9豚 香水をぶっかけてや―――ぐえ”えッ

「ビジョン、お前の親父、行方不明らしいな。今頃、他国にでも夜逃げしてるんじゃないか? でも、ダメだよなー。税のちょろまかしだけじゃなくて他にも何かやってたんだろ? 今、お前の親父の話題で王宮は持ち切りらしいぞ! 」 


 俺は香水の瓶の蓋を取る。

 ビジョン、覚悟しろよ! 俺の気持ちを弄んだ罪は重いぞ!


「だ、黙れッ!!!」 


 うお!

 ビジョンが勢いよく右手を前に振り上げて、俺の顔面にぶつける。

 俺は勢い余って吹っ飛ばされた。

 ぎゃああああ! 香水が俺の顔に掛かった! 目に入ったッ!


「き、君たちには関係の無い話だ! いつもいつも僕に突っかかって来るな!」


 俺は地面にダイブする!

 うわあああああ!!! 目がアアア! 目がアアア! 口にも入った! げほっ、げほっ!! ぐえええ! ぎゃああ! ふ、ふざけるなビジョン! いきなり何してくれてんだ! お前、俺に恨みでもあんのか! ぐええ!!!


 俺はバタバタと暴れまわった。


「目障りなんだよビジョン、豚公爵に媚びへつらいやがってよ。……あ、そーいえばこの前学費を滞納してるって噂を聞いたぞ。最近はかなり切り詰めて生活してたみたいだし。貧乏のお前にはここの生活は似合わないだろ」

「そーだ。学費が払えないやつは領地に帰れよ。あっ、もうお前の帰る場所は無くなるんだったな。だったら流れの傭兵か冒険者にでもなったらいいんじゃないか? 散々魔法の腕を自慢してたから良いアイデアだろ!」

「ぐええ、ぐええ。げほっ、げほっ。ぐええええ」


 皆、ビジョンと男子生徒達との言い合いをはらはらしながら見守っている。誰も俺に気づいていない。誰か心配してくれよ! ……自業自得だって? 確かに!


「僕は傭兵や冒険者になんかならない! このクルッシュ魔法学園を卒業出来れば大貴族に仕える道や研究者になる道も開ける! そうすればいつか家を再興する道も開ける! 君たちの先ほどの侮辱、僕は絶対に忘れないぞ!」

「だから豚公爵に取り入るっていうのか? 俺は聞いたことがあるぞ! 豚公爵の話題はデニング公爵家ではタブーで、家族からもとっくに見放されているってな! お前も充分知ってるはずだろビジョン! 目障りだぜお前の哀れっぷり!」


 あ、うん。

 その通りです。

 家族だけじゃなく、幼い頃から付き従っていた騎士二人も俺から離れたしな。

 ……あいつら元気してるかなあ。


「ぐええ……ぐええ」


 俺はハンカチを取り出し、地面に倒れながら必至で顔をゴシゴシと擦っている。

 やばい! 匂いが取れない! モンスターが来ちゃう! 早く顔を洗いに行かなければ! 


「黙れ黙れ黙れ! 僕はどんな手を使ってでも絶対に卒業する! ……、で、デニング様! 貴方はまだ力がありますよね? もし学費をデニング公爵家より頂ければ、僕は貴方の靴だって舐めます!」

 

 ビジョンは半泣きで俺を見ている。勢いで俺をぶっ飛ばしたことなんて気にしていないようだ。おい、ふざけるな! お前のせいで俺はモンスターが寄ってくる身体になってしまったじゃないか!

 俺はパンパンと制服についた汚れを払い落とし、立ち上がる。

 そして正直にビジョンに言う。


「悪いけど……俺にそんな力は無い」


 ビジョンは絶望したような顔で俺を見つめている。

 な、何だよ……。だって、本当のことだぞ。領民でさえ、俺のことを話す際は一段声のトーンが落ちるらしい。

 だけど、それは今までの黒い豚公爵の話だけどな! 

