7豚 目指せ、真っ白豚公爵
俺の部屋でシャーロットと二人、朝ごはんを食べている。
簡単な煮魚とパンとスープ、従者のご飯は自分で用意するのが魔法学園のやり方だ。
食堂から一食分を持ってきましょうかとも言われたけど、俺はシャーロットと同じものを食べたいと訴えた。
シャーロットは俺の口に合わないかもしれないと言っていたが、そんなことは無いぞ!
「美味いぜぶっひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
味もそうだけど、好きな女の子と食べるご飯以上に幸せな時間ってある?
ない! ないのだぶひ!
シャーロットはそんなホクホク顔でドカ食いする俺を不思議そうに見ていた。
何だろ、ご飯粒でも顔についてるのかな?
「スロウ様は変わられました」
「俺が?」
「はい。何か大きな目標を持ち、それに向かって努力しておられるような。そんな印象を最近のスロウ様からは感じます」
シャーロットはフォークをゆっくりと机に置き、俺を見た。
一つ一つの動作が優雅でいて嫌みが無い。見る者が見れば平民の生まれではないことはすぐに分かるだろう。
うっ、そんな氷の女神みたいな無表情で俺を見つめないでくれ。魔法学園に入ってからシャーロットと俺は必要以上の会話をしたことが無かったのだ。俺が近付きすぎるとその分、シャーロットに対する風当たりは強くなるからな。
「まるで出会った頃の、、食いしん坊になる前のスロウ様を見ているみたいです」
食いしん坊?
何で食いしん坊になる前なんだ?
俺は必死で記憶思い出す。
あー…。確かにその辺りは俺のターニングポイントかもしれないな。
8歳の誕生日を控えた俺は突然父上から呼び出しを受け、そろそろ正式な従者を付けると告げられた。シャーロットの代わりに最高の教育を受けた男が俺の従者に取って代わろうとしていた。
でも残念。
俺はその瞬間からゆっくりと愚鈍な自分を演じ始め、正式な従者などつける価値もない豚を死ぬ気で演じた。
シャーロットと離れ離れになるのが嫌だから俺が愚鈍になった、そう思われないように細心の注意を払いながら、俺はダメ人間へと変わっていった。
乱れた食生活、呆れたワガママっぷり、食いしん坊になってから一年もすると立派な豚が誕生し、父上は俺を見限った。
ちなみに最高の教育を受けたらしい従者は俺の弟の従者となっていた。
8歳までの俺。
シャーロットと離れ離れになる未来が来るなんて想像にもしていなかった俺は、デニング公領地では風の神童とか
あの頃の俺は将来、デニング公爵家の当主となり領地を豊かにし、ひいてはダリスに俺の名前を轟かせたいと思っていた。
というかシャーロット、よくそんな昔の俺を覚えてたな。
「もし宜しければ、スロウ様が変わられた理由を聞かせてほしいです」
シャーロットの黒い瞳が真っ直ぐに俺を見つめている。
俺は黒い豚公爵から、白い豚公爵になる予定だ。
だから嘘を付く気は無い。勿論、転生者と言う気もないけれど。
「一週間前、俺は夢を見たんだ。俺がシャーロットと出会ったあの日のことや、未来の夢だ。何だかこのままではいけないと神さまが俺に伝えているみたいでさ。もしかして俺は間違った道に進んでいるんじゃないかって思ったんだ」
あれは夢みたいなものだ、前世の記憶なんてさ。
「俺は飛び起きて鏡の前に立ち自分の姿を確認した。本当に俺の道は間違っているのか確認したかったからだ」
シャーロットは無言で俺を見つめている。
肌が白くて、本当に透き通るような美人だ。
俺は至極真面目な顔をしてシャーロットを見つめた。
「そしたら、何がいたと思う?」
「……スロウ様では?」
俺はちょっとだけ間を空けて、告げる。
「出荷直前の豚がいた」
シャーロットは耐え切れずに笑った。
「……ふぅ、ならば今。スロウ様は何を目指しているんですか? もう一度デニング公爵家当主の座を目指すのですか?」
俺は既にデニング公爵家当主を目指す競争から脱落されたと思われている。今更割って入るのも無理だろう。デニング公爵家では俺の話題はタブーになっている。
それに俺は貴族のしきたりだとかそんなものに縛られたくはなかった。
「―――相応しい俺であるために」
アニメの豚公爵は貴族のしがらみを抜け出すために、自分の人生を掛けて愚鈍な人間を演じた。
けれど、俺は違う道を目指そうと思っている。
俺はただ目の前のシャーロットを見つめる。
「この世界にはとても立派な立派な豚がいる。そう他国から評されるぐらいの豚になりたいぶひ」
出来る限りのキリッとした顔で言う。
どうだ? かっこいいだろ。
「ふ、ふふっ……い、いえ、笑わそうとするのはやめてください」
ぬ?
