ知識持ってるし。ぶひぶひ。


「えーと、水の精霊は優しき血を好むと言われてますし、アルル先生みたいに平民の生徒であっても魔法を教える価値があると断言する先生は滅多にいません」


 しかしアルル先生の中身が実はあの伝説の傭兵かもしれない

 実際にこの目でその可能性がある人を見てその凄さを実感する。

 なるほどなー。

 これはちょっと詐欺だわ。外見からじゃどうやったって見抜けないわ。

 あの帝国がとんでもないお金で雇ったわけだ。


「もしかしたら精霊が自分に力を貸してくれるかもしれない。魔法が使えるようになれば平民である彼の未来は大きく変わります。たった少しの可能性であっても全力で挑む彼らの気持ち、今の俺にはよく分かるような気がします」


 驚いている様子の先生と視線が絡み合う。

 バラキクの香りを吸い込みながら、俺は真っ直ぐに先生を見つめた。


「……そうですか」


 鋭く、俺の内側を掘り起こそうとする大人の目が俺を探っている。

 俺はそんな先生の目に覚えがあった。

 これは探ろうとしている目だ。

 豚公爵になった時、その原因を探ろうと大勢の大人たちがしていた目だ。


「あら、すみません。研究者の性でつい知りたくなっちゃうんですよね。どうしてデニングさんがそんなに平民の方々の肩を持つのか―――」

「―――スロウ様ー。剣持ってきましたー」

 

 ぬ? ああ、あれはビジョンの声だ。

 剣を持ってこちらに向かってくる姿がアルル先生の後ろに見えた。

 どうやらロコモコ先生から許可が下り、寮まで取りに行っていたみたいだ。


「お友達が帰ってきたようですね、それでは私はこの辺で失礼します。デニングさん、面白い意見をありがとうございます」


 演習場の隅に固まっている平民生徒。

 彼らの方へと歩くアルル先生と入れ替わりでビジョンが俺が剣を向ける。

 額にへばり付いた金色の前髪、かなり急いで取りに帰ったみたいだった。


「あれー? スロウ様ー? どうしてニヤニヤしてるんですかー?」

「ぶひぃ!?」

 

 は、はあ!? いきなり現れてうるさいぞビジョン! 傭兵がまだあそこにいるんだから、変なこというな!

 いや、違う! まだ傭兵だと決まったわけじゃないけどさ! じゃなくて変幻自在さんかもしれないから! バレチャウカラ!

 速攻で見つけたかもしれないのがバレちゃうから!

 

「ぶひッ、ぶひッ、ぶひッッ」

「スロウ様ー、笑いが抑え切れてませんけどー、どうしたんですかー?」


 だからやめろって! 

 アルル先生が不思議な顔してこっち見てるだろ! 

 次、喋ったら魔法ぶっ放すからな!!!


「スロウ様ー、何で笑っ」

「風よ、竜巻となりて彼のものを巻き上げろッ! 竜巻風ハリケーンッ!!!」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああ」

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