14豚 遂に来た! 主人公イベント到来である

 俺たちは和やかに食卓を囲んでいた。

 ここはデッパの両親が経営している高級宿『茶色の朝』の一階だ。自室で食事を取ることも出来るが、一階は宿泊客以外でも利用出来る食堂にもなっていた。俺たち以外にも大勢のお客さんが晩御飯を食べているが魔法学園の制服に刻まれた紫のライン、貴族の証を見て彼らは目を丸くしていた。

 食卓を囲むデッパが本当にビジョンのことを好きらしいメイドの名前を何人も上げている。 

 ほれ見たことかと、ドヤ顔でビジョンは俺を見ている。クソ、何でお前がモテるんだよ。ただの貧乏っちゃまだろお前は! 全然悔しくなんかないぞ!


「スロウ様! ロコモコ先生に買ってもらった剣を見ますか? 部屋から取ってきましょうか?」


 ビジョンはロコモコ先生に買ってもらったらしい剣に大層喜んでいた。

 さっきからことあるごとに俺にその剣の素晴らしさを伝えようとする。知らないよ、身振り手振りで説明されても変な踊りにしか見えないぞ。だから、モテるとか嘘つくなよぶー!


「でもお前に剣なんか使いこなせんの? 貴族で剣術の成績良いやつって少なくない?」


 剣術と体術は平民の武器だ。

 その代わり、魔法と座学は貴族の歴史、技だ。

 だから、稀に剣術を極めて魔法も使える平民は滅茶苦茶重宝される。そういった人材を輩出したいがために魔法学園は平民も受け入れていた。


「そこそこってところです。今までは魔法ばかりに力を入れていたのですが、これからは剣術と両立してやろうと思います。あっ、スロウ様。その肉は僕のものです。貴方にはダイエットを早く終わらして、豚公爵から卒業してもらわないといけませんからね。友として貴方が肉を食べるのは見過ごせません」


 てめぇ……。

 俺はビジョンを睨みつけた。ランニングには協力しないくせに、俺から肉を奪う気か! デッパを見習え! ちゃんと朝早くランニングに付き合ってくれるんだぞ! さらにマッサージもしてくれるんだぞ! 最高の気持ちよさなんだぞ! 思い出したら眠くなってきたぶっひい!


「スロウ様! こちらがダイエットに評判の海藻です!」


 デッパ……お前もか。肉食わせろよ肉。


「でもデッパ。お前結構いいとこの子供だったんだな」


 『茶色の朝』はヨーレムの町でも高級と評される宿だった。大半の客は裕福な平民だが、時折貴族も訪れるらしい。

 入り口には小さいが門があり、剣を帯刀した平民の傭兵が門番として二人立っていた。客足も上々みたいで、最上階を俺と先生だけにしてもらったことが申し訳ない。

 けれど、そんなことお構いなしなようでデッパの両親からは熱烈な歓迎を受けた。

 一人息子がクルッシュ魔法学園で貴族の友達が出来るとは思ってはいないようだった。本名を告げるとデッパの両親は俺に恐れ戦いていたが、これからは真面目になることを伝えるとサインをしてくれと頼まれた。俺が有名になったら店に飾るらしい。今飾ってもいいよと言ったんだが、店の評判を落とすからと断られた。ひどすぎる……ぶぅ。


「それにしてもロコモコ先生はどこに行ったんだ?」

「知り合いに合うとかで飲みにいきましたけど、夜には帰ってくると思いますよ」

 

 出来れば素面が良かったけど、仕方が無い。

 そして、町の安全を確かめていた大精霊さんはというと、食堂の奥で料理長を手伝っているシャーロットに付きっきりだ。シャーロットは密かに料理が趣味なので手伝いたいと言い出したのだ。その熱意を見て料理長は快く承諾してくれた。うーん、でもあの目は正直見惚れていた気がするぞ。

