22豚 いざいかん! 主人公イベント!
クルッシュ魔法学園に帰ってきてから一週間近くが経過した。
ロコモコ先生伝えに学園長から時間を指定され、今日の晩、俺は教員棟の最上階にある学園長の部屋に行くことになっている。
「ぶっひ。ぶっひ」
教員棟とは教員一人一人に与えられる研究部屋を一つの棟に纏めたものだ。そこで先生方は書物を読み漁ったり、新しい魔法の研究をしたり、よく分からない自分の研究をしている。
その教員棟、最上階に学園長の部屋があるのだ。
「ぶっひ……ぶふぅ……」
そして、本日の夜には!
シャーロットが高級宿『茶色の朝』の料理長から教えてもらった料理を作ってくれるらしい! うおお、ランニングにも力が入る!!
「ぶふぅ……ぶふぅ……」
俺は学園長とのイベントや夜ご飯に心躍らせながら、毎朝の日課をこなしていた。
「……ぶぅ…………ぶぅ」
「スロウ様! 研究棟の周りを後一週頑張りましょう!」
最近知ったのだが、どうやら俺は無意識のうちに本当にぶひぶひ言ってるらしい。今だって普通に走ってるつもりだけど、横を併走しているデッパには俺がぶっひぶっひ言ってるように聞こえているみたいなのだ。
俺の呼吸法は長きにわたる黒い豚公爵時代を経て、「ふぅ……ふぅ……」から「ぶひぃ……ぶひぃ……」になってしまったらしい。
それを知った時は頭を抱えたけど、…………まぁ、いっかってことに落ち着いた。豚はもう俺のアイデンティティの一つのようなものだからさ。思い入れだって沢山あるのだ!
「スロウ様! もう少しです!」
よっしゃ、締めのダッシュ! もうドタドタとした豚走りじゃないぞ! しっかりとした走りをお見せしよう! どうだ! こける気配が微塵もない! もう一段上のスピードアップ!
「ぶぶぶぶぶッ」
「わあ! 待ってください!」
精霊たちどけどけー!
白い豚公爵様のお通りだぞー!
「スロウ様! 大分走れるようになってきましたね! それに何だか精悍になられました! すごいです!」
ふっふっふっ。
痩せ薬を飲み始めて一週間近く、最大サイズだけど制服の既製品が着れるようになったのだ。
もうオーダーメイドとはおさらばだ! ありがとう大食い大会! ありがとう企画してくれたらしいカニバサミ商会!
さてと、ランニングを終えた俺は男子寮に戻るけど、デッパはこのまま鍛錬を続けるようだ。
「そんなことないって、俺よりお前のほうがすごいよデッパ。俺は元々はダメな豚だったけど、それがやっとまともになれそうってところだ。けどお前はこうやって毎日努力して、平民にとってはメチャクチャ難しい入学試験も突破して、しまいには魔法も使えるようになったじゃんか」
デッパは負けん気というか、強いハングリー精神を持っている。
もっと魔法が上手くなりたい、より体術を極めたい、そんな強い思いは毎朝一緒に走ってる俺のやる気も引き出してくれていた。一人なら途中で心挫けてランニングも続かなかったかもしれない。
「ぜ、全然です! 僕は体術以外全然ダメでしたけど、スロウ様のお陰で土魔法が使えるようになりました! 先生達からいくら教わっても魔法が使えなかったのに! 今のやる気があるのは全部スロウ様のお陰です! 本気と書いてマジです!」
クルッシュ魔法学園は魔法と名が付いているが大半の平民生徒は学や剣術を習得し、魔法について学んでも使えないまま世に出ることが殆どだ。平民生徒にとって魔法は憧れであり、大多数が魔法を使える貴族の生徒を羨んでいる。
「皆からもすごく羨ましがられるようになりました! 一体、どうやったんだって! スロウ様からコツを教わったんだって言ってもいいですか?」
「ん? ああ、いいよ」
「うわあ、ありがとうございます! スロウ様! これからも毎日の鍛錬! 一緒に頑張りましょう!」
そう言ってくれるデッパの笑顔は眩しすぎるものだった。
ったく、お前は本当にいいやつだな。
俺もお前に相応しい友達になれるよう、頑張るぞ!
● ● ●
黙々と授業を受け、淡々と時間が過ぎていった。心の中ではやる気持ちを抑えるのにとても苦労したぞ。
「……」
そして俺は巨大な教員棟を見上げる、出入りしているのは教員の先生や、彼らを補佐する第三学年でも優秀な生徒。
俺が更生し始めているという噂は上級生には届いていないのか、不審者を見る目でじろじろと見られた。
気を取り直して教員棟に足を踏み入れる。怪しげな置物や爆発音に意識を取られることなく、一目散に階段を上っていく。そして最上階にたどり着いた。
学園長と喋るのはクルッシュ魔法学園の面接以来だった。
暗く光の閉ざされた廊下を歩き、重々しい扉の前で一息付く。
俺は姿勢を正し、顔を上げた。もう昔の俺じゃない。暗くて、本心を押し殺していた黒い豚公爵は白い豚公爵に変貌を遂げたのだから。
コンコンと控えめなノック。
そして耳を研ぎ澄まし、一語一句を聞き漏らさないように注意する。
「誰かね」
部屋の中から、小さめな声が聞こえた。厳しくもあるが優しい声だった。
「学園長、デニングです」
「どこのデニングかね?」
「スロウ・デニングです」
「良い返事だ。お入りなさい、風の
迷い無く扉を開く。
学園長の部屋から溢れる光が暗い廊下を一気に照らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます