26豚 開幕戦は静かに行こうぜ!

 シューヤの声に俺は立ち止まった。


「……隠れ潜む百戦錬磨の鬼……学園内で大きな魔力の放出を何度か感じたことがある……用心を忘れるな、って水晶が言っている……えっ!? 用心っ? なんのことだ? 」


 ベッドの前に置かれた低い机。

 その上に置かれた透明な水晶玉にシューヤが両手をかざしている。

 というか学園長だけじゃなく、水晶さんも学園に潜む傭兵に気付いていたのか。

 ……。

 ……。

 おい、アルトアンジュ……。

 俺は頭の中で今頃はシャーロットの部屋でだらだらしているだろう風の大精霊さんを思い出していた。

 何であいつは大きな魔力放出ってのに気付いてないんだよ……。


「ん……鬼だって? それに魔力の放出ってどういうことだ? むむむ…………水晶が俺は関わらないほうがいいって言っている……」


 それにしても大きな魔力の放出ときたかー。

 歴戦の傭兵、変幻自在ノーフェイスさんは既に万全の状態のようだ。

 請け負った仕事は必ず達成するが、その素顔素性を知る者は誰一人としていない名ばかりの傭兵。

 奴の凄腕たる所以は、不測な事態が起きたとしても絶対に捕まらない信頼性。

 誰が奴に仕事を依頼したか何て情報は徹底して表に出ることはない。雇い主にとってこれ程安心安全な傭兵はいないだろう。

 まず接触することが最も難しいとされ、仕事を依頼するのに多額の金を必要とする。雇い主はもっぱら大貴族か大商人、さらには国も関わってくる程だ。今まで変幻自在の口を割らせた者は存在せず、一時的に拘束した者さえ見当たらない。

 そのため情報が残らず、本当に存在しているのかも定かでない。

 だが、俺は知っている。

 変幻自在は実在し、彼女が傭兵という危険な仕事を続けているその目的も。


「おい豚公爵! 隠れんぼってどういうことだ!? 百連戦魔の鬼って何だ!」


 アニメでは結局、最後まで変幻自在を捕えることはできなかった。

 奴はどのような不測の事態があっても確実に逃げられるよう、魔法を用いた仕掛けを幾重にも施し依頼に臨む。思い切りの良さ、巧みな逃走術、確かな実力、非道な手段を取ることも厭わない強固な精神。

 この機会を逃がせばあいつはまた姿を変え、何をしでかすか分からない。

 アニメであった一大イベント。

 学園を戦場に変えた生徒の誘拐事件を思いだす。

 この学園には大切な人たちが数多くいる。

 例え学園内に幾重もの魔法を仕掛けていようとも、全てを蹴散らしお前の元に辿り着いてみせる。

 お前らの好きなようにはさせないよ。


 俺が覚悟を決めていると、興奮したシューヤの顔が突然視界に割って入った。


「なあ! 学園に隠れ潜む鬼って何だ!? もしかして帝国のスパイとかが潜入してるのか!?」

「ぶひぁ!? はあぁぁ!!? ちょっと待てよシューヤ!」

 

 ちょっと待てぃ!

 学園に隠れ潜む鬼から、帝国のスパイは飛躍しすぎだろ!

 どんだけだよ! その通りかも知れないけどさ! いやうん多分そうだよ! でもそんな確信つくなよ! お前は百発百中の予想師かよ!

 ……。

 シューヤは異常な勘の良さ。

 だからこその熱血占師ファイアーデヴァイナー。 

 俺はそんなシューヤを見つめ、しどろもどろになってしまうのだった。


「ななななに言ってんだよ、そんなことあるわけないだろろろ」 


 今、この学園には変幻自在とまとまに戦える人は限りなく少ない。

 最高学年である第三学年の人たちの中にはすぐにでも軍で活躍出来る人たちもいるようだけど手段を選ばない歴戦の傭兵となると分が悪すぎる。

 アニメ版主人公だったシューヤも、今はビジョンと同程度の力ぐらいだろう。

 他の先生方も実戦を退いている高齢の方やガチガチの教育者、研究目的の片手間に先生をしている人が多い。

 だから現役バリバリであった元王立騎士のロコモコ先生がここにやってきたのは驚くべきことなのだ。

 

 けれど、あの傭兵が相手ではロコモコ先生でも引き分けに持ち込むのが精一杯だろう。というか先生、アニメではどじって取り逃がしていたしな。

 

 そうなると、うーん。

 学園長が一人であいつに立ち向かっていた理由がよく分かる。

 俺が唸っちゃう程に変幻自在ノーフェイスという傭兵は強いのだ

 

「鬼って何だよ!? 何か嫌な予感がするぞ! 俺の予感って結構当たるんだよ!」

「だから隠れんぼうだって言っただろシューヤ。それ以上でもそれ以下でも無い。気になるなら水晶に聞いてみたらどうだ? 実際は本当に大したことない話だけどさ」


 水晶さんが事実をシューヤに伝えるなら俺も構わないんだけどなー。

 なんせ俺は経験豊富で老練な水晶さんには全幅の信頼を置いている。

 水晶の中に潜んでいる火の大精霊さんは慎重だし経験もあるし、何といっても武闘派だし。

 だから頑張れよシューヤ。

 お前が持っているそれは、本来は個人が持っていていいようなものじゃないんぞ。

 とんでもないものなんだぞ! それを占いに使うってすげえよお前は!


