4豚 小さな声で反省する
「火の精霊は熱い血を好み、水の精霊は優しき血を好み、土の精霊は真っ直ぐな血を好み、風の精霊は賢き血を好みと言われ、魔法の威力を増すには精霊に愛されることが必要です。基本的に精霊は先祖代々から受け継がれた強い血を好みますが、平民でも稀に精霊に愛されるものも存在します」
魔法学園では年に一回、座学と体術、剣術、そして魔法の試験を受け、総合で上位8割に入らなければ次の学年に進級することは出来ない。黒い豚公爵は魔法と座学の成績がダントツであり、体術と剣術の最低点をカバーすることで危なげなく毎年の進級を果たしていた。
だけど毎年、進級出来ずに留年する生徒は結構いる。そして規則により五年で卒業出来なければ落第だ。
「魔法の威力を高めるために精霊が好むものを杖に埋め込むといったやり方も効果的です。例えば、かの風魔法使いデニング公爵は杖に風の精霊が好むヤドリギの実を丸々一個すり潰しているとされています」
俺は階段教室の一番上の列を一人で占領しながら先生の話を聞いていた。別に誰かが近くに座ることを嫌がっているわけじゃないぞ。誰も俺と同じ列や近くに座ろうとしないのだ。うーん、遠慮しなくてもいいんだけどな。俺は心を入れ替えたわけだし。
でも教壇の先生から見たら俺はボス豚みたいに見えるだろうな。さっきからチラチラ視線を感じる。
「クルッシュ魔法学園ではその歴史的な背景から高い魔法力を持った卒業生を輩出しています。皆さまも先輩に続くように勉学に励まないといけません。以上、これにて本日の魔法学講座を終わります」
先生の言葉をふんふんと頷きながら、部屋を出ていく生徒達を俺は眺める。
気づいたことだが俺には友達がいなかった。いや気づくまでも無かったのだが、皆が俺を避けていた。気持ちは分かる。こんな豚公爵と仲良くしたくないよな。最近は意地悪をしてないんだけど、今までのイメージが悪すぎる。
俺は皆が部屋から出て行ってからのっそりと椅子から立ち上がった。
「デニングさん。最近、運動に力を入れていると聞きますよ」
教壇で次の授業の準備をしていたアルル先生が俺に喋りかけてくる。
眼鏡を掛け、サラサラの茶髪は腰まで伸び、黒いローブを着ていた。魔法アカデミーを卒業してこの魔法学園の魔法学の先生に着任。授業が退屈でつまらないと評判の先生だが、俺はそうは思わない。基本を大事にする先生だ。
「アルル先生。さすがに俺が太り過ぎだと気付いたので、ダイエットをしようと思ったんです」
そう言って俺は腹の肉を服の上から摘まんでみせる。
うん、豚公爵だしな俺。まだダイエットの効果はそれほど出ていないが、歩くスピードが心なしか速くなった気がするぞ。
「素晴らしい考えです。それと何か目つきが変わりましたね、デニングさん」
「目つき……ですか? 確かに変わったかもしれません……あ、先生、少しそのまま動かないで下さい」
俺は先生の前にどすどすと歩いていく。目の前に立つと、アルル先生は俺を見て縮こまっていた。先生ごめん、こんな豚公爵が前に立ったら威圧感があるよな。だけどそれを目にしたからには放っておけない。
「先生に迷惑を掛けたらダメだ」
その一言で悪戯好きな風の精霊が一体、先生の身体から離れ窓の外へと飛びだっていった。あのままだったら何か悪戯をされていたに違いない。廊下で紙の束を持っている時に強い風が吹くとかな。
「あ、あの?」
俺は訳も分かっていない先生に挨拶をして、部屋を出た。
精霊が見えるなんて言ったら大騒ぎになるからな。
廊下を歩きながら次の授業について思いを馳せる。苦手な体術だ。けど豚公爵である俺はいつものように先生から運動場を走る許可でも貰おうと思う。噂に疎そうなアルル先生も俺がダイエットをしていると知っているんだから、スムーズに許可が下りるだろう。
早くダイエットに成功して細マッチョになるんだ!
「ふぅー」
どっすんどっすんと廊下を歩いていると、先から見覚えのある顔がこちらに向かってきた
同学年の二人組。
燃え盛るような赤毛短髪の男と背丈の低い気の強そうな女の子。
アニメ版主人公であるシューヤと、俺の元婚約者であるアリシアだった。
「あっ豚公爵……」
「豚のスロウ……」
主人公にとって俺は仇敵だ。
まあ、第一学年の時に俺が突っかかっていったりしたせいだが。
今までの俺ならそんな主人公達を見て「シューヤ。学園で女遊びか、いい身分なもんだな」とか「アリシアはやっぱり魔法が下手くそだな」なんて嫌みを言ったりしたもんだ。
けれど、俺はもうそんな自分から卒業するって決めたんだ。
「……今までごめんなさい」
聞こえるかも分からない掠れたような声で出し、俺は彼らの傍をどっすんどっすんと急いで通り過ぎていった。
やっば!
心を入れ替えるとか言ったけど、謝るって難しいわ!!!!
「ぶっひぶっひ」
夜、俺は一人で寮を抜け出し走っていた。
ランニングを開始して数日が立ったが、心なしか体力が上がったように感じるぞ! まだドッスンドッスン言わせながら走ってるけどな! 早くスラリとしたイケメンになりたいもんだ!
「ぶっひぶっひ……」
学園内の端っこにある、古びた研究棟の周りを走り続ける。今は誰も使っていない古びた建物だ。それに夜だから、こんな場所に来るやつはいない。
「ぶっひぶひい」
そろそろ帰ろうかな。
そう思って研究棟から男子寮へと向かうと、ある建物の裏から声が聞こえた。
「ウィンド! ウィンド! くそ〜! ウィンド!」
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