18豚 元婚約者は口が悪い

「水の精霊よ。この者達を癒してあげてくれ。ヒールッ!」

「おおっ、これが魔法の効果……すー、はー、すーはー、デニング様、大分気持ちが楽になりました、本当にありがとうございますっ」

「すごーい! 私、回復魔法なんて初めて掛けてもらいました!」


 俺は苦しそうに腹を押さえている参加者や、熱気にあてられクラクラしている観客の子供達に次々と回復魔法をかけていった。本来は怪我を治すためのものだが、少しは食べ過ぎや気分の悪さにも効くはずだ。


「ブタこうしゃくさま! ありがとうございますっ」

「いいってことよ。応援ありがとな」


 子供達がキラキラした目で走り寄ってきた。僕たちにも魔法をしてと騒いでいる。俺は一人ひとりの子供たちの頭を撫でながら簡単な魔法を掛けてあげた。皆、将来はクルッシュ魔法学園に入って魔法使いになりたいようで生き生きと夢を語ってくれた。子供だから俺の噂とかは知らないみたいだ。


「ん?」


 どこかから強い視線を感じる。

 ……ああ、あいつか。アリシアがぴょんとつま先を伸ばして、俺の様子を遠くから見ているようだった。その姿はちょっとだけ、いやかなり子供っぽく見えた。


「それではもう一度。優勝者でありながら、私たちのことを気遣ってくれた豚公爵様に大きな拍手を!」


 司会者の言葉に平民の人たちが大きな拍手をくれる。

 俺もまた彼らに向かって大きくお辞儀をし、感謝の言葉を口にした。


「料理も美味しかったし、最高に楽しかったです! 俺について色んな噂が広まってると思いますけどこれからは全うに生きていきたいと思います! ぶひ!」


 再び、万来の拍手が起きた。



   ●   ●   ●



「で、何だよ話って」


 アリシアは痩せ薬の入った小さな木箱を胸に抱いている。

 ちなみにシューヤもアリシアと同じように透明な水晶玉を大事そうに抱え、テントを支えている太い柱に身体を預けながら座っていた。……まるで酔い潰れたおっさんみたいだ。お疲れさん、お前は滅茶苦茶頑張ったよ。


「これは豚のスロウにあげますわ。痩せ薬はワタシのように完璧な食生活をしている人には必要ありませんから」

「え、いいのか?」

「いいも悪いも必要ないんですわ。でも、優勝賞品の美容薬、豚のスロウが持ってても必要ないと思いますわ。誰か渡す当てがあるんですの?」


 真正面に立っていると言うのに、ちらちらと視線を外しながらアリシアは俺を見る。……おい、メッチャ欲しそうな顔するなよ。尻尾があればぶんぶんと振っていそうだな。

 それより渡す当てはあるぞ。今、「この水晶と俺の縁は……」なんてうわ言を呟くシューヤを介抱しているシャーロットだ。


「あー…………俺が持ってても必要の無いものってのはその通りだ。でも優勝したら今までこんな俺に付いてきてくれた感謝の印として、従者のシャーロットにあげようと思ってるんだ」


 その言葉にアリシアは露骨にがっかりした様子を見せ、シャーロットを羨ましそうに見つめた。そう言えばこの二人は小さい頃ちょこちょこと面識があったな。


「……シャーロット、貴方まだ豚のスロウの従者なのですわね。皆が豚のスロウを見限る中、よく豚のスロウなんかに付き従っていますわ……ほんと、豚のスロウにはもったいない、何かあればアタシを頼ってくれていいんですのよ?」


 豚、豚とうるさい奴だな。

 その豚にお前は負けたんだぞ。大食い大会の話だけどさ。


「アリシア様。お気遣い、ありがとうございます」

「ああ、もう。シューヤの介抱なんてしなくてはいいですわ。そいつは身体だけは頑丈だから、すぐに起きてピンピンすると思いますわ」

「おい、あんまり苛めてやるなよ……」


 でも、確かにシューヤの身体は頑丈かもしれないな。 

 アニメでも敵から何度も魔法を受けて吹っ飛ばされながら、「……ぐうう、でも俺は立ち上がる……! 水晶は後、156回吹っ飛ばされても身体に問題は無いと言っているから……!」とか言って、敵をドン引きさせてたからな。視聴者も「水晶さんまじすげえ。主人公は紛れも無く水晶さん」とか言ってた記憶がある。

「苛めているんじゃないですわ、シューヤはワタシに借金があるんですの……身体で返させてるんですわ。美容薬を手に入れられたら借金を無くしてあげようと思ったのですけど、これではダメダメですわね。今まで通りまた暫くはワタシの召使決定ですわ」


