12豚 友達と旅行! 友・達と旅行!
朝日が顔を覗かせる時刻。
沈黙と静寂に包まれたクルッシュ魔法学園、寂れた研究棟の周りを走る汗だくの豚がいた。
「ぶおーん、ぶおーん」
俺は泣きながら走っていた。この身体に取ついた脂肪を取り除く苦労は並大抵のものじゃない。けれど、俺は身体を苛め続ける。目に見える劇的な成果はすぐには望めないけど、醜い体系は確実にシェイクアップしていた。
よっしゃ、行くぞ”!
「ぶぶぶぶぶ、ぶぶぶぶぶ」
ダッシュだ!
短い距離だが俺は全力でダッシュが出来るようになったのだ! 今までは膝に負担が掛かるからゆっくりと走っていた! けれど、今の俺は違うぞ!
「ぶぶぶぶぶ、ぶぶぶぶぶ」
もっかいダッシュ!
筋肉が悲鳴を上げている! 脂肪が消えたくないと叫んでいる!
悪いな、もうお前らとはお別れなんだ! おっしゃ、トドメのもういっちょダッシュ!
「ぐええ、ぐええ」
ぜーはーと息を整えると、こちらに走っている誰かの足音が聞こえた。
規則正しいリズムはその人が持つ芯の強さを表しているようで。
「デニング様ッ! 手配が出来ました! うちの宿の最上階はデニング様と先生だけにしました!」
朝日の光を背に受けて、俺に向かって声を張り上げている。
あどけない童顔でくしゃくしゃ茶髪、背丈の低い男の子。
俺の二人目の友達、デッパだ。
「助かるっ! 本当に色々と無理言ってごめんな!」
「お安い御用です! デニング様には魔法の練習を手伝って頂いてますし、家族も喜んでます! あっ、ランニングお供させてください!」
「おーい。何で俺とビジョンが馬で生徒とその従者であるお前らが馬車なんだよ。この扱いには先生もちょっとおかんむりだぞー」
馬車の中で俺たちはくつろいでいた。
二頭の馬を連れた御社が俺たちが乗った馬車を引いていた。
窓から馬に跨っているビジョンとロコモコ先生を見る。最初はアフロの先生を見て馬の方がびびってたが、今は落ち着いている。さすが元、
「俺の体格で馬に乗れると思いますか? それに宿代ただなんだから文句言わないで下さい」
「最近のお前ならいけるんじゃないのかー? 先生達の間ではお前が変わったって評判だぞー? それに結構痩せたしなー」
「まだまだ俺はガチデブですよぶう」
結構な金を使って馬車を借りた。
でもビジョンに宝石を渡して豚公爵が更生するに賭けさせたから問題無い。結構な人数が賭けをしているらしく、しかも大半が更生しないに賭けられていたので、後で莫大なお金が転がり込んでくる予定なのだ。
どんだけエンターテイメントをこの学園に提供してんだよ俺。
クルッシュ魔法学園の、いやダリスのエンターテイナーって呼んでほしい。
「それでお前たちは大食い大会だったかー? デニング、お前余計太るんじゃないのかー?」
「大食い大会の二位賞品は痩せ薬です。俺がダイエットしているのは先生も知ってるでしょ?」
「応援はしてるけどなー。じゃあ、先生達はさきに言ってるから。お前たちは後から付いて来いよー。先に宿に行ってるからなー」
二人は馬に乗って街道の向こうへと掛け出す。
いつの間にか本当の子弟関係を築いているみたいだった。
……許せよ主人公。
別に俺はオマエが特段嫌いってわけじゃないんだけど……結果的にこうなってしまったのだ。
まあオマエだったら問題無いだろ。
何だかんだ言って、魔法学園でオマエを見るたびに思うことがある。
目を引く短い赤髪から醸し出す雰囲気や存在感が妙に強い。
いつかは俺たちもぶつかる日が来るかもしれないけど、それはもっと先にしような! 出来れば俺が痩せてからがいいな!
今のところ、俺の人生は順調だ!
これからもずっと順調を目指すぞ!
だから主人公! モンスターが寄ってくる香水掛けられたくなかったら俺に近付いたらダメだぞ!
ビジョンのせいで量が減ったけど、まだ半分は残ってるんだからな!
