20豚 俺の騎士は相変わらず自信過剰

「あいつが王室騎士ロイヤルナイト候補っ!? それも専属ってことは守護騎士ガーディアンかよッ!?」


 俺は宿の自室に直行し、机の引き出しから数枚の紙を取り出した。アニメや知ってる限りの裏設定を大食い大会の前に過剰書きにしていたのだ。

 目を皿にしてカリーナ姫に関する記述を探す。


 カリーナ姫:多分、ダリスのお姫様。名前しか知らない。腹減り。民衆からメッチャ好かれてるっぽい描写あり。お腹すいた。舞踏会とかにも滅多に出てこない。


「全然分かんね」


 でも仕方ないか……ダリスの王族で出てくるのは女王ばかりだったからなー。

 姫様についてはノーマークだった。


王室騎士ロイヤルナイトの中でも特別な守護騎士ガーディアンねえ」 


 平民が王室騎士ロイヤルナイトになることは前例が無い。

 王室騎士ロイヤルナイトは他国の要人に会う席に同席する場合もあるため、基本的なマナーだけでなくもう一段上の高貴な振る舞いを身につけなければいけない。

 王室騎士ロイヤルナイトは騎士国家であるダリスの顏であり、その振る舞いは平民が一朝一夕で身に付けられるものではないのだ。


 あのロコモコ先生だって何だかんだで伯爵家に連なる人だ。もっとも本人は堅苦しいのが苦手で性に合わなかったって言ってたが。


 第一印象はチャラいなりをした軽薄な男。

 俺がシルバに命を助けられた時、あいつはまだ十五歳近くだったはず。今の俺より一つ下、けれどその剣さばきは誰よりも鮮やかで、この年になってもあいつ以上の剣使いを見たことがなかった。

 あのシルバが王室騎士ロイヤルナイトになる? 

 それも姫の守護騎士ガーディアン候補?


「人生って分からんもんだなー……」


 うーん、でも俺が黒い豚公爵になったみたいにあいつも変わってるのかも。


「その辺の事情を知ってそうな人は…………あ、いた」


 すぐそこにいた。

 ていうか、同じ階にいた。

 よし、行こう。

 俺は紙を机の引き出しに押し込み、部屋を出た。


「先生いますかー」


 徒歩10秒。俺がロコモコ先生の部屋へと行くために要した時間だ。

 すぐに声が返ってくる。


「誰だー?」

「デニングです」

「どこのデニングだー?」

「豚です」

「おー、入っていいぞー」


 何だよこのやり取り。いちいち流れに乗ってあげる俺も何だよ。痩せ薬をゲットしたから、早く細マッチョのデニングですと言えるようになりたいな。

 ロコモコ先生は半裸の状態でベッドに寝転がっていた。両手で紙を顔の前に持ち上げ、読んでいる。

 うお、ムキムキだな……。部屋に入ってきた俺のほうへ顔を向けると、紙から片手を離しぐっと親指を立ててくれた。


「おう、あの良い筋肉してる宿屋の息子から聞いたぞー。大食い大会優勝したんだってな、おめでとうー」

「先生。伊達に長年食っちゃ寝してたわけじゃないですよ」

「究極の恋愛脳だもんなーお前ー」


 ロコモコ先生はけらけらと笑いながら、紙の方に視線を戻す。

 いつも以上にだらーっとしてるけど、俺には何だかロコモコ先生が疲れているように見えた。


「先生、何か疲れてます?」

「お前が情報をくれた店、潰してきた」

「はやっ!さすがですねロコモコ先生

「逃げ足が速かったから、捕まえるの苦労したぞー。あー、なんで休みに遊びに来て仕事してんだよ俺はー」


 ああ、モンスターを引き寄せる香水を扱っていた店か。

 あの店の店主、アニメでは町の裏道とか逃げ道を知り尽くしてるから捕まらないって豪語してたな。……そのシーンはカットされて一瞬で捕まってたけど。

 てか、さすがロコモコ先生。動きが速い。


「お疲れ様です」


 よく見ると、ベッドの傍に置かれた机の上にも同じような紙が何枚も積まれている。


「報告書っていうのはだるいよなー。ったく、お前のせいで優雅な休日が仕事になっちまっただろー。それでオレに何の用だ―。あの香水が欲しいって言ってもダメだぞー」


 ……すいません、持ってます。

 うーん、あの香水どうやって処分しようかな。捨てようにも中身があれだからなー……。俺じゃなくて黒い豚公爵さんが勝手にやったんですとも言えないし。


「えっと、ちょっと先生に聞きたいことがあるんです」

「んー、何だー?」

「ロコモコ先生って今、町で話題になってる元平民のシルバって男、知ってます?」


 ロコモコ先生は寝転がったまま紙を持つ手を話した。

 そのままばさりと先生の顔の上に紙が乗る。面白い絵面だ。


「……あー、あいつかー」


 お?

 この反応はまさか?