 その時、シューヤが柱から寄りかかっていた身体が地面にバタンと倒れた。「ぅぅ、気持ち悪い……水晶も吐くなよ、絶対に吐くなよって言っている……俺は吐かない……」


 ったく。

 俺はシューヤに近付いていった。


「水の精霊よ。この者に癒しの回復を、ヒール」


 お前は頑張ったよ。「ん……んん。誰か分からないけど、ありがとう……」もごもごとシューヤは目を閉じたまま、口を動かしている。 

 うん、顔色もよくなったな。少しだけ気分が良くなったみたいだ。

 あ、ついでにアリシアにも掛けとこう。ヒールっと。


「……ありがとうですわ。やっぱり豚のスロウは魔法に関しては変わらず天才ですのね」

「今も昔も俺にはこれしか無いからさ。……あ、脂肪は増えたな」


 その言葉が面白かったのかアリシアはふふっと笑った。本当に久しぶりにアリシアが笑った顔を見た気がする。

 シューヤはもう大丈夫と思ったのか、シャーロットがこちらにきておずおずと言った。


「あ、あの……スロウ様。美容薬は4本ありますし、アリシア様と半分こにしても宜しいですか?」


 おお、ナイスアイデアだよシャーロット。ただで痩せ薬をもらっちゃったら申し訳ないし。シャーロットが構わないなら俺は何の問題も全く無い。


「それですわ! とってもいい考えですわシャーロットさん!」


 アリシアががしっとシャーロットの手を掴んだ。

 目がハートマークに輝いている。ほんと昔から分かりやすい奴だなお前は。


「クルッシュ魔法学園に帰ったらアタシの部屋に来てください。女子寮の五階ですわ。お礼致しますわ」


 さてと痩せ薬をちゃんとゲットしたわけだし、宿に戻るか。

 俺の武勇伝をあいつらに自慢してやろう。……あ、そう言えばビジョンがデートの詳細を聞かせてくれるとか言ってたな。恋愛初心者の俺としては是非とも聞いておきたいところだ。


「ちょっとお待ちになって下さい。豚のスロウ」

 アリシアの言葉と同時にシューヤが両手で大事そうに抱えていた水晶玉がごろんと地面に転がった。

 あれはまだ明らかになっていないけど、とっても貴重な魔道具だ。それとなくシューヤに伝えておこうかな……いや、でも俺が伝えても意味ないか。自分で気付かないと。


「答えを聞いていませんでしたわ。どうして今更、痩せようと思ったのですの?」


 アリシアがぐいっと近づいてくる。

 身長が低いため自然と下から覗きこまれるような形になった。


「夢を見たんだよアリシア」

「夢……ですの?」

「このままじゃいけないって……神さまからのお告げを俺は聞いたんだよ」



   ●   ●   ●



 俺とシャーロットは宿へと歩いていた。

 町の中でさっきの食いっぷりはすごかったぜなどと何度も声を掛けられり、握手を求められる場合もあった。何やら町でも有名な商会が企画した大会だったそうだ。大食い大会の効果か知らないけれど、町が活気付いている。先ほどから興奮冷めやらぬ顔で走っている子供たちの姿、酒に酔ってふらふらとしている平民の姿を何度も見つけた

 何か他にお祭りとかあったのかな? 別に今からそっちに行ってもいいですよぶぅ。さっきアリシアから貰った痩せ薬は既に一個腹に入れている。もう少し食べても問題ないに違いない。俺の細マッチョへの道は順調だった。


「―――! ―――!!」

 

 あ、また何やら顔を赤くして騒いでいる集団を見つけた。一体、何があったのだろう。俺は気になって立ち止まり、彼らの話に耳を澄ませた。

 

「―――おい、聞いたかよ―――バ、が!」

「すげえ! ―――姫が! 平民の―――ルバ!」

 俺は思わず立ち止まってしまった。

 平民の人たちが話している内容、その中に聞き慣れた名前があったからだ。


 慌てて彼らに声を掛ける。


「あ、あの。何の話をしているんですか」

「おっ。さっきの優勝者、デニング様じゃないか。ん? 話だって? ははは、やはり貴族の方は気になりますよね! いやー! 快挙ですよ快挙! まさか、元平民があの地位に付くかもしれないなんて! しかも相手があの―――! 今、この話で町は持ち切りですよ! 平民万歳! ―――バ、万歳!!」


 は!?

 ちょっと待て!

 俺の聞き間違いじゃないよな!?

 俺の耳が可笑しくなければ、今、ありえない言葉が聞こえたぞ!?


「す、すいません。もう一度、さっき言っていた話を聞いてもいいですか!?」


 すると酔っている感じの若者が大声で叫んだ。


「俺たちの期待の星っ! 成り上がりの元平民シルバがダリスの次期女王! カリーナ姫の守護騎士ガーディアン候補筆頭に上がったんですよッ!!」

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