30豚 傭兵の魔方陣を弄くってみました

 何十頭もの馬たちが自由に走り回るのどかな光景。

 デブッチョだった黒い豚公爵時代の俺にはあまり馴染みがない場所だ。

 何故なら一回馬に乗ろうとしたことがあったのだけれど、馬が潰れかけたのでそれから自重しているのだ。

 うーむ。

 走り回る馬を見てその背に乗ってみたい衝動に駆られたけど、もうちょっと体重を減らしてから乗ることにしよう。

 

「ぶひぃ、ぶひぃひぅ」


 牧草地帯の中心部に平屋の馬小屋が連続して幾つも建てられている。

 俺は精霊の案内に従い、いそいそと馬小屋の後ろに周り込んだ。


「ここ?」


 精霊が示すとおりに背丈の低い草を掻き分けると、地面に刻まれ巧妙に隠された魔法陣が目に入った。

 地面に刻まれた水色の魔法陣。中心には……へー、これは。


水人形ウォータードールの魔法陣。それも発現と同時に周りに襲い掛かるよう闇の魔法が込められてる。……やっぱあの傭兵がこの学園に隠れているのは確定ってことか」


 ご丁寧に幾つも並んで建てられた馬小屋のそば。

 発動すれば生きるもの全てに襲いかかる水人形ウォータードール

 

「馬に襲い掛からせ、少しでも追っ手の追跡を遅らせようって魂胆か? この分だと寮の近くにも幾つか仕掛けてそうだな」


 この魔法が生徒やメイド達の住居近くで発現すればパニック間違いなし。

 水人形ウォータードール自体は魔法が使えればそれほど脅威になる相手じゃないけど、この学園には戦いに向かない人達が大勢いる。

 それに一見すると水場に住まうモンスター、アクアスライムに似せて作られる水人形ウォータードールが突然現れ生徒を襲いだしたら、学園中を巻き込んだ大騒動になってしまうだろうな。

 俺は魔法陣に手をかざして構成を弄りながら傭兵の魔法を弄くっていく。


「わお。水人形ウォータードールがやられたら近くのやつと合体するようになっているのか。ここまでの構成となると夜遠しの作業だろうなー」


 さすが最後まで誰にも倒されなかった傭兵さん。

 的確に嫌なことをしてくるね。


「でも残念! この魔法、利用させてもらうぶひよ!」


 魔法陣に翳した手から魔力を送り込む。

 ぼわんと淡い青色の光が浮かび上がり、爆発しそうになる魔法陣を上から強引に抑え込む。俺が術者だと魔法陣に誤解させ、精密に刻まれた魔法陣を内側からゆっくりと変化させていく。

 バチバチと魔法陣が弾け、鳥肌が立った。

 高い次元での魔法制御。

 失敗すれば大きなクレーターが出来るかも。


「ぐッ……中々にやるじゃんか。だけど俺には全ての魔法に干渉出来る力があるんだよッ」


 所有権が傭兵から俺に移り変わるその刹那を見逃さない。

 俺は一気に力を込めた。


「守りし壁となれ水人形ウォータードール。水と光の鎧を纏いてこの学園を守る水騎士ウォルトナイトとなれッ! ぶっひぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


 バチンと光が爆ぜ、魔法陣が一際強く光り輝く。


全属性エレメンタルマスターとしての力をチートだなんて言わせないぞ。お前も闇の魔道具がある分、やりたい放題やってるんだしな……ぶひぃ、いい仕事したっと。……お?」


 俺は額に浮かんだ汗を拭う。

 いつの間にか沢山のお馬さんたちが俺の周りにやってきて魔法陣を覗き込んでいた。

 大きな黒い瞳で、作り替えられた魔法陣と俺を交互に見ている。

 そして新しく作り出した魔法陣から何かを感じ取ったのか、俺の頬にぐりぐりと頭を擦り付けてきた。


「ひひーん?」

「もう大丈夫さ。怖い魔法はいざという時にお前らを守ってくれるから」

「ひっひーん!」


 その後、俺はしゃがみ込んで辺りを探索した。

 草を掻き分け、地面を穴があくぐらい見つめる。

 だけど魔法陣以外に何か傭兵に繋がるような痕跡は見当たらなかった。


「まぁこれを作ってから時間が立ってるみたいだし仕方ない。さーてぶひぃっと、魔法演習の授業に向かうぞー、華麗なる美技を見せつけちゃうぞー」


 大きく身体を伸ばし牧草地帯の出口を見つめた。

 そして、結構な距離をがあることを確認する。


 ……。

 よし、走るか。ダッシュしちゃうか。

 

「ぶっひぶっひぶっひぶっひ。ぶひい?」

 

 沢山の馬達が走りだした俺の近くに寄ってきた。

 いや遊んでるわけじゃないから! 走ってるだけだから! ダイエットだから! ダイエットだからお前たちの背中に乗るつもりはないから!