「おい! かくれんぼってどういうことだよこら!」


 シューヤは水晶に必死に話しかけていた。

 はたからみれば、とんでもなくヤバイ奴に見えて思わず笑いそうになる。

 ぶひぶひ。


「……え? 俺にはまだ早いって水晶が言っている!? いやいや何でだよ! はああ!? ちょっとワケが分からないんですけど!」


 どうやら俺が入る余地が無さそうだ。

 静かにシューヤの部屋を出ると、大勢の野次馬が腰を抜かしていた。こっそりと耳を立てていたようだ。「豚公爵が出てきたぞ! 皆退け退けー!」「あれ可笑しいな、声聞こえなかったよな?」「二階は壁薄いからなー」「何の話してたんだ?」「豚公爵が出てきたら中から話し声が聞こえるようになったぞ! 一人だってのにあいつやっぱるやばい奴だ」 


 悪いけど声が漏れないように細工をさせてもらってましたぶひぃ! でもこれ皆の安全のためだから! 

 今ちょっと大変だから! 傭兵探すのに忙しいから! どけどけー! 

 あ! シューヤに金払うの忘れてた! でも今度払うから! ちゃんと払うから! そういうとこ俺しっかりしてるから! 

 ほんとだから! ぶひぶひぃ!



   ●   ●   ●



 自室の窓を開け、夜の涼しい空気を取り入れる。

 

 窓の外には暗い闇に包まれたクルッシュ魔法学園が見える。

 遅い時間でも剣技の練習をしている生徒もいれば、グラウンドの向こうの側にある女子寮の入り口付近で誰かを待っている男子生徒の姿も見えた。学園を巡回している先生や馬を引いて歩いている御者の人たちもよく分かる。

 

 この学園で生活しているのは貴族や平民生徒達だけじゃない。

 日常生活を助けてくれる従者やメイド。先生方や大量の食料を調理する料理人や商売人だって大勢いる。それに荷馬車や馬車を引く馬や手紙を運んでくれる鳥だって沢山いるのだ。

 他国からやってくる留学生もいるし、守ると誓った君もいる。


「物騒な傭兵さんには退場してもうらぜ」


 傭兵が盗み出した生徒名簿によってこの学園が将来、戦場になる可能性が高い。

 その事実を知っているのはこの世界でたった一人、漂白された真っ白豚公爵である俺しかいないのだ。

  

「ぶひぃ、っと」


 右手を窓の外に差し出した。

 ひんやりとした外気が肌をくすぐる。


風刃ウィンドカッター……ッ!」


 風の刃が俺の手首に赤い線を作り出す。

 滴り落ちる血が空気に溶け、ぼんやりとした光が幾つも目の前に集まってきた。 

 精霊は洗練された血を好むとされているが、そんな彼らにとって俺の血以上に美味いものはないらしい。

 そんな事実は俺にとってのトップシークレットの一つ。

 頃合いを見計らい窓の外に集った精霊たちに声を掛ける。


「闇魔法の痕跡……いや、これじゃあ伝わらないか。そうだな……皆が嫌な気持ちがしたり、近寄りたくない、怖い、そんな場所を見つけたら俺に教えてくれ」


 傭兵は闇の大精霊の力が込められた魔道具の力を借り姿を変えている。

 そして、仕掛けを施す際には闇と水を融合させたオリジナル魔法を利用することが多い。何らかのアクションによって発現する大きな魔法には必ず痕跡が残るし、闇の魔法が混ぜられたものは特に精霊が嫌うので分かりやすいのだ。

 俺は男子寮四階の室内から学園の常闇を指し示す。


「さあて伝説の傭兵さん、お前の失態はただ一つ。この学園にはダリス最高の役者が先客として潜んでいたってことだ。太っちょ先輩に挨拶もしなかったお前には、高い高い授業料を払ってもらうぞッ!」


 戦の狼煙を鳴らすのは俺だ。

 お前を捕まえるのも、この俺だッ!


「先手は見えない形で打たせてもらうッ! さあ、化かし合いの時間だぜ! ぶひぃぃぃぃっー!!」


 楽団の指揮者のように振るわれる俺の手元から、無数の精霊達がクルッシュ魔法学園に散っていった。

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