16豚 Q.大食い大会で俺が負ける要素ある?

 腹が減った。

 腹が減った。 

 腹が減った。

 朝ご飯も昼ご飯も食べてないから、お腹と背中がくっつきそうだ。

 ぐぅーぎゅるぎゅるぎゅる。

 ……今、とんでもない音が鳴ったな。


「スロウ様。大丈夫ですか? お腹からすごい音が聞こえました」

「ぶぅ……シャーロットもあんまり食べてないんだろ?」  

「私はもともと小食です。それに昨日お手伝い中に沢山、つまみ食いしちゃいました」


 そう言ってシャーロットははにかんだ。

 今は従者の制服では無く、町娘のように白いシャツの上に色の濃い茶色のベストを着て、丈の長い緑色のスカートを履いていた。肩まで切り添えられた銀色の髪、前髪に黄色の髪留めをしている。ちょっとだけ化粧もしているようだ。

 正直言って可愛すぎるまじで。

 

「太るぞ。俺みたいになるぞ」

「私は一日だけですけどスロウ様は長年の積み重ねです。でも、大分痩せたと思います。二回りは小さくなりました」

「ぶぅ、すっごく頑張ったからな」


 ていうか、先ほどから宿の客とすれ違う度に「……すっごい美人だったな今の子」「惚れた」等とこそこそとした話し声が聞こえてくる。控えめな格好をしているというのに、整えられた容貌はやっぱり隠し切れていないようだ。昨日は少しだけ宿の食堂で給仕もしてみたらしい。声を掛けてくる男が沢山いたから速攻で厨房に引っ込めましたと料理長が言っていた。本当に助かる判断だ。まあ、危なければ大精霊さんが何とかするだろうけど。


 そんなシャーロットと俺が一緒に歩いていると、どんな風に思われるんだろうな。デブ貴族に連れ回されている平民だろうか。「まさに美女と野獣だよなあれ」「わかる」。

 うるさいぞ、ぶー。


「お二人とも、頑張って下さい! 応援してます!」


 デッパが門の所まで見送りにきてくれた。両腕にはお客さんから預かったのだろう荷物を抱えている。従業員数人が急に体調を崩してしまったらしく、デッパは一日中宿の手伝いをしていた。将来のこともあり、昔から手伝いをしていたらしく、宿の制服を着たその格好はとても様になっていた。


「痩せ薬は俺のもんだ! 任せとけっ!」

「……頑張ります」


 ビジョンは昨日、仲良くなった町の女の子と今日は一日中デートらしい。お前は何しに町に来たんだよ、剣の練習しろよ。しかも、金が無いからデート代は女の子持ちなのだそうだ。……碌でもない貴族だなあいつ。

 だけど剣の練習をしろと言えば「恋は人を強くします」とか言い返された。ロコモコ先生に歴史に名を遺すぐらいの恋愛脳と言われた俺は何も言い返すことが出来なかった。むしろ、確かになと納得してしまった。


「行きましょう、スロウ様」


 俺はシャーロットと二人、宿を出る。

 昨日下見をしたから既に場所は分かっている。

 石畳の道を歩きながら、陽の光を感じる。道の両側に立ち並ぶ雑多な露店をチラ見しながら、シャーロットが最近読んでいるらしい物語の感想を聞きながら歩く。

 とっても幸せだった。




 巨大なテントを張っただけの会場は大勢の人で溢れていた。

 ずんずんと中心部に向かって人を押しのけていく。面倒だから学園の制服を着ていた俺を大勢の平民の見物客がじろじろと見て声を上げていた。「あれ豚公爵だ! 本物だ!」「あれ? でも前見た時より痩せてない?」「でも大食い大会に来るってことはさすが豚公爵だな」、違う! 痩せ薬を手に入れるために来たんだよ俺は!

 というか大食い大会の商品が痩せ薬ってやっぱり可笑しいだろ!

 企画者は誰だよ! 


「スロウ様。あそこみたいです」


 テントの中心部に机が並べられていた。参加者にはそれぞれ一つ机が割り当てられ、そこで周りの観客に見守られながら食べるみたいだ。

 滅茶苦茶食ってやると闘志をみなぎらしていると、誰かが俺の背中にぶつかってきた。

 何だ? 振り返れば、一人の女の子が息をハアハアと切らしながら俺を睨みつけていた。


「……豚のスロウ!」


 俺の元婚約者。

 サーキスタ共和国の最後の王族。

 アリシア・ブラ・ディア・サーキスタ

 亜麻色の長い髪を縦ロールにし、パッチリとした二重まぶたとすべすべの白い肌。小さな顔に気の強そうな目が俺に向かって何かを言いたげにしている。大食い大会だってのに白い清潔感溢れる格好をしていた。

 昔は俺に張り上おうとして、空回りばかりしていた女の子。


「豚のスロウ! 何でアナタがここにいるんですの!」


 口を尖らしてつんつんと叫ぶ。

 何だかその口調が懐かしく感じて、思わず口元が緩んでしまった。

 