……よ、よし! シャーロットが笑った! 目的通りだ!
小さい頃はよく見たけど、最近では滅法見なくなった顔。俺はシャーロットとの間に完全に一線を引いて接していたから、会話が続いたことさえ久しぶりだ。
でも、ダリスに白い豚公爵あり! と呼ばれるぐらい立派な豚になりたいと思っているのは本当だぞ。あ、人か。いかんいかん。
「公爵家当主なんて器は俺にはないし、当主になれば自由に結婚も出来ないからさ」
デニング公爵家当主は伝統的に他国の有力な貴族の娘や王族と結婚し、帝国に対抗するための強固な関係を維持する使命を担っている。だが俺はそんなの御免だ! 政略結婚じゃなくて恋愛結婚をしたいのだ!
ちなみに俺は小さい頃、サーキスタって大国の
「結婚? ……スロウ様はお慕いしている方がいるのですか?」
「いる。目が覚めた俺は早く立派な人となり、その方に想いを伝えたいと思っている」
はっきりと伝えてしまった。
……あ、やばいこれ。いわゆる遠回しな告白じゃないか?
どうかシャーロットよ気付かないでくれ! 俺はまだ豚公爵だから!
「……スロウ様がお慕いする人がいるとは知りませんでした。その方は幸せ者ですね」
そう言って、シャーロットは冷たい微笑を俺に送ってくれる。
何故かぞくりと身体が震えた。
「……わ、私に何かお手伝い出来ることはありますか?」
あるよ、俺の思いを受け入れてくれ。
俺が好きな人はきみだよと言いたいけれど、それはまだもっと先の話だ。
俺がちゃんとした人になって、シャーロットに好きだと伝えても大丈夫な程の人間になってから。
「シャーロットには色々と世話になっているよ」
「いえ、私は一般的な従者と同じようなことしかしていません。けれど、スロウ様がそのお慕い申し上げる……方と並び立つために、私が協力出来ることがあるならばこの身を捧げるに躊躇いは一切ありません。私はスロウ様の従者なのですから」
シャーロットは真剣だ。
俺は考える。シャーロットに告白するために、シャーロットは手伝うと言っている。
あれ、何か可笑しくね?
「じゃあ、シャーロット。俺がいつか好きな人に告白するその日まで、俺に相応しい従者でいてくれ」
俺がシャーロットを好きだとばれた瞬間に、俺たちは引き離される可能性がある。豚だと知っているにも拘わらず父上は俺を次期当主とすることを完全には諦めていない節があり、たまに教育係が送り込んできたりするからな。もっとも俺は「ぶひい、体術の練習はイヤぶひいいいいい!!」とか叫んで、教育係に更生の余地無しと父上に報告させているが。
「はい―――スロウ様」
シャーロットは俺の言葉を真剣に聞き、こくりと頷いてくれて―――。
この日。
俺はシャーロットに相応しい男になると誓い。
シャーロットは俺が好きな人に告白するその日まで、相応しい従者でいると誓った。
「スロウ様、そろそろ魔法演習の時間では?」
「そうだ! というかシャーロット! 俺の新しい制服は? サイズのちっさい制服は?」
「い……急いで取ってきます!」
慌てて部屋を飛び出る珍しいシャーロットの勢いで、机の上に置かれた香水が床に落ちた。
ラベルには『危険物:強力モンスターが寄ってきます』と書かれてある。
俺はそれを見て、アニメの中のとあるイベントを思い出していた。
「あー……主人公の強化イベント忘れてた」
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