ヒュージャック大迷宮の誕生

521豚 プロローグ <<タイソン公の火焔術団>>

 深い森の中を静寂が支配していた。

 太陽の光が緑の葉擦れに差し込み、その光の粒が森床を照らし出す。


 湿気を帯びた空気は青々と茂った樹木の匂いで満たされ、微かな風がそよそよと葉を揺らしていた。

 広がる森の中には、古代の魔法の力が漂っているような気配さえ感じられる。


「……」

 タイソン公が誇る最大戦力の一角――総勢五十人の魔法使いから構成された火焔術団の騎士が一歩一歩進んでいく。彼らの筋骨隆々の体は冷静な闘志と覚悟に満ちており、目は敵を捉える鋭い光を宿していた。


「……」

 髪は長く風になびき、その顔には緊張と固い意志が刻まれている。

 既に彼らはオークやゴブリンが密集していた森の入り口を突破している。


「単純なスパイダーなど、我らの相手になるものか」

 彼ら――火焔術団の周りで、森の中で生息するモンスターたちが姿を現した。

 巨大なクモが枝から垂れ下がり、毒針を伸ばして彼らに襲い掛かる。しかし、騎士は敏捷な動きでそれをかわし、剣を振り下ろして一撃でその生命を断つ。 


 火焔術団はタイソン公が誇る精鋭集団、わざわざ魔法を放つまでもない。


「ほう。擬態型のモンスターまでもヒュージャックに根ざしていたか」

 樹木から生えた触手が伸びてきて、彼らを捕らえようとする。だが火焔術団に所属する一人の魔法使いが水の魔法を使い、氷の結界を作り出して触手を凍らせる。パキリと氷が割れる音と共に、彼らは前に進む。


「隊長。今のところ、ガガーリン殿の報告にあったモンスターばかり。この調子なら難なく森を突破出来そうですね」

「……さて、な。ガガーリン殿をどこまで信用していいものか」

 森の奥へ進むにつれて、彼らは斥候として先行していた仲間たちの死体に遭遇する。彼らは仲間の亡骸を通り過ぎながら、進み続けた。

「やはり問題は奴らの数だな。ヒュージャックをモンスターに好き放題させすぎた結果だ」

「あいつらの繁殖力、異常ですもんね隊長。特にオークなんて年中盛ってやがる」

「お前も似たようなもんだろ、ガアク」

 火焔術団の歩みは一瞬たりとも止まらず、モンスターの脅威にも動じることなく進んでいく。


 彼らは――火焔術団。

 サーキスタの重鎮たる冬楼四家ホワイトバードに属した武家であり、巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルに残された守兵とは格が違う。


「タイソン公が見事、ヒュージャックをモンスターから奪還した暁には……タイソン公がこの国を貰い受けることになるのだろうな」

「どうせ、あの騎士国家ダリスの悪女エレノアが口を挟んで来るに決まってる」

「さあな。だが、成功すればタイソン公の功績は計り知れない。その時は俺たちも土地持ちだ。一生分の土産話が出来るぞ」

 軽口を叩きながらも、彼らの姿は武装し、威厳に満ちていた。

 その目には確かな殺意が宿り、凶悪な笑みが口元に浮かんでいる。


「隊長――遠目ルックの魔法で確認したところ、前方に見たことがない二足歩行のモンスター。頭が花びらのような……気持ち悪い姿だな……なんだあれは……」

「早速、ガガーリン殿の報告にはないモンスターだ。皆、気を引き締めろ――」

 即座に戦闘の音が轟き、森は再び彼らの闘志に包まれる。


 火焔術団の周りには生命の息吹と死の匂いが交錯し、魔法と剣の踊りが繰り広げられている。彼らの闘志は固く、決して途切れることはない。


 森の中に響く剣の音と怒号が、闘争の狂気を物語っていた。

 多くの樹木が傷つきながらも生命の息吹を放ち、吸い込まれる空気には熱い血の匂いが滾っていた。


 騎士たちの足元から頭上に至るまで、躍動する戦場が広がっている。兵士たちがモンスターと絶え間ない戦いを繰り広げる光景は壮絶の一言。

 踏みしめられた地が鮮血に染まっている。


 果たして、火焔術団を中心とするタイソン公の軍勢はヒュージャックを占有するモンスターを駆逐し、勝利を手にすることが出来るのだろうか。


 その答えは深い森の中に秘められているのだろうが――。

 しかし、彼らはまだ知らなかった。彼らの役割はただ、ドストル帝国の高位軍人――ガガーリンによって送り込まれた、捨て駒であることなど。

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