15豚 秘儀・豚被り!

 ぶるっと身震いする。

 クルッシュ魔法学園第二学年の夏、今の時期で大きなイベントはアニメに無かった。

 地道に学園で更生していても、噂レベルでしか俺が変わったと広がらない。しかもそれは学園内限定での話だ。

 だから学園長の言葉はすごく魅力的だった。

 でも最高の舞台って何だろう? それにどうして学園長が俺の更生に協力してくれるんだろう。

 

 重々しい空気が廊下に流れる中、俺を縛り上げている先生が先に声を上げた。


「……なぁ、最高の舞台って何だ?」

「……俺が知るわけないじゃないですか」 


 ていうか、先生。

 早く拘束解いて下さい。


「……デニング、学園長の次は俺からお前に聞きたいことがある。何故、豚被りしてやがった?」

 


   ●   ●   ●



「はあ!?? 神話レベルの恋愛脳だろっ! それは!」


 俺は先生に連れられて、ヨーレムの町の飲み屋街、深夜でもひっそりと営業している屋台に来ていた。ここはアニメで先生が生徒達をよく連れてきていた屋台だ。何だかちょっとだけ感慨深い。


「政略結婚が嫌だから無能装って、豚被りしてたってかー!? 相手は誰だ?」

「言えません、平民ですよ」

「おいおいーやっぱり神話に出てくるレベルの変人じゃねーかお前。デニング公爵家直系男子の政略結婚は世界的にも有名だけどよー。神童とまで呼ばれたガキが、好きな子がいるからって豚になる奴がどこにいるんだよー。あー、面白い話が聞けて酒がうめえ。堕ちた神童の理由が実は色ボケだったとはな。まさかデニング公爵家からそんなすごい役者が生まれるとは誰も思わないだろ。これは伝説になる気がするぞー」


 ダリスの防衛を担い、軍部の重鎮を多数輩出してきたデニング公爵家。

 デニング公爵家直系男子はそのために自由な婚約など絶対に許されない。男のみならず女として生まれた者も当たり前のように他国や軍部と結びつきの強い貴族の子弟と結婚していく。


「で。お前これからどーすんだ? 公爵に謝るのか? 豚被ってすみませんって。俺も軍にいた時バルデロイ公爵の激怒エピソードは耳にタコが出来るぐらい聞いたことあるけどよー。正直、その平民に身の危険があるレベルだから公爵には絶対に名前を言わない方がいいぞー。……うわあ想像したくないなあの化け物がそれを知った時の姿は」


 ロコモコ先生は酒を飲んでいるというのに、両腕で自分の身体を抱きしめた。

 何か軍にいたころ嫌な思い出があるらしい。俺も寒くはないというのにブルブルと震えてしまう。

 俺の父上、ダリス王国を支える重鎮中の重鎮。

 バルデロイ・デニング。

 伝統を何よりも大事にし、自ら軍を率いて帝国と幾度も渡り合った歴戦の猛者。


「先生、俺どうすればいいですかね? あっ、この話。父上にはしないでくださいね」


 俺の幸せは突き詰めてみると非常に単純なものだ。

 シャーロットとずっと一緒にいる。うん、一言で言えるほど程簡単なものだ。

 だが、その壁がでかすぎる。

 バルデロイ・デニング。

 つまり俺の父上だ。

 立てた勲功は数知れず、ダリスの女王ですら意見を伺ってしまうガチガチの武闘派。サーキスタの王女。つまりアリシアとの婚約が破棄された時、死ぬほど殴られた記憶を思い出す。


「は、はあ!? お前、俺に恋愛相談ってかあー? それにこんな話、公爵に言えるかよ! 怒りの余波で俺が殺されるだろ!」

「……ですよねえ。あー、大根うめえ。でも、やっぱり肉食いたいぶぅ。おっちゃん、肉はー? ……おっちゃんー?」

 

 屋台のおっちゃんは立ちながら眠っていた。

 営業しながら自分も酒を飲んでいたようで幸せそうな顔で呆けている。

 起こさないでおこう。……うぅ、肉が食べたかった。


「女王ですらあの人に頭が上がらないって話だしなー。でもデニング、オマエ昔は溺愛されてたんだろ? お前が言えば何とかなるんじゃないか? それこそお前は神童だったろ。次代公爵最有力候補と言われたお前なら許される……いや、無理だなー」


 確かに俺は父上から溺愛されていた。

 でも、従者が好きだなんて言った瞬間に、俺にはフルボッコにされて帝国との最前線に送られ、腑抜けた根性を叩きのめすための戦いに明け暮れる未来しか見えなかった。


「絶対に無理です。もし俺が当主になり平民と結婚すれば兄弟や親族が俺に付いてきませんよ。デニング公爵家分裂の危機です」

「……お前も大変だったんだな、同情するぞ……。だけどあの公爵を認めさせようと思ったら並大抵のことでは無理だなー。公爵が得た以上の勲功を得るとかな。まあ公爵自身が防衛戦とか伝説レベルのでかい戦果を上げてるから、あれ以上のものだなー……」


 俺の父上、バルデロイ公爵の代名詞たるダリアン平原防衛戦。

 数百人の兵士と共に自らが殿を務めて数万の帝国兵やモンスターを足止めした戦いは伝説だ。


「公爵も認めざるを得ないような勲功……それこそお前の力で世界を平和にするとか。デニング公爵家が政略結婚をせずにすむような世界にするとか、な。うわー、自分で言っときながらとんでもない話だなーそれは」


 ロコモコ先生は笑いながら世界平和サイコーと騒いでいる。半分眠っていた屋台のおっちゃんも寝ぼけながら平和が一番ですと相槌を打っていた。

 全く、俺は一人ですっごい悩んでいたっていうのに。

 幸せそうなこの人たちを見たら自然と笑みが浮かんでくる。


「世界平和ですか……。でも先生に話せてよかったです」


 一気に気が楽になった。

 誰かに本心を話すっていいことだな。


「あー、そう言えばデニング。お前、最近この町でモンスターを呼び寄せる香水ってのが裏で流通してるらしいんだが、それについて何か知らないか? 実はそれを調査するよう王宮、いや、昔のツテから頼まれてな」

「……」


 知ってるというか、持ってます。しかも匂いや味まで分かりますよ……。

 黒い豚公爵だった時の俺は町の売人から買っただけだけど、その裏には黒幕として一人の商人がいることをアニメ視聴者の俺は知っている。

 でも、アニメでは悪役としてほんの一瞬登場したぐらいの小物だ。名前はええと何だったかな。うーん、思いだせないけどお店の名前は確か……。


「風の噂で聞いたことがありますよ先生。確か店の名前は……」

「ええ!? ほんとか、デニング!!」


 俺は先生に情報を提供した。

 といってもおぼろげな店名ぐらいしか覚えてないから、間違ってても文句は言わないで下さいよ先生! 

 

 うーん。

 他に何か今でも役に立ちそうなアニメ知識無いかな。頑張って記憶を辿れば絶対に使えるやつがあるはずだ。

 ちょっと今度、紙にでも覚えてる事全部書き出してみるか!



   ●   ●   ●



 後日、ひっそりと一軒の店が潰れ、危険な香水を扱っていた商人がダリス王国の牢屋へと入った。

 元、王室騎士ロイヤルナイトによって挙げられた手柄。

 モンスターを引き寄せる香水、帝国が利用しそうな代物が国内で流通していた事実に王宮は騒いだ。

 そして、その事件解決に情報を提供した一人の名前を見て治安維持を担当している者たちは目を丸くした。その名前から、かつてダリスの今後を担うとまで言われた神童の姿を思い出したからだ。

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