11豚 お友達宣言!

 食堂の一番奥、教職員達が並ぶ机から幾つもの強い視線を感じる。

 そちらを見れば学園長やロコモコ先生を中心とする先生方が興味深々に俺たちを見つめていた。それにいつもよりも生徒の数が多い。何でだ?


「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺の部屋に行こう」

 

 ここでビジョンが宝石ありがとうございました! 学費払えます! とか言えば友達を金で買う豚とか皆に思われるかもしれないだろ! ちょっとは気を使ってくれビジョン! 

 

「……デニング様のお部屋ですか?」

「そうだよ! あ、朝ご飯は持ってきてくれよ」


 俺は男子寮の四階、自室へとビジョンをそそくさと連れて行くために食堂を出た。残念そうな溜息が多く聞こえてきた。全く、どんだけ野次馬いるんだよ。

 ん? 当然、ビジョンには朝ご飯が乗ったお盆を持ってこさせてるぞ。完全に包みの送り主が俺ってばれてるっぽいから、朝ご飯はまじで貰うことにした。最近頑張ってる自分へのご褒美だ。


「すごいな、四階は全然違うんですね」


 ビジョンは俺の部屋を物珍しげに見ている。おい、早くお盆を机に置いてくれ。俺にくれるんだろ? 


「廊下には簡素ですが絨毯が引いてありました、特に部屋の作りは三階とは全然違うんですね。専用のベッドルームがあるなんて想像もしていませんでした。天井も少し高いような気がします」

「そうなのか? 他の階のことはよく知らないからな俺」


 五階にも三階にも二階にも一階にも友達いないしな。あ、四階もか。

 一階は半分が倉庫としても使われてるから、平民は部屋の中で惜しくらまんじゅう状態でやばいって聞いたことがある。


「この机の素材は百年木ハンドレッドツリーですか、すごい待遇ですね。四階でこれなら五階なんてまさに王宮かもしれないな」

「王族だしな。でも今は五階に住んでいるのは一人しかいないから、本当に王宮みたいな生活してると思うぞ。専属のメイドがいるみたいだし……それでえーと、それは何だ? その包み」


 俺は椅子に座り二度目の朝ご飯をかっ込んでいた。

 ビジョンは俺の部屋に飾られてある絵画などを物珍しそうに見ている。


「……しらばっくれても駄目です。そんなに僕が馬鹿に見えますか?」


 げっそりしてるぞ。多分お前、寝てないだろ。

 金髪のツヤも無いし、貴公子然としたイケメンが台無しだった。


「シャーロットさんを責めないで下さい。実は僕、学園長の説教の後に三階から一階へ移らせてもらったんです、生活費が大分安くなると教えてもらいましたからね。ああ本当に平民の部屋は噂通りのタコ詰め部屋で、驚きましたよ、その際に一階でメイドと話しているシャーロットさんを見つけたんです。僕の名前が聞こえたので、つい盗み聞きしてしまいました」


 俺は顔を上げ、ビジョンを見た。

 貴族が三階から一階に移るなんて聞いたことが無かった。確かに生活費はぐっと抑えられるけど、プライドとかは大丈夫か? お前プライド高そうじゃん。


「デニング様。僕は昨日、意識を失ったあの後。学園長から説教を受けました。乱れた心で魔法を振るうな、精霊は力を貸してくれるが正しき力か決めるは君たちの方だと。……僕は追い詰められて我を失っていました、暫くは学園の笑いものでしょうね」


 自嘲気味にビジョンは笑った。

 それにしてもさすが学園長。もじゃもじゃ白鬚は伊達じゃないな。

 ロコモコ先生が主人公達の魔法の指導者なら、学園長は心の指導者だ。


「説教の後、僕だけ残るように言われましたよ。退学を伝えられるのかなと思ったら、僕の父上の立場が酷く悪いことを伝えられました。父上が何をしていたのか、僕は真実を初めて知りました」


 ビジョンの父上というとグレイトロード子爵か。

 一体何やらかしたってんだ。

  

「恥ずかしながら本気で泣きました。自分が何も知らなかったこともそうですが、どうして僕がこんな目に合わなくてはいけないのか、怒りとか悲しみとか、学園長に色んな感情をぶつけてしまいました。子供のように暴れて、落ち着きを取り戻すまで学園長は僕の話を聞いてくれました」


 さすがにそれは俺じゃ出来ない役割だな。学園長に拍手をしたい。

 つーかビジョン。俺によくそこまで話すな。どうして? お前も俺のことを友達って思ってくれてるの?


「学園長は僕に様々な話をしてくれて、その中に一つ、とても興味深い話がありました。十二年前、デニング公爵領地で一人の平民が騎士爵へと取り上げられた話です」


 平民になる可能性が高いビジョンに希望を持たせようとしたのか?

