24豚 風の大精霊=ただのデブ猫
アニメ知識とは素晴らしいものだなあ。
本当に感謝しているので、俺は心の中で頭を下げた。
「頂きますっ!」
「頑張って作りました!」
顔の無い女、少しでも闇の世界を知るものなら彼の者を
性別は不明、アニメでは幾度も主人公達の前に立ちふさがり特にアリシアに執着していた。いつのまにかアニメから消えたと思ったら、裏でこっそり豚公爵に倒されていたらしい。
基本的に女に成り代わるが、男に化ける場合もある。だが、それは女で潜入出来ない場合のみ。学園に潜っているなら、男に化ける必要性は一切無い。
ゆえに女、それも生徒では無く先生だろうな。
あいつの性格的にも間違いない。
「スロウ様、どうですか? スープが特に自信作です。料理長に分けて頂いた香辛料をちょっぴり入れて、少し辛めです……スロウ様、難しい顔されてます。何か悩みごとでもあるんですか?」
万が一のことを考えてアルトアンジュにはシャーロットの傍にいてもらうとするか。さらに傭兵が逃げた場合を考えてヨーレムの町にある奴のアジトを断つ必要があるな。
うーん、そうなると俺以外にもう一人実力者が必要だ。
って、あ。
テーブルを挟んで対面に座るシャーロットが俺を心配そうに見つめていた。
「あっ、ごめん。少し考え事をしていたんだ……うん美味しいよ。特にこの魚とあの包んだやつとこれも絶品だ。作りたてってのはやっぱりいいよな、本当に美味しいよぶひぃ!」
テーブルには暖かな湯気を立て、食欲をそそる料理の数々が並んでいる。
今はネズミのことは置いとこう。
俺にとって、今この一時が一番大切なものだしな。
俺はガツガツトすごい勢いでシャーロットが作ってくれた料理を平らげていく。
「これもうまいっ! それも美味しそう! やっぱり全部上手いッ! シャーロットいつの間に料理がこんなに上手になったの!?」
「スロウ様っ、ペースが早いです。もっとゆっくり食べないと。ゆっくり食べたほうが満腹感が出て、食べ過ぎないって言います!」
「シャーロットの分も食べる気満々だぞ、俺は」
「わ、わあ。じゃあ私も食べないとスロウ様に取られてしまいますね!」
そう言って、慌てて食べ始めるシャーロット。
俺も負けじと食事を口に運んでいくぞ!
そんな俺達をうるさそうに見つめているのはベッドの上で寝転がっている風の大精霊さんだ。
ん?
アルトアンジュが勝手に枕にしている古ぼけたぬいぐるみ。
シャーロットがまだ持っていたことに驚きながらも、昔を思い出して一人ほっこりする。あのぬいぐるみのお陰で俺はシャーロットと仲良くなれたんだ。
というかアルトアンジュ、俺たちの思い出を枕にするなよ全く。
「……」
視線を感じて前を向くと、シャーロットが俺を見ていた。目が合い、シャーロットは慌てて視線を下げる。
……ぶひ? ぶひぶひ?