「ぶぶぶぶぶ」

 

 ひひーんと叫ぶお馬さん達と共に出口に向けてダッシュしていると。


「ひひひひーん! ひひひひーん!」


 茶色や黒色の馬の中から一頭の白馬が俺に近付いてきた。

 ダッシュしている俺の横に、体温を感じる程にぴったりと寄り添ってくる。毛並みが良くて一際身体が大きい、そんな白馬がやってくると他の馬達が距離を開けていく。誇り高そうな白馬は背中に乗ってもいいんだぞというように俺の目をチラチラと見ていた。


「お前がここのリーダーか!? 悪いけど背中に乗る気はないんだよ! ダイエットだからな! 

「ひひひひーん!」

「何だよ俺と競争する気かっ!? 負けないぞッ!」

「ひひひひーん! ひひひひーんっ!」

「てか変な鳴き声だなお前! ひひひひーんなんて言ってたら女の子にモテないぞッ!」


 さぁお馬さん達どけどけー! 

 危険な魔法を解除した太っちょ魔法使いのお通りだぞー! 


「ひひひひーんッ」

「ぶっひ、ぶひひひーんっ!!!」



   ●   ●   ●



 ロコモコ先生から今日の課題を言い渡された。

 二人一組で組み、それぞれが得意な魔法を打ち合う。

 今回は指定された簡単な魔法ではなく、それぞれが好き勝手していいぞとのことだった。

 制限無しということで、広い演習場に集まった生徒達の間では歓声が上がった。

 そこらかしこで熱い火の玉が浮いていたり、冷たい氷の槍が出来たり、土で作られたゴーレムやつむじ風が巻き起こっている。

 

「二人一組ですかぶひぃ」


 そんな恐ろしい言葉と聞いても、白い豚公爵となった俺はもう動揺なんてしないのだ! 慌ててぶひぶひ言いながら周りを見渡していた過去の俺はもういない! いないのだ!

 

「スロウ様ー。何で僕から距離を取るんですかー。魔法を打ち合うにしては離れすぎな気がしますー」


 いやあ、この演習場では色々あったことを思いだすよなあ。

 なあ? モンスターを呼び寄せる香水を飲んじまったのは世界広しと言えど俺ぐらいじゃないか? ん?  


「お前は暴走したって前科があるからなビジョンー。保険だよー、保険ー」

「魔法の制御って本当に難しいんですよー? 誰だって失敗はしますー。スロウ様が可笑しいだけですよー」


 俺は演習場にいる生徒達を見渡す。

 火の玉を作り出したり、氷の槍を作り出したり、けれど皆魔法の制御に四苦八苦しているところは変わりない。

 本格的に危なくなったらロコモコ先生が気絶させたり、魔法を使って生徒を守っていた。

 

「あのスロウ様ー。ちょっと剣使ってもいいですかー?」

「剣ー?」

「最近ー、ロコモコ先生に学園の外に連れていってもらってるんですよー。森のモンスター相手に鍛えられているんですけど雑魚ばっかりなんですー。一回剣を使って本気で戦ってみたいなーって。スロウ様なら本気で戦っても問題ないですよねー」


 ああ、そうか。

 ビジョン、お前。ロコモコ先生から鍛えられてるんだっけか。   

 というか完全にシューヤから主人公ポジ取ったなお前。


 確かに学園の外の森にはそんな強いモンスターがいないしなー。

 年に一回、軍が探索して強いモンスターを倒したり、新しいダンジョンが出来ていないかチェックしているもんなー。

 森の滅茶苦茶深いとこにいけば強いモンスターもいるだろうけど、そんな奴ら程頭がいいので学園の近くには滅多にやってこない。

 今の時期だとオークとかゴブリンとか、確かに魔法がそこそこ使えるビジョンなら雑魚と評しても可笑しくない。


「俺は構わないぞー、元、王室騎士ロイヤルナイト仕込みの剣はちょっと興味があるしなー」

「じゃあ、先生に聞いてきますー! オッケーならそのまま取ってきますー!」


 制御に失敗して降りかかる魔法を躱しながら、ビジョンは遠くに見えるロコモコ先生のところに向かっていった。

 俺は一人で手持無沙汰になりながら他の生徒達を見る。

 特に演習場の隅のほうに固まっている平民生徒達が気になった。


 彼らは数人で固まって何やら念じてみたり、杖を滅茶苦茶に振ったり、様々なことを試しているが魔法の発現すら起こらない様子。

 だがこればっかりは仕方ない。

 洗練された血を持たない平民は精霊に気に入られるように努力を続けるしかないのだ。


「あら、デニングさん。お一人ですか?」

「え?」


 落ち着いた女性の声が耳に入る。

 振り返ると、黒いローブを着た女性がそこにいた。

 眼鏡を掛け、サラサラの茶髪は腰まで伸ばし、落ち着いた物腰の女性が魔法が飛び交う演習場に立っていた。


「……先生がどうしてここに?」

 

 魔法研究アカデミー出身。

 このクルッシュ魔法学園では魔法についての簡単な講義を担当しているアルル先生は、にっこりとした笑顔のまま俺を見つめていた。

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