10豚 朝ごはんは献上されるもの
「―――」
「おーら精霊共ッ! 契約通りきびきびと働けよーッ!
にょきにょきと土が盛り上がり、土壁となって目の前に出現する。暴走元であるビジョンから近い生徒程、土壁は大きく、厚みを増していた。驚くべきことだが、演習場にいた全生徒の目の前に堅い壁が生まれている。
「あーら? 収束したみたいだなー。ひよッコ共安心しろー」
ロコモコ先生の声が響く。風魔法で声を拡声器のように響かせていているようだ。
俺は先生の実力に感嘆の溜息をついた。
溢れんばかりの土精霊が地面から這い出し、ビジョンを除いた全生徒に付いていた。しかも、生徒一人一人を中級の土精霊が守護し、対応させるという破格の待遇。ロコモコ先生はこいつらを一瞬で呼び出したみたいだ。
すっげえ。
俺とは少し毛色が違うけど、紛れの無い契約魔法。
さすが、いざという時に主人公を守り導くロコモコ先生。頼りになるなあ。
「あ……ビジョン」
ばたんと音がして、そちらに目をやるとビジョンが崩れ落ちる瞬間だった。
ビジョンに纏わりついていた有象無象の精霊達は既にちりぢりに逃げ出していた。
結局、風と火の複合魔法、
けれど、ビジョンが精霊に与えた魔力は戻ってこない。
魔力切れだ。暫く最悪の気分だろう。
煽っていた生徒達は安心したのか、元気を取り戻して騒いでいる。うるせえ。
「そうだよな、幾らビジョンが魔法上手いからって上級魔法なんて使えるわけないよな。」
「おい、見ろよ。豚公爵がビジョンに近づいてるぞ。何する気だ?」
何もしないよ。ただ、ビジョン君の体調が心配だから確認するたけだよ。
俺はビジョンに迫った。
「あ」
足が滑った。わざとじゃないぞ。
ビジョンの身体にダイブする。
秘技、のしかかり。
「……ぐほぉっ」
ビジョンがとんでもない声を出した。
でもこれで全部チャラにしてやんよ。
よし、今度こそ本当にビジョンは意識を失ったみたいだ。
「豚公爵がビジョンにトドメさしたぞ……」
「次はビジョンが苛めのターゲットにされるんじゃないか? 同情するけど、もうビジョンに関わるのは止めた方が良さそうだな……俺たちまで豚公爵の目に入ったらたまらねえ」
畏怖の目が俺に向けられる。
俺は何か文句あるかと生徒達を威嚇する。
ビジョンには気持ちを弄ばれ、モンスターを引き寄せる香水をぶっかけられ、大精霊の力も借りる羽目になってしまった。ビジョンお前どんだけだよ。
これで俺の友達にならなかったらまじで許さないからな? 明日からえ? デニング様? どちらのデニング様ですか? とか無関係装ったら泣くからな。うーん、脅しのためにもう一回のしかかっとくか。
俺が秘技の準備をするために立ち上がると、ロコモコ先生の声がまた聞こえた。こちらに向かってきてるっぽい。
「はーい、お前ら散れー。今日の授業は無しだー。騒動の原因っぽい関係者はこの場に残れよー。学園長の説教部屋に連れてくからなー」
「ロコモコ先生すげえ! さすが元、
「先生見直しました! 激務だからって教師に転職した怠け者だと思ってました!」
ロコモコ先生は群がる生徒をいなしながら、こちらに向かってくる。
土壁が次々に元の地面に還っていった。あっ、俺に付いていた中級精霊がぺこりとお辞儀をして消えていくぞ。可愛いやつめ。さすがに中級精霊でも、これだけの距離に近付いたら俺の杖に宿っているお眠り精霊さんの存在に気づくみたいだ。
「……ぅぅ」
ビジョンが呻いている。悪夢でも見てんのかな。
全く。最初から金が欲しいならそう言えよ。俺は友達には優しい男だぞ? ちゃんと証文作って貸してやる。可哀想だから無利子でいいよ。
でもビジョンは昔の俺を知ってるみたいだったな。俺はそんなこと覚えてないけど。小さい頃はまじでぶっ飛んだ子供ライフを楽しんでたから、ビジョンに何らかの影響を与えてしまっていたようだ。
さーて、俺は騒動の関係者じゃないし逃げるかー。
俺は演習場から出るために階段へと走った。一メートルぐらいの高さだから他の生徒は簡単に上がっていくけど、俺にはまだ無理だ。身体が重い。
「ぶっひぶっひ、ぶっひっひ」
ロコモコ先生とすれ違う。
あんな魔法使って息切れ一つしないってさすがっす。さすがランキング二位。
「はーい。お前ら記念すべき30回目ー。これが何の数字か分かる人ー。正解したら今後、俺の授業に出なくても最高成績あげるぞー。さらに第三学年に上がっても無出席で最高成績っていうおまけ付きだぞー」
「え、何の数字ですか? ロコモコ先生がフラれた数とか?」
「先生が今、高速で杖を振った数!」
「ちげーよ一回しか振ってねえよ! ……はぁ。お前らは気楽でいいねえー」
俺は無言で走っている。
30回目? 何の数字だ? ロコモコ先生、意味深なこと言うのは止めて下さい!
「ぶっひ、ぶっひ」
「うわ! 後ろから何かすごい圧を感じるぞ!」
どけどけー! 豚公爵様のお通りだぞ!
「ぶっひ、ぶっひ、ぶっひっひ。ぶっひ、ぶっひ、ぶっひっひ」
俺は夜、ランニングをしながら考え事をしていた。
ロコモコ先生とビジョンについてだ。
ロコモコ先生はクルッシュ魔法学園の切り札アフロだ。
いざという時に生徒を守るための切り札的存在で数ある先生の中では最も強く、学園長からの信頼も厚い。
アニメでもよく活躍してたけど、黒い豚公爵の裏設定に気づいている素振りなんて無かったはずだ。いや、素振りを見せないだけで本当は気付いてたかもしれないけどさ。
さて、ビジョンについてだ。
正直言って、俺はもう友達だと思っている。
長年の豚生活で友達の作り方とか完璧に忘れてしまったけど、あいつは友達だ! 記念すべき友達第一号なのだ!
ビジョンは切羽詰まっていたから、とりあえず金渡せばちゃんとした友達になれるかな。
でも俺だって滅茶苦茶金持ちってわけじゃない。
アニメじゃ豚公爵はこっそり金貯めてたみたいだけど、現段階ではそんな金がない! お菓子とか食いまくってたからな! バカスカ食ってた特製朝ごはん用の金とか! これからはエンゲル係数をもっともっと下げるつもりだ。
「スロウ様」
闇の中からにゅっとシャーロットが現れる。
そこら辺にいた従者を捕まえて、シャーロットに俺のランニング場所に来るよう伝えてくれと頼んでいたのだ。
「ぶぅ〜……ふぅっと。こんな時間にごめんなシャーロット。えっと、お願いがあるんだけどさ。これを男子寮三階に住んでるビジョン・グレイトロードってやつに渡しといて欲しいんだ。誰かに頼むなりして、くれぐれも俺からだとはばれないようにしてほしい」
俺はポケットに入れといた小さな包みをシャーロトに手渡す。
中身は数個の宝石類。俺の隠し財産の一部だ。金にすれば残り二年の魔法学園の学費と生活費ぐらいは何とかなる。
「スロウ様からだと気付かれないようにすればいいのですね……これは小さな石、まさか宝石ですか?」
シャーロットは包みの感触を確かめながら口にする。
うん、正解です。でも俺はシャーロットに金で友達を買う男だと思われたくないので、それとなく濁しておいた。
「では、スロウ様が送り主だとばれないように渡しておきます」
シャーロットはそう言って再び闇に消えようとする。
「あ、ちょっと待って。やっぱり完全に気付かれないのは嫌だ。もしかしたらこれの送り主は俺かもしれない、みたいな。送り主は4割の可能性で豚公爵様だけど確証は持てないからどうしようかな、みたいな。そんな感じがいい」
「えっと……わ、分かりました……頑張ります」
難しい注文だが、シャーロットなら何とかしてくれるだろう。
ふふふ、これでビジョンから俺に意味深な視線とかくるかな? もしかして豚公爵様では? みたいな。
明日からの生活が楽しみな俺だった。
翌朝。
俺が専用のでかい椅子に座って朝ご飯を掻っ込んでいると、誰かが目の前の席に座った。
誰だ? 度胸あるやつがいるもんだな。
俺の周りは今まではビジョンがいたけど、今は誰も座らない異次元空間と化してるからな。
「……デニング様」
「ん?」
視界を上げると、泣き腫らした顔のビジョンがいた。
朝ご飯が乗ったお盆を右手で持ち、左手には俺がシャーロットに託した包みを握り締めている。
あ、あれ?
「……感謝の印として、朝ご飯を献上しに来ました」
え、えぇ……? しゃ、シャーロットさん?
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