俺は椅子に座るシャーロットの後ろに置かれた棚。その中で一際目立っている高価そうな瓶に目が留まった。
そんな俺の視線に気づいたのか。
「……スロウ様、何を見てるんですか? あ……あれはえっと、髪の毛の艶を出すためのものらしいです。アリシア様から美容液のお礼って頂いたんです。私達は美容仲間だって」
結構な値段がしそうだなー。
美容系の商品は値が張るからな……。全くアリシアはどれだけ美容にお金を使っているんだか。
「そういえば昔のシャーロットは髪長かったよな。どうして切っちゃったんだ?」
綺麗な髪色をしていて、うちに来てから暫くしてメイドが驚いていたのを思い出す。
「手入れが大変ですし……それに私は従者です。学園の中でそこまで気を使う必要は―――」
「―――見たい」
「……え」
シャーロットは食事の手を止めた。
俺も自分のど直球な本心が思わず口から出て、そんな自分に驚いてしまった。
「あ、いや。昔みたいに髪を伸ばしたシャーロットが見たいなって思ったんだ」
そう言えば俺も少し髪が伸びたかもしれない。
注意して見れば、前髪が視界に入っている。
前髪をさわりさわりして気恥ずかしさを誤魔化してみた。
「え、え、え。……ほんとですか?」
「うん、アリシア程身嗜みに気を使うのはいきすぎだと思うけど、ちょっとお洒落をしてるシャーロットが見たい。だってここは学園だ。誰の目も気にすることは無いはず……って、何だか我侭言ってるみたいになっちゃったな」
シャーロットは手元の食器に視線を落としてしまった。
う、ちょっと勝手なこと言い過ぎたかもしれない。
「スロウ様が我侭になりました……。でもあの、その……はい」
シャーロットの言葉に何故か恥ずかしくなり、俺たちはその後暫く無言で食事をしたのだった。
● ● ●
「本当に美味しかったよ。じゃあ、また明日」
「はい。おやすみなさい、スロウ様」
従者女子寮の寮監に退出の確認をしてもらい、俺は寮の裏側に素早く回りった。暗がりに隠れるようにして、ふわふわと浮いている太った大精霊さんに話しかける。部屋にいる時にベッドの上でうつらうつらしていた大精霊さんに目配せをしておいたのだ。
「アルトアンジュ、この学園に凄腕の傭兵が潜んでる」
「シャーロットに強い害意を持つ存在はいないにゃあ。心配する必要は無いと思うにゃあ」
ふよふよと浮きながら、アルトアンジュが応える。
風の大精霊さんとはシャーロットと同じくらい長い付き合いになる。だからこいつがシャーロット以外の人間には大して興味を持っていないことなんて十分に知っていた。
ちなみに俺は信用に値するという評価をもらっているぞ?
国レベルで信仰されている有難い大精霊の一体だけど、俺はその実態を知っている分信仰が薄いのだ。
だってただの魔法が使える猫だぜこいつ。
いや、まじで。
「万が一を考えてシャーロットの傍を離れないでくれよアルトアンジュ」
「言われなくても分かってるにゃああ」
「何が言われてなくてもだ。前に一度、狩猟の本能を思い出したとか言ってネズミ探しに夢中になった前科があるだろ」
「あれは活きのいい獲物だったにゃあ…風の魔法で驚かしてやるの楽しかったにゃ」
風の大精霊さんは精霊だ。
普通の人には見えない神秘の生物であり、こうして会話も出来る俺が異常なのである。まあ主人公補正ってやつだ。
さすがにシャーロットの前でアルトアンジュと会話をする訳にはいかないからな。頭が可笑しいと思われてしまう。
「……少しは運動しろよ。それ以上太ったらシャーロットから嫌われるぞ……見えてないけどさ」
シャーロットには万全の安全対策を敷いて、俺は学園に忍び込んだネズミをゆっくりと捕まえる。
風の大精霊さんはそんな俺の気苦労も知らず、シャーロットの傍にいられることが嬉しいのかゴロゴロと唸っていた。
「スロウ、傭兵探し頑張るにゃあ。だからシャーロットのことはドンと任せるにゃあ」
そう言って、ふよふよと風に浮かびながら従者女子寮の入り口に戻っていった。
「自由な豚猫め、たまにあいつが羨ましくなるぞ……。さてと俺も帰ろうかな」
今後の方針を考えながら、暗い学園内をゆっくりと歩く。
もっと傭兵を見つけ出す良いアイデアは無いかな。俺は頭を働かせる。
「……あっ、そうだ」
そして妙案を思いついた。
「シューヤに占ってもらえばいいじゃん!」
何ていい考えだ!
考えと同時に、俺は男子寮に向かって走り出す!
闇の中から突然にゅっと現れる俺を見て、学園の生徒達が叫び声を上げて腰を抜かしていった。
「ぶひぶひぶひぃ!」
「ひぇ! 何か出たぁ!!」
ごめん! でも緊急事態だから!
学園にネズミが入っちゃって大変だから! ほんとに緊急事態だから! 許しておくれ!
さあ、待ってろよシューヤ!! お代は弾むぞ!!!
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