 まあ大精霊さんが付いているならこれ以上の安心は無い。

 俺はこっそり肉に手を伸ばすと、直前でビジョンに取られた。ぶぅ……。


「あっそう言えば、町でサーキスタの王女プリンセスを見ました。名高い美の探究者、確かスロウ様の元婚約者フィアンセですよね」

「ええっ!? 王女様が婚約者!? 本当ですか!?」


 クルッシュ魔法学園の女子寮五階に住む、サーキスタ共和国の第二王女プリンセス

 あいつは昔、風の神童と呼ばれた俺の婚約者であることが鼻高々だってみたいだなんだけど……いつからかあの豚と結婚は嫌だと泣き喚かれ、婚約を解消されたのだ。 

 

「……美の探究者ねえ」


 そう呼ばれているが、あいつが美を求めるようになったのは俺が原因だ。

 あいつは俺と親しくなるにつれて、俺に対してかなりの劣等感を持つようになった。だから、あいつは世界で一番美人になって俺が自慢出来る奥さんになるとよく俺に宣言してた。

 その反動か、豚公爵になった俺のことを豚のスロウと呼んで蔑んでいる。何度、風呂上がりのあいつの髪を梳かしてやったか分からないってのに、悲しいなあ。

 俺の婚約者であったことがあいつの黒歴史のようだ。


「スロウ様が豚じゃなくなったら、再び婚約されるんですか?」

「するわけないだろ。おい、ビジョン。お前ただだからってよく食うし、口も悪くなったな。二代目豚公爵の名前はお前にやる。今、決めた」


 俺は肉に手を伸ばす。あっ、また取られた。ぶぅ……。


「スロウ様は海藻です」

「おい、貧乏っちゃま。お前、本当にズバズバ言うようになったじゃないか」


 俺のことを憧れだとか言ってたお前はどこに行ったんだよ。


「貴方が更生するに全財産を掛けた僕の気持ちを考えてください。それに大食い大会で優勝するなら今力を溜めないといけませんよ」


 あれだけあった料理の山がどんどん減っている。

 俺は涙を流しながら、来るべき大食い大会に向けて力を蓄える。 

 ……いや、やっぱ食べたい。俺の前でパクパクパクパク食いやがって! それに全財産って全部俺の宝石だろ! 自分の金みたいに言うのはやめろ! くそ、じわじわと黒い成分が身体に溜まっていくぞ、ズズズ、ズズズ、あっ、やばい、黒い豚公爵に戻りそうだ……ん?

 

「…………あー、悪い、俺は部屋に戻る、用事が出来た」


 精霊が風の大精霊さんからの伝言を俺に伝えてくれた。

 ロコモコ先生が帰ってきたって。



   ●   ●   ●



 俺と風の大精霊さんはこれからの対応を話し合った。

 風の大精霊さんからの要望は単純だった。

 俺が表舞台に出るのはいい。だけど、風の大精霊アルトアンジュが俺の傍にいること、それとシャーロットの素性は今まで通り隠し通したままと厳命された。


 大方、予想通りの反応だ。

 話し合いが終わると風の大精霊さんはシャーロットの部屋でごろごろするにゃあ、ねるにゃあと言って出ていった。

 ったく、ほんとに自堕落な大精霊だな。

 昔の威厳はどこに行っただよ。



   ●   ●   ●



 皆が寝静まった深夜に俺は部屋を出た。

 今、ロコモコ先生は部屋にいる。酒に酔ってぐでんぐでんで帰ってきたから、眠っているかもしれないな。五室しかない『茶色の朝』の最上階、両端の部屋を俺と先生が使っていた。

 覚悟を決めて、俺は先生のドアを叩いた。


「はーい。誰だー、酔ってるぞー。ふらふらだぞー」


 声が聞こえる。

 調子良さそうだ。でも、酒に酔ってるのは本当みたいだな。


「俺です。デニングです」

「デニング? どこのデニングだー?」

「豚です」

「あー。ちょっと待てー」


 暫くして、がちゃりとドアが開く。

 べろべろに酔って、顔を赤くした先生が出てくた。うっ、酒臭い。足元もおぼつかないし、これは相当飲んできたみたいだな。というか豚で分かるって何だよ! これはまじで早く痩せなければ! ダイエットを開始して三週間近くが経過した! 制服もまた一つサイズが小さくなったし、もうすぐ既製制服の最大サイズで対応出来るようになるぞ! 豚卒業の日は近いのだ!


