19豚 風の大精霊のカオスな夢

 大精霊はヨーレムの町を大方調べ終えた。今、この町にはシャーロットに強い害意を持っている者はいない。それだけ分かれば充分だった。

 だから大精霊は高級宿の一室、シャーロットの部屋のベッドで寝ていた。

 この宿は柔らかくて良い匂いがするベッドを使っている。素晴らしい。

 シャーロットは椅子に座って本を読んでいる。

 さすがに大精霊もシャーロットがベッドを使っている時はこんな真似をしない。

 ベッドの上でゴロゴロゴロゴロ。


『にゃあああああああああ』


 ベッドの上でゴロゴロゴロゴロ。


『ふにゃあっっあああああああああ』


 大精霊アルトアンジュはシャーロットの目には見えないからと、やりたい放題だった。


『ふにゃああああ……疲れたからまた二度寝するにゃあ』


 その後、大精霊アルトアンジュは夢を見た。

 大好きな二人の夢。

 始まりの夢だった。



   ●   ●   ●


 これは一体、何が起きているんだにゃあ。

 何で戦いが起きているんだにゃあ。

 ちょっと帝国の残党を狩りにいった間に何があったんだにゃあ。


『カオスすぎるにゃあ』


 草むらに隠れ潜むことにする。そこから様子を見ることにした。


『このカオスは一体、何があったんだにゃあ?』


 目の前で繰り広げられている光景を見つめる。

 まず、目を引くのはシャーロットの泣き声だ。

 何かが売られていたと思われる広い壇上で、シャーロットが大泣きしていた。ああ、可哀想に。

 シャーロットが泣いているのも久しぶりに見たけど問題はそこじゃない。

 シャーロットの目の前、身なりの良い男の子が困った顔をしてぶひぶひ言っていた。


『何であいつ、ぶひぶひ言っているんだにゃあ』


 シャーロットは汚れたぬいぐるみを抱きながら、男の子と喋っていた。

 いや、大泣きしながらシャーロットが喚いているほうが正しいかもしれない。


 大精霊は草むらから顔を出して、一方を見た。

 そちらでは戦いが起こっていた。

 騎士二人による一方的な戦いだった。特に少年とも青年とも思える若い騎士の強さが異常だった。皇国にもあれほどの剣捌きの騎士はいなかったかもしれない。戦いというより舞いを踊っているようにすら見える。


「ごめんぶぅごめんぶぅ! 間違えたぶぅ!」


 可笑しな声が聞こえて大精霊はもう一度、壇上に目を戻す。

 やっぱり目を引くのはブタの真似をしている男の子だった。

 ぶひぶひぶうぶう言っている男の子の様子に思わず笑ってしまった。

 自分は確かに全てを終わりにしようと考えていたはずだ。

 けれど、二人の様子を見ていると―――。



   ●   ●   ●



 大精霊はにゃあああと大きな声を出して目を覚ました。

 すぐにシャーロットの姿を確認する。


『あ』


 椅子に座ったまま、シャーロットはあのぬいぐるみを抱きながら眠っていた。

 もう小さかった夢の中のシャーロットじゃないけれど、その姿はシャーロットが一人であの日の続きをしているように見えた。

 やっぱり、幸せな光景だった。

 ベッドの上でゴロゴロゴロゴロ。

 でも……大精霊は怒っている。

 シャーロットが持っている色あせたぬいぐるみに対して怒っていた。

 ベッドの上でゴロゴロゴロゴロ。

 大精霊アルトアンジュはベッドでゴロゴロと転がりながら叫んだ。


『何で猫のぬいぐるみじゃないんだにゃあああああああああ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る