……。
「ぐええ」
うっ、あの味を思い出して吐きそうになった。
ビジョン、やっぱりお前に香水掛けるのが先かもしれん。
四方を壁で囲まれたクルッシュ魔法学園の正門から伸びる森の街道
この道は騎士国家ダリスの南東に位置するヨーレムの町に続いている。
馬を飛ばせば学園から2、3時間の場所にある町で、規模で言えば国内二番目だ。
早朝から出発したから馬車でゆっくりしていても昼過ぎには付くだろう。
眠ければ眠っていてもいい。自由な小旅行ってやつだ。
「本当に私が一緒に行ってもいいんですかスロウ様。折角のお友達の方々との……」
俺の対面に座っているシャーロットが不安げに言った。
シャーロットは人目がある場所へ滅多に出かけない。用事が無い限りは部屋の中に閉じこもっているのだ。……ニートかよ! っていやごめんシャーロット。つい突っ込みたくなっただけだ。
「いっつも部屋に閉じこもってるじゃんシャーロット」
シャーロットは自分の素性がばれることを極度に恐れている。
それも当然か、今でも帝国は皇国の消えた王女を探してるしな。
「……私は本を読むことが好きなんです」
悪いことじゃない。
悪いことじゃないけど、シャーロットは本当は活発な子なのだ
小さい頃から一緒にいる俺はよく知っているのだ。
帝国はまだシャーロットの居場所に気付いていない。
諜報専門のスパイがヨーレムの町に紛れ込んでいるかもしれないが、シャーロットに対して強い悪意を持っている者の存在は風の大精霊さんがすぐに気付く。
まあ軽い嫌がらせぐらいの気持ちは分からないみたいだけど。
そんな大精霊さんは数日前からヨーレムの町へ向かって、町の安全を確かめている。
「え? シャーロット様は読書が好きなんですか?」
俺の隣に座っているデッパが声を出した。
ランニング中に土精霊の魔法を教えた平民生徒の一年生だ。
あれからも時々魔法を練習している姿を見かけたのでその度に声を掛け、一緒に魔法の練習をしてたせいか仲良くなったのだ。
名前はデッパ。呼びやすい名前だ。
「はい、読書が好きなんです。でもスロウ様にお友達が出来るなんて私びっくりしました。それも一人じゃなくてお二人なんて」
控えめにシャーロットは笑った。
一階に引っ越したビジョンの同室、平民生徒で溢れるタコ部屋にデッパがいた。
不思議な縁だ。ビジョンに大食い大会の話を教えたのもデッパだというのだ。
「やれば出来るんだよ、俺は」
ドヤ顔でシャーロットと見つめ合う。
ヨーレムの町に行けばナンパ男とかも現れるだろう。シャーロットの傍から離れないことを俺は堅く誓う。
「そそ、そんな! デニング様と友達なんてそんな恐れ多い!!」
「スロウで良いって言ってるだろ? 俺たちは友達じゃんか」
「そそそそ、そんな無理です! 許してください!」
素直なやつで土の精霊がデッパに力を貸したくなる理由がよく分かる。
洗練された血と優美な心を好む風の精霊が平民に力を貸すことは滅多に無いから、デッパが風魔法を使える日が来るのかは微妙なところだ。
「そう言えばお名前は?」
「あ、はい! シャーロット様! デッパと申します! デニング様には土魔法を教えてもらいました! えっと、本当は風魔法が理想だったんですけど才能が無かったみたいです! あははっ!」
魔法の才能が無い代わりにデッパは体術、身のこなしに天賦の才があった。クルッシュ魔法学園の入学試験では体術の試験もある。そこで面接官に気に入られたのだろう、体術のみでも入学出来たんじゃないかと思うぐらいの凄腕だ。
いつも魔法練習の前に体操をしているのだが、柔軟とか伸縮性がすごいのだ。
そんなデッパは体術と理想の風魔法を組み合わせて、新しい武術を作るのが夢らしい。
「私は従者なので呼び捨てで構いませんよ、デッパ様」
「い、いえ! そんな訳にはいきません! しがない宿屋の息子である僕によくして下さったデニング様には恩があります! そんなデニング様の従者の方なら頭が上がりません! それに皆さまに泊まってもらったらうちの宿の格もあがります!
そう、デッパはヨーレムの町で宿屋を営んでいる家族の一人息子だったのだ。
ちょうど町に用事があって帰省するとかで休みを合わせ、一緒に行くことにした。友達と旅行って楽しいしな。それに宿代を無料にしてくれるらしく、これにはビジョンがとても喜んでいた。
あいつは貧乏っちゃまだからな。
「ロコモコ先生は元、
そんなこんなで俺たちは他愛の無い話をしながら、ヨーレムの町へと向かっていた。
ぶらり馬車の旅だ。
ヨーレムの町に危険がないなら、痩せ薬を手に入れてはい終わり。
大食い大会に俺以上の猛者がいるとは思えないしな。
余裕しゃくしゃくである、思わず欠伸が出た。
「ぶっひぃ〜〜〜」
さーて、これで舞台は整ったみたいですよロコモコ先生。
光の大精霊から寵愛されし、ダリス王家を守る
名誉を捨てて母校に戻ってきた貴方だからこそ、俺は真実を打ち明けたい。
記念すべき30回目、答え合わせの時間はもうすぐだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます