21豚 恋バナをニヤニヤして楽しんでみる
一歩一歩、音を立てないよう細心の注意を払って廊下を歩く。何者かが俺の部屋にいる、一体誰だ? こっそりと部屋の中を覗くと金髪の男が幽鬼のように立っていた。
頬が真っ赤に腫れ、顔を涙でぐしゃぐしゃにし、捨てられた子犬のような目をしている。
「ひぃっ…………ってお前かよ。何勝手に部屋に入ってるんだよ」
「あ、しゅロウ様……ぶひぃ」
ビジョンの頬には手形の跡がくっきりと残っていた。しかも朝見た時のパリッとした白シャツはヨレヨレで、ドブのような何とも変な匂いが部屋に充満していた。
自称、平民部屋の貴公子、その面影はどこにもなかった。……というか、臭いな。後で魔法使って部屋の消臭しとかないと。
「おいビジョン。どうしたんだよ。デート楽しんできたんじゃないのか?
「……ぶひぃ」
あれほどウキウキ気分で出ていったお前はどこ行った? 散々俺にデートの結果を聞かせてあげるとか言ってたじゃないか。実は何気に楽しみだったんだぞ? 恋愛の話とか今まで無縁だったからさ。あと、何でぶひぶひ言ってるんだよお前。
「とりあえず食堂で集合な……あ、その前に着替えて来いよ? その服匂うぞ……」
● ● ●
三人で宿の一階、食堂に集まった。
デッパは宿の手伝いの途中で休憩をもらったらしい。先生の言っていた通り半袖の制服から覗く腕回りは結構筋肉がある、童顔だけど意外なギャップだ。
「恋人はいないって言ってましたし……最高の雰囲気だったから……勢いで頬にキスしようとしたら張り手をくらいました……その直後に男たちがぞろぞろ出てきて、そのうちの一人が俺の彼女に何するんじゃとか騒いで……金をむしり取られました。出るとこ出るぞとか……問題を抱えた家グレイトロードは息子も問題児なんだなとか……しまいには所持金が少なくて同情されました…………あんな屈辱は初めてです……平民に魔法を使って捕まる貴族の気持ちが分かりました……」
ビジョンから溢れ出る暗く重々しい空気、その異様な雰囲気が周りのお客さんから視線を集めていた。お、おい。何か黒いオーラが見えるぞ。黒い豚公爵ならぬ、黒い貴公子にでもなるつもりかお前。
「……美人局ですね、ビジョン様。最近流行ってるって聞きます」
デッパは心当たりがあるようで、俺たちにヨーレムの町で最近流行っている美人局について説明してくれた。そしてその手口はビジョンが受けたものと全く同じ。ごろつきや不良の町娘達はそうやって小銭を稼ぐ場合があるらしい。基本的に初心うぶそうな貴族の学生や裕福で気の弱そうな平民を狙うのだそうだ。クルッシュ魔法学園にいる裕福な平民生徒とはたちが違うから注意したほうが良いとデッパから注意を受ける。
俺は震えた。
こわっ! 町娘怖すぎぃ!
俺がそんな目に合ったらトラウマになっちゃうぞ! ぶひぃ!