 でも平民から貴族へと上がるのは難しい。

 一代限りの男爵や騎士爵ならなる場合も年に数例あるけど、そこから本当の貴族になるのは大変だ。


「舞踏会に貴方が連れていた二人の騎士の姿を今でも僕は鮮明に覚えています。硬派な騎士と軟派な騎士。両極端で性格も正反対、でも貴方を中心に楽しそうしていた。立派な騎士が二人、僕と同じ年齢の子供に忠誠を誓っている姿、信じられませんでした。そして学園長の話で知りました。軟派な騎士、あの方は元は平民だったんですね。名前は確か……そう、騎士シルバ」


 俺が平民から取り立てた騎士だ。

 シルバは今はその身分を返上して流浪の旅に出たと聞いている。


「夜中、僕は一階へ隠れるように引っ越しました。でも三階や二階に住む生徒の視線や野次で、僕は心の中で泣きました。……デニング様、僕に本当の友達はいなかったみたいです。友達だと思っていた人たちは僕の立場が悪くなったと知り、誰も助けてくれませんでした。その時、一階でシャーロットさんの話を聞きました。渡された包みの中身は宝石でした。自室となった部屋で一晩中泣きましたよ。夜通し、昔の貴方について思いを馳せ、話しかけてくれた同室の平民生徒に貴方の昔を伝えて聞かせました。皆、驚いていましたよ。信じられないって」


 ビジョンは部屋の中を歩き回ることを止めて、俺をしっかりと見つめた。

 でも、すぐに微笑を浮かべる。俺が必死でご飯をかっ込んでいる姿が面白かったみたいだ。


「デニング様。はっきり言います。僕は小さい頃、貴方に憧れていました。いえ、憧れなんて言葉は使いたくない程に、僕は貴方の輝きに魅せられていました」


 お、おだてすぎだぞ馬鹿野郎!

 朝ご飯はまじで返さないからな。うめえ! やっぱり毎日腹いっぱい食べたいよぶひい!


「ですが、麒麟児は輝きを失い手の付けられない悪童へ変わってしまった。一説には頭を可笑しくするカマドウの実を食べたとか、悪魔に心を可笑しくされたとか、貴方は一切公の場に出てこなくなりました。僕は信じられませんでした。だって、昔の貴方は他国にまでその名を轟かせていました。帝国が貴方を殺すために暗殺者を仕向けたとか、有り得ない噂が流れる程に」


 ……実際にあったけどねそれ。

 死にかけた時、俺はとある平民に助けられた。 


「貴方がこのクルッシュ魔法学園に入学するという噂を聞き僕は楽しみにしていました。貴方に僕の成長した魔法の腕を見せたいと思いました。でも、デニング様、貴方は噂通りの、いやそれ以上に強烈な中身と外見をしていました」


 学園へきたばっかりの時か。

 入学式でイビキかきながら爆睡したり、先生が教室に入ってくると同時にタライ落としたりしたな。


「豚だろ? それも出荷直前の太りすぎたやつ」


 ビジョンはその通りですと頷き、微笑んだ。

 

「まさに豚でした。学園の皆が貴方を豚公爵と呼んでいました。貴方のことを馬鹿にするだけで友達が出来ました。貴方は誰彼構わず喧嘩を吹っ掛けたり、露骨な嫌みを言ったり、自堕落な生活をしたり。どんな教育をすれば神童があんな下品な豚に育つのかと、公爵家の評判まで貴方は落としていた」


 そ、そこまで言うなよ!

 家族から見放されるためには、外からの悪評とかも必要だったんだよ!


「でも、最近の貴方は変わりました。皆は豚公爵の気まぐれだと言います。貴方がいつ元の自堕落な豚に落ちるか賭け事をしている者もいます」


 か、賭け事!?

 俺が更生するかが賭けになってるの!?

 よーし!!! 全財産を更生するに賭けろビジョン!!!


「僕が貴方に話しかけた理由は、自堕落な豚を煽てれば金が貰えるかもしれない、その打算があったことは事実です。でも貴方を見続けて、貴方が変わったことに気付きました。他の生徒は誰も気付いていないけど、昔の貴方を思い続けた僕だからこそ分かりました。だから、僕は必死で貴方に取り入ろうとしました。昔、貴方が教えてくれた魔法を見せれば、僕のことを認めてくれると思いました」


 ビジョンはふっと儚げに笑った。

 窓から入り込む風が、さらさらと金髪を揺らした。何だか絵になる奴だ。


「……デニング様。この宝石は受け取れません」

「え”」


 いや、お前このタイミングで何でそうなんの? 可笑しくない?

 学校辞めるの? 辞めないよね。 だから宝石は持ってけこの野郎! 

 俺はでかいジャガイモを頬張った。うん、うまい。


「学園長が割の良いバイトを定期的に紹介してくれることになったんです」


 バイト……?

 俺はその言葉にドキリと震えた。思わずジャガイモを噛むのを止めてしまう。

 学園長が生徒にバイトを紹介する? うーん、何か覚えがあるぞ。


「えーと……それってロコモコ先生と行く火山鉱脈のワイバーン退治??」

「はい! 騒動を起こした罰としてロコモコ先生と今度、行くことになりました」


 うお!? は、はう!

 俺はごくりとジャガイモを飲み込んだ。


「ぐええ! ぐえええ!! ごほごほっ! ごほごほごほっ!!!」

「なっ、どうされたんですか!?」


 ジャガイモが喉に詰まった!!