「何だ、デニングー。先生、酔ってるから明日にしてくれー」

「ロコモコ先生。前に授業で言ったましたよね?」

「あーん、なんだー?」


 ふらふらと揺れる先生は俺を見つめる。

 

「記念すべき30回目。先生はしっかりと答えに気付いていたみたいですね」


 さあ、話し合いをしましょう。

 それはきっと、俺がまずやるべきことだから。


「……へー、爺の言う通りじゃねえか」


 ロコモコ先生が笑い、纏う気配が変わった。目をかっと見開き、上着の裾から一瞬で杖を取り出す。呪文を唱えながら俺に向ける……? なにっ、この場で魔法を使うつもりか!? 相殺しようと俺も杖に手を伸ばした。駄目だ、間に合わない! っち、こんな場面でアルトアンジュの力を使う訳にも行かない!

 

「土よ水よ、聖なる泥を! 生意気なクソガキを縛り上げろッ! 泥捕縛ミックスバインドッ!」

「……くっ」


 土と水で合わさった泥の縄で俺はガッチリと拘束された。

 こんなもので俺を縛るつもりか。杖が無いからといって、俺が何も出来ないと思うな。

 俺はロコモコ先生を睨みつけた。先生はがしがしと頭をかいて、溜息をついている。それはこっちの気分だ。俺は穏便にいくつもりだったんですよ先生。


「クソ、一気に酔いが醒めた。生徒だがお前相手に手加減をすれば俺がヤバい。これは忠告だ、スロウ・デニング。決して今、魔法を解こうとするな。お前には授業中、生徒の暴走を何度も救ってもらった。俺個人としてはお前に大きな借りがある。だが、それとこれとは話は別だ。きびきびと俺の質問に答えてもらうぞ」

「……やりますね先生……いや、これは貴方だけの力ではありませんね」


 やばい。

 王室騎士ロイヤルナイト、舐めてた。 

 これはただの泥捕縛ミックスバインドじゃない。恐らく、風に特化した魔法使いを捉えるために時間を掛けて練り上げられた土と水の混合魔法っ。だけど、これは先生だけの力じゃない。強力な水の精霊が力を貸している。クルッシュ魔法学園にこんな強力な水の精霊の使い手はいないはずだ。

 ……いや、一人いた。

 俺は思い当たる。

 そういえば王室騎士ロイヤルナイトとして働いていたロコモコ先生は学園長が引き抜いたって話だ。


「まずは学園長からの伝言だ。俺は爺から言伝を一つ預かっている」


 クソ、抜け出せない。ロコモコ先生、飲みに行ってフラフラになって帰ってきたのも全て演技ですか。完全に俺を待ち構えていたっぽいな。でも、さすがだ、全く気付かなかった。

 先生はあーあー、声を調子を整えていた。ぶぅー酒臭い。酔いなんて全然醒めてないでしょうあなた。

 それに学園長から俺に言伝? 何でだ?


『学園史上、最大の問題児として名を馳せた豚公爵。いや、堕ちた風の神童スロウ・デニング


 え? 全然学園長の声と似てないですよ先生。あの人の声はもう少し高い。

 それより俺って長い歴史を持つクルッシュ魔法学園でも史上最強の問題児なのか?

 やばすぎだろ。何だか俺の想像以上に俺って問題児だったみたいだな。そりゃあ、賭けでも更生しないが大半を占めるか。


『単刀直入にいこう。君が偽りの仮面を捨て、神童から成長した姿を見せてくれるなら―――』


 ……学園長。

 俺は舞い戻る気満々です!

 学園長には学園史上最大の問題児が世界に羽ばたく姿を特等席で見てほしいと思っている。

 何故なら豚公爵が入学試験を受けるらしいとの噂が広まった時、大多数の反対を押し切って悪評高い俺の入学を認めてくれたのは学園長なのだ!

 

『―――学園長として、ワシは君に最高の舞台を提供したい』


 ……ん?

 これは……!?

 主人公イベント……じゃないかっ!! 

 きたああああああああああああああ!!!!

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