「アリシア。大食い大会の商品は優勝賞品は美容薬だけど、二位商品が何か知ってるか?」

「二位の商品? ええっと……何でしたかしら……そう、痩せ薬! って何でですの!? 豚のスロウが何で痩せるんですの!」


 アリシアは理解出来ないと言った様子で俺を睨みつける。

 そのつんけんとした顔を見て、俺は不意にアニメの脚本家が言っていた言葉を思い出した。『アリシアを狙っていた傭兵がいたでしょ。でもあれ、途中から出なくなりましたよね。実はあれ、豚公爵が倒してます。風の大精霊アルトアンジュの、あ、この名前は出しちゃいけませんでしたね。豚公爵はとある精霊さんの力を借りることなく、自分の力だけで顔の無い女を倒しました。ほんとにいつか豚公爵のスピンオフ、やりたいですねぇ。傭兵、アニメでは全力を出していませんでしたが本気になれば滅茶苦茶強いです』


「豚のスロウ! 答えなさい! 何で今更アナタが痩せようとするんですのっ!?」


 アリシアを守り切った豚公爵の気持ち、今の俺はよく分かった。

 

「それは……」


 ぐーぎゅるぎゅるぎゅるぎゅる。

 また腹からすごい音が鳴った。

 周りの観客が音の震源地を探して俺を見つけると納得したような顔をしていた。おい、どーいうことだよそれは。結構痩せたんだぞ、俺は。


「アリシア。今、ちょっと腹が減り過ぎて死にそうなんだよ。悪いけど、また後でな」

「な、何でですの! やっぱりあの噂は本当だったんですの!? あ、こら、豚のスロウ! ちょっと待ちなさい!」


 人を掻き分けて、自分の名前が書かれた紙が置かれている机の席についた。

 会場の熱気はムンムン。誰が美容薬を手にするのか、観客は興味深々のようだった。

 参加者は十組くらい、絶対に負けないぞ。


「豚のスロウ! 答えなさいですわ!」


 ……お前達が隣の机かよ。

 そしてアリシアの隣にはアニメ版主人公であるシューヤが座っている。

 燃えるような赤い短髪のシューヤは俺と同じように学園の制服を着て、机の上に置かれた水晶玉を見ながらぶつぶつと呟いていた。観客の人たちはあの貴族の男の子を何をしてるんだ? とざわざわしている。


わかる、わかる……いや、水晶が曇っている……わからない……。この勝負はオレと、豚公爵の戦いになる……? 豚公爵に気を付けろ……? 滅茶苦茶気をつけてるけどな……今だって目を合わせないようにしてるし」


 シューヤは絶対に俺を見ないようにしていた。

 悪かったよ、もうお前に絡まないよ。


「豚公爵は変わった……? いや、それは噂の話だろ……ああ、水晶が曇ったままだ! ……もうイイ! 今のオレにはわからない! 豚公爵が近くにきて全然、わからなくなった! だけど、そんなことはどうでもいいんだ! オレはダリスに輝く赤き刃! それだけわかれば充分だ! 美容薬はオレが頂く! オレは変な女から解放される! この戦いでオレは自由になるってことはわかるってるんだアアア!!!」


 突然騒ぎ出すシューヤに観客も「おい、あいつやる気マックスだぞ」「おー! 頑張れよー!」と同調して、熱狂のおけたびをあげていた。

 ああ、そうか。

 シューヤは第二学年になった当初、廊下でアリシアとぶつかってアリシアが買ったばかりの高価な花瓶を割ったんだよな。今は借金返済中か、ご愁傷さま。アリシアは金に関しては結構厳しい。なけなしの小遣いを美容に使いまくってるからな。正直、そこまで美容に金をつぎ込まなくても今のアリシアは充分可愛くて美人だと思うけど。

 それに、もう俺の婚約者でもないんだから。


「豚のスロウ! 豚のスロウ! 質問に答えなさいですわ! 何で今更痩せようとするんですのっ! アタシがあれだけ言っても痩せようとしなかった癖に!」 


 だけど、俺はそれぞれの机に置かれていく肉が挟まれたサンドイッチに釘付けだった。

 メッチャ美味しそうだ。早く食べたい、早く食べたい。

 悪いけどアリシア、お前達に勝ち目はないぞ。

 しょっぱなから俺は全力で行く。本気の豚公爵様を舐めるな……! ……ぶぅぅぅ!


「皆さん、席に付かれたようですね! それでは今から大食い大会の説明を始めます! 制限時間は十五分間! 牛鳥肉のサンドイッチを食べ終えたらすぐに手を上げて下さい! 係の者が追加を持ってきます!」


 うおおおおおお!

 牛か鳥か知らんけど、肉うううう!!

 俺は豚になるぞおおおお!!!

 ぶっひいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!

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