13豚 アニメ版主人公、到来!

「デッパ様。私はあの終わり方が好きです。皆、幸せでほっこりします」

「で、でもでもシャーロット様! やられたらやり返さないといけませんよ! 可哀想です! 胸にもやもやが残ったまま終わるのはダメです!」

「置いて行かれる側からすれば悲しいです……」


 俺が目を覚ますと、シャーロットとデッパは何やら本の感想を言い合っていた。今、この国で流行っている物語みたいだ。


「うーん。でも主人公は折角力があるんだし、隠したままにするのは勿体ないと思います! 僕なら戦います!」

「デッパ様は根性があるのですね。私にはないものだから……少し、羨ましいです」

「はい! 根性しかないって親からも言われます!」


 俺は二人の声を聞きながら、外を眺める。

 森に囲まれたこの街道はヨーレムの町とクルッシュ魔法学園を繋ぐ一本道だ。

 道中、恐らくはクルッシュ魔法学園に食料などを運んでいるのだろう荷馬車の一団とすれ違う。

 大人と共に御者台に座っていた小さな子供が俺達が乗っている馬車に向かって手を振ってきた。

 馬車の中から俺が軽く振り返すと、子供がギョッと固まった。

 おい、その反応やめてくれ。

 デブだからか? 俺が豚だからか? 悲しいなあ。


「スロウ様。どうして笑っているんですか?」


 シャーロットが不思議そうに俺を見つめていた。

 馬車の中でもシャーロットは姿勢を正して、座っている。育ちの良さってのはこういう所で現れるんだよなあ。デッパは最初は俺たちの傍にいて緊張しているようだったが、今はリラックスしている。いいことだ。


「シャーロットがそんなに楽しそうに誰かと喋っているのを初めて見たからだよ」


 その言葉に、シャーロットは顔を赤くした。


「デニング様! シャーロット様はすごいですよ! とっても博識です! 流行っているものから、古い物までなんでも知ってるんです! 」

「……暇な時間が沢山あったんです。私は外に出る方でもありませんし」


 うん、引き籠りお姫様プリンセスを大食い大会に連れ出すのには苦労したぞ。

 最終的には痩せたい! 楽して痩せたい! 大食い大会は男女での参加だからシャーロットが協力してくれないと痩せれない! 俺は一生、豚なんだああああ!!! なんて泣き落としを使ってようやく連れ出すことに成功したぐらいだ。

 ちなみにシャーロットは騒ぐ俺を見て呆れていた。


「折角の機会なんだし、一緒に頑張ろう。俺が細マッチョになれるかはシャーロットがどれだけ食べれるかに掛かってる」

「せ、責任重大すぎますそれは……」

「応援します! お二人とも頑張って下さい!」


 絶対に負けない。

 大食い大会二位の賞品、痩せ薬をゲットしてやるのだ。そのためには一位の参加チームとの絶妙な駆け引きが必要になる。一位にならずに二位を目指す。

 難しいけど覚悟は出来てるか? 俺は出来てる。シャーロットはまだ出来ていないみたいだ。

 俺が一人で闘志を燃やしていると、御者のお爺さんからもうすぐですよと告げられた。

 馬車の外を確認すると景色も緑ばかりの光景から、ちらほらと街道を歩く人々の姿も見える活気のあるものへと変わっていた。


「ん?」


 そこで、ぶるっと身体が震えた。

 とてつもなく嫌な予感がする。


「あ」


 窓の外で一頭の馬に相乗りし、俺たちが乗っている馬車を追い越そうとする男女の姿が見えた。

 凄いスピードでヨーレムの町に向かっている。

 黒い豚公爵から白い豚公爵へと変貌を果たし、これから表舞台で大暴れしてやろうと考えている今の俺でさえも、その光景に震えてしまった。


「遂にオマエが来るんだな」


 ワクワクするような武者震いだ。

 馬を操っているのは短い赤髪の男、その背に亜麻色の髪を豪勢な縦巻きロールにした女の子がしがみ付いている。


「……アニメ版主人公シューヤッ」


 燃え盛る熱いシューヤの横顔を見た瞬間に、俺は理解した。

 今までのモブキャラ主人公だったシューヤとは全く違う。

 楽しそうな笑顔を顔に張り付かせて、ヨーレムの町に向かうその姿。

 圧倒的な存在感、人を引き付けるカリスマ、昨日までとは全く違う。


「今の俺に、お前に負ける要素は一つも無いッッ」


 ああ、認めてやる。 

 やっぱり、俺の物語にはお前無しでは語れないんだな。

 やっぱり、俺の物語ではお前を素通りすることなんて出来ないんだな。

 だけど俺の物語にお前の入る余地なんて無い。

 それでも乱入するって言うのなら。

 俺が認めるぐらいの熱気を見せて、世界へ宣言しろッ。

 アニメ版、主人公ッッ!!!



わかる、わかる、わかるっ! 美容薬を求めて猛者達が町に集めっているのがオレには視(わか)るッ! だけどオレは負けないッ!! オレが、オレこそが、ダリスに輝く赤き刃ッ! オレは負けないッ! 誰にも負けないッ!! 大食い大会に優勝して美容薬を手にするのはオレたちだアアアアア!!!」



 すごい速さでヨーレムの町へと駆けていくその姿。 

 駆け出す馬もその熱気に魅せられている。街道を歩く人たちも呆気に取られている。人を惹きつけるカリスマが今のシューヤには確かにあった。


「すごい声……。あれ、スロウ様? どうして笑ってらっしゃるんですか?」


 俺が参加する大食い大会。

 優勝賞品は肌をすべすべにさせる美容薬。

 各国で大流行し店に並べば即売り切れ。町娘から貴族も求める夢のアイテム。

 もし一位になったらシャーロットにあげようと思っていた。

 ああ、そうだ。

 完全に見落としてたよ。

 このイベントではお前達と会うことはないと思っていた。

 オマエは男だし、美容薬や痩せ薬に興味が無いと思っていた。

 でも、確かにお前が欲しがりそうな商品だよな、俺の元婚約者!

 いや、アニメのメインヒロイン!!!



「さあっ行きますわよシューヤ! アタシが求めるものがそこにある! アタシの美を高めるものがヨーレムの町にある! 美の探究者たるこのアタクシにこそ相応しい! ああもう居ても立っても居られませんわ! シューヤ! こら、シューヤっ! もっと飛ばしなさいっ!」

「おいやめろって! 馬に乗りながら動くな! お前の唐突な行動はわからないんだよ!」



 男子寮二階に住む男爵の嫡子。

 どこまでも熱い叫ぶ男。

 燃え盛る短い赤髪がトレードマーク。

 誰が言い出したか、百発百中の熱血占師ファイアー・ディヴァイナー

 主人公止めて占師なれ、と言われたオマエこそ。

 大人気アニメ「シューヤ・マリオネット」のおもしろ占い主人公!

 俺は窓から顔を出し風を感じならアニメ版、主人公の後姿を見た。



わかる、わかる、わかるっ!! 何かが起こる! ヨーレムの町で何が起こる! 輝かしいライバルか未来の仲間かっ! オレにはわかぁる! ヨーレムの町に皆が求める美容薬があるのは分かってるんだアアアア!!!」

 


 ああ、そうだ。

 これは俺だけの物語じゃなかったよな。


「はは! 最高だ、やっと俺はそっち側にいけるんだな!」


 オマエの煌めく横顔と零れる汗を見て、俺は気付いた。

 今までの物語は豚公爵である俺だけのもの。主人公は一切出てこなかった。


「本当の俺の物語は、ここから始まるんだなッ」


 俺が何の障害も無く主人公になれるなんて、勝手な話だ。

 シューヤ・ニュケルン!

 この物語は火の大精霊と共に世界を救う、お前の物語でもあったよな!

 心に風が巻き起こる。

 豚公爵の心が叫んでいる。

 俺たちの心が叫んでいる。

 これは俺とシャーロットの物語だって。

 小さくなる後ろ姿を見つめながら俺は自分の気持ちを奮い立たせる。

 俺はもう黒い豚公爵じゃないから、助けてもらうことを躊躇わない。


「シャーロット、デッパ! 俺に力を貸してくれ! 俺は負けない……負けたくない、アイツだけには負けられないッ! 大食い大会だからって俺はアイツだけには勝利を譲れないッ!!!」


 俺は生涯、守ると誓ったお姫様プリンセスを見つめる。

 君と出会ったあの日、俺は世界を滅ばさんと怒り狂う風の大精霊アルトアンジュに『―――必ずこの子を守り抜く』と誓ったんだ。


 そして、いつの日か誓いは願いへと昇華されていった。


 ”俺はシャーロットと幸せになりたいって”


「本気になったスロウ様が負けるなんて私には想像出来ません。でも、私の力が必要なら……私は何だって貴方に力を貸します! 私はスロウ様の従者ですから……!」

「スロウ様! あっ、馴れ馴れしくすみません、デニ……いえ、スロウ様ッ! 勝ちましょう! 魔法だって大食いだって、スロウ様は絶対に負けません! だってビジョン様が語る話の中の貴方は最強なんですから!」


 俺はやっとアニメ版主人公シューヤとの物語、今そのスタートラインに立ったと感じる。


「俺が、白い豚公爵様こそが本当の主人公なんだよッ!」


 白い豚公爵になった俺はもう誰にも負けないつもりはない。

 これは俺の物語であり、俺の成り上がりだ!

 まずは大食い大会で勝負を決める! 10倍の差をつけてオマエに、いや、シューヤに勝ってやる!

 俺の胃袋は無限だ! デブッちょ豚公爵様を舐めるな!! 

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