「……何で僕がこんな目に」
「運が悪かったんだよビジョン。とりあえず肉でも食って元気出せよ」
「……お肉……お金掛かりませんよね?」
いざという時のために持っていたなけなしの金をむしり取られて、ビジョンは疑心暗鬼になってるようだ。デッパが慌てて日頃のお礼だから無料だと言うと、ビジョンは涙を流しながら肉を食っていた。
ついでに俺もぺろりと食べる。ん? 痩せ薬飲んでるから平気だろ。
「町娘怖い……学園の女の子がいい…ぶひぃ」
「というより、ビジョン。何でさっきからぶひぶひ言ってるんだよ」
「……えっ? これはスロウ様の真似ですよ。嬉しい時とか悲しい時にぶひぶひ言ってるじゃないですか。確かに辛い気持ちが紛れる気がします……ぶひい」
ビジョンはぶひぶひ言いながら菓子に手を伸ばしあ。あ、それは俺が狙ってたやつだぞ。それに何言ってんだこいつ。俺がぶひぶひとかそんな見苦しい真似するわけないだろ。
「俺の真似? ……いやいや、嘘つくなよ」
気の毒そうにビジョンの話を聞いていたデッパに確認してみる。デッパとは朝と夜、人気ひとけの無い研究棟の周りを一緒に走ってるからな。俺が本当にぶひぶひ言ってるなら知ってるだろう。
「うーん……スロウ様独自の呼吸法だと思ってました!」
「え、えぇ……? ほんと? 俺、ほんとにぶひぶひ言ってんの?」
一切、心当たりはないんだけどなぁ。ちょっと信じられないぞ。二人して俺をからかってるんじゃないだろうな。
その後、俺たちは皆でどういう女の子がタイプか、告白するならどのタイミングか等、恋愛について大いに語り合った。盛り上がりすぎてデッパの父親にもう少し静かにと注意されたぐらいだ。
俺はその夜、ベッドの中でニヤニヤしながら眠った。
三人で語りつくした恋愛談義が滅茶苦茶楽しかったのだ。黒い豚公爵は友達いなかったから、喜びもひとしおだ。
● ● ●
こうして、俺たちのヨーレムの町小旅行は終わった。
大食い大会では痩せ薬ゲットしたし! シルバの連絡先も学園に帰ったら先生が教えてくれるみたいだし! 学園長は俺の再デビューに最高の舞台を整えてくれるみたいだし! 皆と仲良くなった気もするし!
黒い豚公爵時代はこういう生活と無縁だったもんな! 滅茶苦茶楽しかった! ひゃっほい!
「いやーほんとに楽しかった。ぶひい」
クルッシュ魔法学園男子寮に向かう道すがら、思わず独り言が出てしまった。
すると前を歩いていたビジョンが慌てて俺を見た。ん? 何だ?
「スロウ様! 今、ぶっひいって言いましたよね!?」
「は? そんな豚の真似なんかするわけないだろ」
全く貧乏っちゃまは何を言っているんだか!
でも、まじで楽しかったぜ! ぶっひい!!
さーて、学園長とお話ししなきゃな!
● ● ●
「……我が身に形なく我が身に心なくゆえに私はどこにもいないっ。応えよ闇の大精霊が力込めし呪いのリング!
彼らがヨーレムの町からクルッシュ魔法学園へと戻った時。
同時刻にヨーレムの町に一台の馬車が辿り着き、中からゆっくりと降りてくる女が深く被った帽子をあげた。御者の男はあれ? お客さんはこんなに年をとっていたかな? と疑問を持つが、自分の勘違いだと結論付ける。
女は首を傾げる男に注意を払わず、ゆっくりと目的の店を目指し歩き出た。
「……え」
そして、驚いた。
いつも閑散とし、知る人ぞ知る闇の専門店。巧妙な偽装によってアイテムショップとしてカモフラージュされていた店に人だかりが出来ていた。
口喧しく騒ぐ観衆の言葉を聞くに、店主は捕まってしまったらしいのだと理解する。
一体何故ばれたのか女には思い当たる節が見当たらなかった。
だが、潰れたならもうここに用は無い。女は秘密のアジトに向かおうとして……人だかりの中でも目立つ赤髪の男の子と精一杯背伸びをして問題の店を覗こうとしている
「
「豚のスロウが!? ですのっ!?」
女に依頼された仕事とこの店の商品に直接の関係は無い。だが傭兵という稼業を生業にする中、その商品の効果はとても魅力的だった。
長い期間を経て仕事の終わりが見えてきた。だがあの赤髪は占いで有名な生徒。……あの店が潰れたことに豚公爵が関わっている? そんなまさか。
けれど、女も豚公爵と呼ばれる彼が変わりつつあるのは知っていた。当然、神童としての過去もだ。
検証しなくてはいけない。それも仕事に含まれるだろう。
だが女は苛立ちを隠せなかった。そろそろあの爺にばれそうで、逃げる算段をつけていたというのに。
「……あの豚、余計な手間を増やしてくれるわねっ」
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