25豚 シューヤの気まぐれ占いコーナー
『~シューちゃんの気まぐれ占い屋~』
部屋の入り口にデカデカと貼られた紙を見て、俺は苦笑いしながらドアの前にどんと立つ。「豚公爵だ……占いに来たのかな」「あれ豚公爵? 見ないうちに大分痩せてないか?」「占いってことはまたアイツの奇声を聞かされるのかよ……」 たわまぬ運動と痩せ薬のお陰です! ダイエットに挑戦したい人は俺の部屋に集まってくれていいんだよ!? というか痩せ薬、副作用とかないよね? 効果がすごすぎてちょっと心配なんだけど...まあいいや。今は痩せ薬の話は置いておこう。
シューヤの占いで傭兵をあぶり出すのだ。
意を決して、チリンチリンと入り口に掛けられた鈴を鳴らす。
寝るには随分と早い時間帯だからまだ起きているだろう。
「……はいはーい。今開けまーす、占いですかー?」
中から声が聞こえ、ドアが勢いよく開いた。そして地味な寝巻きを羽織ったシューヤの姿。
「……げ」
目が合った直後、バタンと大きな音を立ててドアが閉められる。
はあ!? たまらず俺はドアをコンコン! いや、ドンドン!
アニメでは視聴者から「正直過ぎ」「人を信じすぎ」「水晶さんの操り人形」とか言われていたけれど、俺は熱血なシューヤが成長していく物語は嫌いじゃなかった。けれど、今の反応は少し傷つくぞ! おいシューヤ! 出て来い! 今ならまだ怒らないから!
「あー……」
ゆっくりと扉が開き、僅かな隙間からシューヤが俺を覗き見る。廊下の方では俺たちの様子を見ようと野次馬が続々と集まっていた。見世物じゃないぞ! 皆の安全を守るためだぞ! そーら散れぃ! ぶひぃ!
「……でぇ、でぇニングサン? オレの部屋に、ナンの御用でしょうか?」
ガチガチに固まったシューヤの声。そしてその不自然な喋り方を聞いて、シューヤの気持ちを何となく理解した。そりゃあ、突然俺が来たらびびるよな。
「占ってほしいんだ」
「……え? 占いデス、か?」
シューヤは呆気に取られているようだったが。
「金ははずむ」
「イラッシャイマセ、ウラナイマス。……どーぞどーぞ、お入りください。ささっ、こちらへ」
お金の力ってすごい、そう思わずにはいられなかった。
● ● ●
「で、でぇにングサン。な、何について占えばよろしいデしょうか」
シューヤは机を隅にどかし、座布団を三枚床に引いていった。真ん中に水晶を置き、それを挟んで俺たちは座っている。部屋のランプが消され、暗闇で淡く光る水晶の存在感が増していた。窓から入り込む風が天井から吊らされている幾つもの球体を揺らしている。シューヤが占い屋の雰囲気を出そう頑張った結果、この摩訶不思議な空間が出来上がった。座布団はあれだけど、雰囲気は結構出ている。
だけど占いの前にシューヤの変な喋り方を何とかしたい。
気になって仕方が無いぞそれ。でぇにングさんって何だよ!
「……豚公爵でいいよ、そっちのほうが呼びやすいだろ? 別に気にしないからさ」
重々しい空気の中、シューヤはぷはぁと息を吐いた。
「……ふ、っふー! だ、だよな! お前は豚公爵だよな! 前のイメージが強すぎて、でぇにングなんて言えないや! で、豚公爵! オレに何を占って欲しいんだ?」
調子を取り戻したのか自暴自棄になったのかシューヤは勢いよく喋り始めた。
さて水晶に何て聞こう。傭兵は誰に化けた、とはさすがに言えない。シューヤに凄腕の傭兵が学園に潜んでいると知られて何かの行動を起こされたらたまらないからな。
アニメ版主人公だし、とんでもないことを起こしてくれそうだ。
……よし、決めた。
「この学園で今、かくれんぼをしている奴について占って欲しい」
きょとんとしてシューヤは俺を見つめた。
「……何だそれ? まぁ金を払ってくれるならいいけどさ……」
そして真っ暗い部屋の中、シューヤはべたに水晶に両手をかざす。
……あ。そうか、あれが生で見れるのか。思い出したと同時に俺はワクワクを隠せない。アニメでは「あの声まじでやめろ」「声優の本気」「ある種の到達点」などと題された占いが見られるのだ!
シューヤは息を一気に吸い込み、甲高い声で叫んだ。
「…………う、うわあああァァァァァァァあああ!! ァァァァァアアァァ!!! 降りてきたァァァァァァ!! 神様が降りてきたああァァァああああああ! あばあひゃあひゃああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
「おい! てめえいつもうるせーぞ!!!!奇声発してんじゃねえよ!!! 壁ドン!!!」
「ああああァァァァァァあぁぁ! ああァァァァアアアああ! 視えたああァァァァァァあああああ!!! ああァァァァああああああ!! あァひゃあああァァァァァあああ」
「……!!」
ぶふぉ。危ない、少しだけ笑いそうになった。
しかし隣の部屋からメチャクチャ壁ドンされてたな……。
俺はそのパフォーマンスが何ら意味の無いものって知ってるからな。シューヤは占いで沢山お金をくれそうなお客さんほどそれっぽい演出をしてくれるのだ。
「……
……。
いや、分かってる。ただシューヤは本当に水晶から聞こえる声を伝えているだけだ。
「大丈夫だよ、俺が豚被ってたのは事実だし」
「…………」
そんな俺を見て、シューヤは我慢出来ないといった様子で喋りだした。
「……な、なあ! 占いの途中だけどさ、お前……何で変わったの? 前はこう……違ったじゃん! もっと尖ってたというかさ! 誰かれ構わず絡んでいったり、先生にしょうもない悪戯してたじゃん! 一年の頃から上級生もびびる悪童だったじゃん! お前と仲が良いって嘘ついて、上級生のかつあげが止まったって喜ぶ一年もいるぐらいだったじゃん! そんぐらいお前、やばかったじゃん!」
心の中に溜まっていたものを一気に吐き出すかのような勢いだ。
てか、やっぱりしょうもない悪戯って思われてたのか。確かにその通りだけど……ぐさっとくるな。
「最近豚公爵が変わったとか、ダイエットに成功しつつあるって噂も聞くし、オレもそう思う! あ、あれ! 大食い大会の後ヒール掛けてくれたのお前だろ!? ありがとう! ほんとにしんどかったから、滅茶苦茶助かったんだっ!」
今まで抱えて来たモヤモヤを俺にぶつけているようにも見えた。
「なあ教えてくれよ豚公爵! お前に何があったんだ!? 皆、好き勝手な噂流してるぞ! 一番すごかったのは豚公爵は後二段階進化を残してるって噂だ! もっとヤバイ姿になって帰ってくるって震えてる奴らもいるぞっ!」
思わず笑いそうになった。何だよ俺はモンスターかよ。まったく、皆好き勝手なことを言ってるみたいだな。
シューヤは机越しに身体を寄せて、真剣に俺を見ている。何かを推し量るような目つきだった。暗い室内でも光を失わないその瞳は、俺を心配し気遣っているるようにも思えた。
「そうだな……」
少しだけ分かった気がする。
だからお前が主人公だったんだな。
愚直なまでの真っ直ぐさ、俺みたいなやつを大丈夫かと心配する心の優しさ。
認めるよ、やっぱりお前にはそれだけの器があったみたいだ。
「ある日、長い夢を見たんだシューヤ。本当に長い夢だ…………その夢を見た後、俺は色んなものが欲しくなった。一生を共にする相手、何でも話せる友達、沢山の人から認められたいとも思った……そこから先は、もう変わらずにはいられなかった。なぁシューヤ……俺たち、男の子だ。大事なもののために、変わらずにはいられない瞬間ってあるだろ?」
幻想的で静かな室内に俺の言葉だけが響き渡る。
シューヤは俺の言葉の意味を汲み取ろうとしていた。そのまま暫く悩んだり、うーんと唸ったり腕を組んでみたり、最後には何か自分の中で納得が出来たのか、目をキラキラとさせて俺を見た。
「…………ああ。……ああ、確かに!! はははっ確かにっ! わかる! 分かるぞ豚公爵! お前が今言ったその気持ち! すごい分かる! オレもそうだったからさ! 変わらずにはいられない瞬間ってあるよな!」
シューヤはブンブンと頭を振って頷き、身を乗り出して俺に語りかけてくる。快活に笑い、嫌がらせをしてきた俺に次々と話しかけてきてくれる。
アニメでは何度も何度も騙されながら、お人よしを貫いたアニメ版主人公。だから俺は嫌いになれなかった。アニメの豚公爵が最後の方には裏で助けていたらしいのもきっと今、俺が思っている理由と同じだろう。
「前から不思議に思ってたんだけどさ豚公爵。何で、オレにばっか絡んできたんだ!? 全方位に絡んでたお前だけど、オレに対しては5割ましぐらいだった気がするぞ!」
まじで友達に向けるかのようなフランクさになったな!
少し前には俺を見て扉を閉めた人間とは思えないぞ! 全部俺が悪いんだけどさ! ぶひゃあ! すみません!
「お前が羨ましかったんだよ」
「へえ! やっぱりオレってお前から見ても目立ってるわけ!?」
大きく頷くと、シューヤは嬉しそうににんまりとした。
「あ、そういえば豚公爵。お前ってアリシアの元婚約者だろ!? あいつにオレの扱いを何とかするよう言ってくれよ! 花瓶を壊したのはオレが悪いけど、あいつの横暴にはもう限界なんだ!」
占いのことなど忘れてしまったのか、シューヤは日頃溜まっているらしいアリシアへの不満を俺に語り始めた。
● ● ●
結局、占いの収穫は無しか。
俺はシューヤにそろそろ眠くなってきたことを告げ、立ち上がろうとしたら。
「あ、豚公爵。ちょっと待って、水晶が何か言って―――ぇ」
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