23豚 伝説の傭兵、さてその正体は?
視界を埋め尽くすは彩り豊かな植物の姿。
広い一室を埋め尽くさんばかりの多彩な緑と差し込む光、その幻想的な光景に俺は一瞬圧倒された。そう言えばビジョンなんかは学園長の部屋は植物園でしたとか言ってたな。
強力な魔法の使い手である学園長、水の精霊が好む大規模な空間を作りだし、長年の付き合いによって精霊との間に強固な関係を築いているらしい。
ん? 当然、アニメから得た情報だ。
「やあ、スロウ君」
緑の中からひょいと学園長が姿を表した。
灰色のローブに身をやつし、もじゃもじゃで顔の下半分を覆い隠しそうな白髭と長い白髪。
「……近くで見れば、少し前の君とは似ても似つかないのう。暗く、顔の下に何かを隠していた君は、明るく前を向いて、真っ直ぐにワシを見ておる。長年、学園で生きてきたワシじゃが、生徒がある日突然変わる瞬間が何よりも好きでのう。往々にして好いた相手に思いを伝えることで一皮むけたり、自分の弱さを認めることでより自分自身を好きになる。君の場合は、特にユニークじゃの」
そう言って学園長はモノクルの眼鏡をくいっと上げた。
「良ければ君が変わった
俺は話した。
公爵家のしがらみを捨て、自由に生きたい。
そして、好きな人に気持ちを伝えたいと思っていること。
「ほぅほぅ」
学園長は白くてもじゃもじゃした髭を触りながら、俺の話をずっと聞いてくれた。
ぐえー、話せば話すほど恥ずかしくなってきたぞ。
一人で意固地になって駄々をこねる子供だ俺は。さらにそんな子供が強大な力を持っていたのがたちが悪い。どうして今までの俺は誰にも心の内を打ち明けなかったのだろう。影で皆を守る自分に酔っていたのかもしれないな。
本当に、俺のどこが神童なんだか。
「デニング公爵家はダリスの国防を担う心臓部。公爵家に生まれし者たちは誇りを胸にダリスを守り、自分の思いを胸にしまう。だが、スロウ君。君は命の理由を別の場所に求めたのじゃな。そこまで正直に語ってくれるとは思わなかった」
巨大なガラス窓から入る光がポカポカと俺の身体を暖めていく。
話し出せば不思議と言葉が止まらなかった。もしや学園長の人徳だろうか? とっても聞き上手な人だ。
「……何だか心がスッキリしました」
「これでもワシは学園長だからのう。生徒に道を示すのの話を聞くのも仕事、いや……趣味みたいなものじゃな。それに君のことはバルデロイ君からよ~く聞いているよ。……ふはっ、驚いたようじゃな、彼はワシの教え子じゃよ」
父上も学園に通っていたと言っていたし、学園長は生涯を学園で過ごしている。二人に関係があっても可笑しくないか。
「何かあれば君の手助けをし、道を示して欲しいとな。バルデロイ君は誰よりも近くで君を見続けたようじゃからのう。今でもあの夢の日々を追いかけている節がある、だがそれは……君にとっては途方も無い重圧じゃったようじゃのう」
途方も無い重圧。
掛けられる期待、重み、確かにそうかもしれない。言葉にされると自分の心がまるで溶かされていくようにも感じられた。
「今更少しずつ更生していくのも浸透していくに時間が掛かるじゃろうし、君もそれは不本意じゃろう。ここはドバっといこうかの? ふははっ、ドバっといこうスロウ君。図ったわけでもないのじゃが、君にとって最高の舞台が今まさにこの学園に用意されておる」
モノクル眼鏡の奥の目が怪しく光る。
悪戯小僧のような茶目っ気を持っている人だ。
……それにしてもドバッとな。
いいね、こういうのは勢いが大事ってのは同感だ。
「ドバっと……行きたいですね。ぶひィ」
「ふははっ、君は何やら随分とユニークになったようだのう。……うむ、ドバっとにかけて一気にいこうの。さて、君には学園に隠れ潜むネズミを見つけてほしいんじゃ」
「ネズミですか?」
「そうじゃネズミじゃ。実在するかも怪しい名前だけが広まる静かな傭兵、
学園長は何のことはないように言うが、俺は唖然とした。
……嘘だろ。この学園にあいつがいるってことか? アニメでもあいつが関わるのはもっと先の筈だ。
「あ奴の目的も分かっておる。生徒名簿と生徒の情報じゃろう。悔しいことに名簿はあ奴の手に渡ってしまった。恐らく闇に関わる者たちに売り払うつもりじゃろうな」
生徒名簿と情報?
それが何なのかと思い、ハッとした。
アニメであった学園生徒の誘拐事件、あれは確か裕福かつ魔法の能力が低い生徒を中心に捕らえられていたはずだ。どこかに連れていく最中にアニメ版主人公のシューヤが解決したが。
そうか、この時期に生徒の情報を手に入れてたのか。
「
確かにあの誘拐犯達はやけに学園の生徒について詳しかった。小遣い稼ぎにやってるシューヤの占いまで知ったぐらいだしな。
だけど、一応戸惑っている振りをしておこう。
「……その情報は信頼出来るのでしょうか?」
「信頼出来る情報源じゃ。本来ならロコモコのような経験ある者に任せたいが、あ奴はあ奴で繊細な仕事には向かん。ワシは君が最も適任だと考えておる」
「……俺が?」
信頼出来る情報源……もしかして、帝国のあいつかな。
アニメでは主人公と共に帝国を打ち倒す帝国の王子。
あいつには男装してる女の子説とか実はポンコツ説とか色々疑惑があって……まさかあいつ、こんな早い時期から活動していたのか?
本当ならすごいな、ポンコツ説を撤回してもいいぐらいだ。
「長年の豚被りで心と力を隠してきた君と
姿を自在に変えられる不思議な
全く何だよそのチート!
ずるすぎるだろ俺にくれ! 今すぐにでも細マッチョになってやるぞ!
そんな羨ましい力を持つ奴に長年黒い豚公爵を演じてきた俺が負けるわけが無いのだ!
それに
「ええ、この学園に忍び込んだことを後悔させて見せます、学園長」
「何とも頼もしいものじゃ。…………さて、誰も顔を知らない名ばかりが広まる伝説の傭兵。
「……学園長、今の俺は神童なんて言葉は似合いません」
風の神童?
それは好き放題していた子供時代の俺の名だ。
とてもじゃないが今の俺に相応しいとは思えなかった。
だって、今の俺は。
「ほう、では今の君は何なのかな?」
「―――世界に羽ばたく
そう言い切る俺を見て、学園長は大声を上げて笑った。
● ● ●
俺は学園長の部屋を後にしながら、考える。
さあ、始めようか
俺が豚でお前はネズミ!
本気を出した豚を舐めてもらっちゃ困るんだ!
学園に忍び込んだことを後悔しながら、表舞台から消えてもらう!
ネズミは豚に勝てないってそんなこと
「……あ」
一人で興奮してたら、お腹がグーと鳴いた。
やっぱり俺は豚公爵!!!
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