 うおおおお!!! うおおお!! 死ぬぅ!


「のみも……っ」

「水、水っ、あっ、こちらの小さい瓶は何ですか!? 飲物ですか!?」


 ふざけるな! それはモンスターを引き寄せる香水じゃ!!! バレたら嫌だからラベル剥がしたんだよ! てめえビジョン! 俺をまじで殺す気かッ!? やっぱお前に金なんかやらんわ!! 返せ宝石!!!


「あ、あっちに、ある……」


 俺は息も絶え絶えでベッドルームを指差した。


「ぐえええ、ぐえええ、おええっえ、おぼっおぼぼ」





「ごくごくっごく! っぷは!!」


 生き返った、ほんとに死ぬかと思った。

 もう朝ご飯を二回食うのは止めよう。神さまから食い過ぎって罰が当たったに違いない。


「大丈夫ですかデニング様! それより、さっきの話、もしかしてデニング様も誘われているのですか? デニング様が来られるなら百人力ですっ!」


 ビジョンが興奮して、俺を見つめる。


「誘われてないけどそのイベントは……」


 ……。

 主人公がロコモコ先生と仲良くなったりする重要イベントだろ!?

 お前が行ったら主人公激ヨワになっちゃうでしょおお!?

 それにワイバーン退治はまだまだ先の話でしょおおお!???

 ビジョン、何でお前が主人公の代わりにロコモコ先生と仲良くなってんの!?

 何!? お前、もしかして主人公適性あったの!? 色んなイベント巻き込まれてるしなッ!?


「そうだデニング様! 今度、先生と町に行くんです! 僕には魔法剣士としての才能があるから練習に最適な剣を買って鍛えてやるって!」


 魔法剣士?

 おいおいおいおいおいおいおい!?

 それ、完全に主人公のポジションじゃん。

 ビジョン、お前何しとん!?

 てか、主人公大丈夫? 

 ビジョンに完全に役割取られてますけど……。

 さすがにちょっと申し訳なく思えるレベルだぞ……。


「行きましょうデニング様! 今、町では面白い試みが行われているようです! 同室になった生徒がデニング様の昔の話を聞いて今の貴方にぴったりな催しだと教えてくれたんです! シャーロットさんも連れて皆で行きましょう!」


 あ?

 町? というかお前、主人公にでもなるつもりですか? 

 それにロコモコ先生も来るの?


「一応、聞くよ。どんな催し?」


 ……恐らくだけど、ロコモコ先生は気付いている。

 記念すべき30回目。それは俺が魔法演習の授業中、生徒の暴走をこっそりと止めていた数だから。

 でも、ビジョンから催しの内容を聞いて俺は立ち上がった。

 

「行く!! 絶対に行く!!! ぶっっひ!!!」


 興奮したままシャーロットを探しに廊下に出ようと急ぐ。

 ドアを開け、勢いのまま外に出ようとして、俺は振り返りおずおずと聞いた。


「……俺たちってもう……友達だよな?」


 ぐわわああああ!! 何て恥ずかしいセリフだ! でも、確認したいじゃん! 安心したいじゃん! シャーロットに友達が出来たって報告したいんだよ! 

 友達10人と友達11人は似たようなもんだけど! 友達0人と友達1人は全然違うんだよ!!!

 おい、ビジョン! 変な溜めとかいらないからな!! 


「昨日、学園長から教わったんです」


 ん? 何を教わったんだ?

 ビジョンは窓から外の様子を眺めている。

 俺は見慣れた光景だけど、四階から見える景色がビジョンにとっては新鮮なようだった。


「例え平民になろうとも、僕の心が誇りと責任を忘れない限り―――」


 そして振り返る。

 王宮の舞踏会でも主役を張れそうな、晴れやかな笑みをしていた。



「―――君は貴族だと」


 一陣の風が窓から飛び込んでくる。

 そして、ビジョンは恭しく俺に向かって礼をした。。


「それに僕の失態は……。友である、貴方を汚すことになりますからね」


 花咲く笑顔で、平民部屋の貴公子は笑った。

 






「ぶっひいいいいいいいいいいい」

「豚公爵がすごい勢いで下りてくるぞ! みんな怪我をしたくないなら道を開けろ! 一年はとりあえず逃げろ!」


 階段を一段飛びで下りながら俺はシャーロットを探しに行く。

 纏わりつく風を感じながら俺は思った。

 

 ビジョンは変わった。


 例え貴族じゃなくなろうと、あいつはもう大丈夫だろう。


「ぶっひいいいいいいいいいいいいい」


 あいつのカッコいい姿を見て、俺は思った。

 躊躇う必要なんて無かった。

 俺はもう、とっくに覚悟を決めている。


「豚公爵が一段飛ばしで階段を下りてくるぞ! みんな、道を開けろ!」 


 うるせえ、もっとすごいことも出来るぞ! 見ろ! 鍛錬の成果だ!

 二段飛ばしに挑戦して、俺は階段を転げ落ちた。


「ぐええええええええええええ」

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