 これからの白い豚公爵は立派な豚になるために全力を尽くすつもりだ。


「……他を当たれ。ビジョン」


 でも、ちょっぴり可哀想だ。

 何だかんだ言って、ビジョン。

 この一週間で俺に話し掛けてきた生徒はお前だけだもんな。

 ……だから、俺個人の懐からちょっとだけならお金貸してあげてもいいかも。……ち、違うぞ! これは友達料とかじゃないぞ!


「う、嘘だ! デニング様! 絶対に僕は貴方の力になれます! 朝食だって昼ご飯だって、何なら晩御飯だって全部貴方に献上します! この場にいる誰よりも僕は貴方の力になれます! だから僕を助けて下さい! 貴方なら出来るハズだ! だって昔の貴方は―――」


 俺は立ち止まる。ちょっとだけ魅力的な言葉が聞こえたぞ?

 朝食だけじゃなく昼ご飯も献上とな? さらには晩御飯もだと!?

 ……あ、こら! だから俺はダイエット中なんだよ! 誘惑するんじゃない! 俺の友達になりたいならダイエットに協力しなさい! 何ならランニングにも付き合ってくれ!


「ぼ、僕を試してるんですねデニング様! なら、僕の力を見せます! あはは! 見てるがいいお前ら! こんなすごい魔法を使える僕が平民になる!? ふ、ふざけるな! 僕は貴族だ!」


 そう言って、ビジョンは杖を振るった。

 俺はビジョンの様子を見て青ざめる。風の精霊がビジョンの気持ちに応えようと、友達の精霊達を集め出した! 今この場は演習場! 様々なタイプの精霊がビジョンの元に寄って行く!


「風と炎の精霊よ! 僕の声に集え!」


 ビジョンの必死さを面白がって水や土の精霊、さらには闇の精霊まで集まってくる。な、なに!? 闇の精霊が何でこの場所にいるんだよ! 闇属性の生徒がまさかこの場にいるのか!?

 あ、こら! だから、お前ら今のビジョンに力を貸すなって!

 今までビジョンをからかっていた男子生徒達もビジョンの危うさに気づいたのか距離を取り始めた。


「おい暴走するなビジョン! 冗談だよ!」

「ロコモコ先生! あそこです! ビジョンがやばいです!」


 遠くでロコモコ先生がビジョンに向かって杖を振るう姿が見える。土の魔法を得意とするロコモコ先生がビジョンの魔法を相殺しようと声を張り上げていた。

 ダメだ! その距離では絶対に間に合わない! 

 やばい! まじで暴発する! 

 こんなイベント、アニメでは無かったぞ!

 

「父上は悪いことなど絶対にしていない!」

「じゃ、じゃあ何でお前の親父は雲隠れしているんだよ!」

「黙れ黙れ黙れ! そんなこと僕が知るかああああああああ!!!!」


 ビジョンに群れる精霊達が一斉に力を開放せんと目を輝かせている。

 ああもう! ほんとに下級精霊ってのは厄介だな! 数さえ集まればビジョンでも上級魔法にも匹敵する魔力をぶっ放せるんだから! でもよく見ろよ! 今の興奮したビジョンが上級魔法を制御出来る訳がないだろ!


「デニング様! 貴方が幼い頃、僕に見せてくれた魔法を捧げます! 完璧に制御して見せます! だから、僕をッ! 僕をッ!!!」


 おいビジョン!

 立場のやばいっぽい今のお前が大勢の生徒を傷つけたら、ここにはいられなくなるぞッ!

 ビジョンの目が血走っている。周りの生徒の説得が届いている気配も無い!


「豊穣に愛されしグレイトロードの血が紡ぐは天に叫ぶ熱き風ッ!」


 クソが! やらせるかよっ!


「荒ぶる風よ! 炎を纏いて僕の力を見せつけろ! 風炎竜巻ウィンドバニングッ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る