「姫の専属騎士候補ってことは守護騎士ガーディアンですよね。元平民が守護騎士ガーディアン候補、すごいですよね」


 常に特定の王族の騎士となる。王室騎士ロイヤルナイトにとってこれ以上の名誉はない。

 この辺りは名誉とかを大事にする騎士国家ダリス独特の考えだな。


「……このままいけば初の平民成り上がり王室騎士ロイヤルナイトの誕生だ。俺も友人として鼻が高いぞー」


 お、聞き捨てならない単語が出た。


「え、シルバと友達なんですか?」


 おら、なんだかワクワクしてきたぞ。

 これは詳しい話しが聞けるかもしれん。


「色々あってなー。だからあいつとデニングの関係も知ってるぞー。学園に戻ってからあいつの元雇い主であるデニングを意識してたからこそ、お前の授業中の行動とかに気づけたのかもしれないなー」


 たしかにロコモコ先生からは特に強い視線を感じたことがあった。

 そういうことだったのか。

 何か色々と知ってそうだな。いやはや、俺はシルバから何て言われてたんだろう。聞きたいような、聞きたくないような。


「じゃあもしかしてシルバの連絡先とか分かりますか?」


 するとロコモコ先生はぶほっと息を吐き出し、紙が先生の顔の上からベッドに落ちた。

 シルバは俺が豚公爵になってもとくに嘆きもせず、反抗期いや思春期すね、とか言って俺の傍から消えて行った。

 父上はあいつにそのまま家に残って欲しがっていたようだが、シルバは何らかの交渉でもしたのかいつの間にか去って行った。


 あいつも昔のあいつじゃ無くなっているだろう。

 俺が可愛らしいボーイから豚になったようにな。

 それに俺からの連絡が今のあいつには迷惑かもしれないから、その様子があれば関わるのは辞めよう。シルバにも今の生活があるだろうしな。


 俺は覚悟を決めて先生の言葉を待つ。

 けれどロコモコ先生はそんな俺の思いを他所に、とんでもないことを言ってくれた。


「うーん、教えるも何も、実はあいつから預かっているものがあってなー。お前が自分の連絡先を聞くようなら伝えてくれってな」


 ロコモコ先生はベッドからガバッと起き上がり、俺に向き直る。

 う、なんか前は魔法で縛られたから妙な威圧感を感じる。警戒したくなる気持ちを抑える。

 ロコモコ先生はあーあーと喉の調子を確かめていた。のどが痛いのかな。


「先生……何やってるんですか?」

「めんどくせー。あいつから頼まれたんだよ、坊っちゃんが俺のことを聞いた時、伝えて欲しい言葉があるって。学園長の物まねの次はシルバの物まねかよー。えーと、頑張って覚えたんだよな、結構な長文だぞ」

「言葉ですか?


 一体何だろう。あいつが俺に言伝?

 そんな回りくどい奴じゃなかったけど。


「よし。大体思い出したぞ」


 先生は身体の骨をコキコキと鳴らしながら、俺を見て言った。



『えーと、スロウの坊ちゃん、おひさっす。ロコモコから俺のこと聞くってことは俺の力が必要ってことすか? でも今の俺、並大抵の相手では満足出来なっちゃったんすよねー、ええっと……この先は……あ、そうだ、傭兵で例えるなら巨体豪傑ジャイアントマン雷魔法エレクトリック、それに変幻自在ノーフェイスとか、そんな奴らと仕合えるような最高の舞台を俺に用意して下さい。はー!? 最強クラスの傭兵じゃねーか、何言ってんだあいつ……あ、ごめんごめん、えーっと、次は…何だったかな………。モンスターで言えばドラゴンとか万を超えるモンスター。……はあ!? ドラゴン!? 災害級のモンスターじゃねーか、それに万を超えるモンスターってどんだけ自信家なんだよあいつはー! …………あ、続き? ごほんごほん! ……えー、自分が許してくれって泣いて謝るような戦いを貴方は用意出来ますかスロウの坊ちゃん。……っち、なげーよシルバ! これ覚えるのにどんだけ俺が苦労したと思ってるんだ』


 ロコモコ先生は言い終わると喉が渇いたのか、水をごくごくと勢いよく飲んでいた。

 うん、声は全然似てなかったけど、シルバの軽薄な感じがよく出てたと思いますよ。ていうかロコモコ先生。よく覚えてましたね……。すごい記憶力だ。学園長の件もあるし、俺はこの人にもう頭が上がらない気がする。


「でも、相変わらず自信家だよなー。巨体豪傑ジャイアントマン雷魔法エレクトリック、それに変幻自在ノーフェイスだとお!? 雇うのに万金が掛かる歴戦の傭兵じゃねーか。それに万を超えるモンスターだとおー!? そんなの用意出来る訳ないじゃんなー! あの店で見つけた香水を全部使っても多分無理だぞー。そういえば妙に在庫が少なかったなあ……」


 シルバからの伝言を聞いて俺は思った。

 こう言うと嫌がったけど、お前はやっぱり正義の騎士だよ。

 何だかんだ言って優しいし、一度は必ず救いの手を差しのばしてくれる。

 それにお前が名前を上げた傭兵達。

 全員が世界を平和にするためには欠かせない標的ターゲットなんだぜ。


「ロコモコ先生、ありがとうございます。なんだかいつもいつも、お世話になってます」

「んー。いいぞー、授業中の借りがあるからなー」


 頭を下げ、部屋に戻るために廊下に出た。

 廊下には壺や花瓶などが置かれている。高級宿だけあって、他の階のお客さんの騒ぎ声などは一切聞こえない。静かなものだった。


「あれ?」


 俺の部屋のドアが開いている。

 可笑しいな、開けっ放しにはしてなかったはずだ。


「……それに何だよこの声」


 俺の部屋から変な声で泣く男の声、いや泣き声が聞こえてくる。

 時折、ぶひぃとか聞こえるぞ……。誰だよ、絶対変人だろ……。でも、何か聞き覚えのある声だ……。


「……」


 俺は意を決して、変な声が聞こえてくる部屋へと近づいていった。

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