5豚 平民生徒は魔法がお下手

「わ、わあ! だ、誰ですか?」


 あどけない顔をした男子生徒だ。くしゃくしゃになった茶髪、制服の胸に紫ではなく、緑のラインが一つ入っている。

 第一学年の平民生徒だ。

 突然現れた俺の姿に警戒しているようみたいだった。そりゃあそうか。隠れて魔法の練習をしていたら、魔法学園一の問題児、豚公爵と鉢合わせにするとは思わないよな。


「魔法の練習か?」

「あ……で、デニング様。……そ、そうです。魔法の練習をしていました」

「風魔法か?」


 さっきウィンドって声が聞こえたからな。ウィンドは小さな風を起こす風魔法の一番初歩的な魔法だ。練習にはもってこいだろう。けれど、可笑しいな。こいつの周りには全く風の精霊が集っていないぞ。こんな状況で風魔法が成功するとは思えない。


「おい。もう一度今の魔法をやってみろぶひ」


 俺は少年に声を掛けると、少年はびくりと震えて杖を振るった。


「ウィンド! ……あぁ、やっぱり駄目だあ。デニング様。僕一回も魔法が成功したことないんです……。あはは、情けないなあ、折角魔法学園に入れてもらったのに進級出来ないなんて親に見せる顔が無いです……」


 泣きそうな顔をして少年は笑う。

 何を言ってるんだこいつは。そりゃあそうだろう。風の精霊はこいつに見向きもしていないんだから。むしろ、どちらかと言えば土の精霊が地面の中から少年を見ていた。

 これはあれだな。こいつは自分の適性を大きく間違えている。確かに風魔法は優雅で憧れる生徒が多いけど、風の精霊は気まぐれだし、こいつに風の精霊に好かれる要素があるとは思えない。

 一つ助言をしてやるか。


「そうだな。次は僕は土の精霊が大好きだって叫んでから、土魔法を使ってみな」

「……え? 土の精霊?」

「いいから俺の云う通りにしてみろ。悪いようにはしないから」


 少年はまたまたビクリと肩を震わせた。

 俺にビビってるみたいだ。そりゃあ、一個上の先輩でその相手はあの豚公爵だもんな。でも、俺は早くしろと少年に促す。


「ぼ、僕は土の精霊が大好きだ! あ、アース!!!」


 少年の叫びと同時に地面がもっこり盛り上がる。さっきから少年の様子を見ていた土精霊が大好きだと言った瞬間、少年の肩に飛び乗った。だからこの成功は当たり前だ。

 少年は信じられずに、俺を見ている。


「せ、成功した!!! 初めて成功した!! ありがとうございます!! 豚……じゃなくてデニング様!! これで第二学年に進級出来そうです!」


 今、明らかに俺のこと豚公爵って言おうとしたよな。やっぱり俺の仇名って第一学年にまで広まっているんだなあ……。豚公爵……豚公爵。嫌いな名前じゃないけどさ。


「おめでとう。お前には風魔法より土魔法の方が似合ってると思うぞ。まずは土魔法がある程度出来るようになってから、他の魔法に挑戦すればいい。じゃないと、土の精霊が拗ねてお前に力を貸してくれなくなるぞ」

「はっ、はい! 分かりました!!」


 少年は目を輝かせて俺を見ている。俺も初めて風魔法を成功させた小さい頃を思い出した。嬉しいよなあ。それにこいつの場合、進級出来るか出来ないかが掛かってたみたいだし。

 俺は少年の頭をポンポンして、笑いかける。


「ほ、本当にありがとうございました! デニング様!!!」

「いいってことよ。ぶひっ。ぶひっ」


 何だかすごくいい気分だ。

 悪口とかじゃなく、この学園に入ってから誰かに感謝されたのは初めてかもしれない。

 後ろから聞こえる声に軽く手を振って俺はその後も暫くランニングを続けた。

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