522豚 腕組みをしながら

 巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルから物々しい装いで出陣する者達の姿。彼らの様子を――俺は荒地の大地上で腕組みをしながら、見つめていた。

 勿論、正体を隠す兜は外していない。

 重たいから外したいけど、我慢だ、我慢。


「リオット、リオット、リオット!!」

 兵士たちの叫び声が空気を裂りさいていた。リオットは巨大な国サーキスタの大貴族、タイソン家の跡取りとして、その名を轟かせていた男だ。

 あいつは長い金髪を風になびかせ、鋼のような青い瞳を輝かせながら、軍勢の先頭に立って進軍を開始する。


「……」

 ――ふーむ、なんかずるいな。かっこいいな。

 先頭を務めるリオット・タイソンの姿は俺から見ても十分にイカしていた。対して、俺は全然イカしていない。リオット達を眺める不審な人間だ。現にチラチラと怪しまれているような目が向けられている。


 分かっているのか? リオットを助けたのは俺だぞ?

 もっと敬意を払えよ。実際にリオットを仮死状態から甦らせたのは意気消沈したガガーリンだが、俺だぞ?


「リオット、リオット、リオット!!」

 あいつのまばゆいるほどの魅力は巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルの城壁から見守る者や、リオットが蘇ったとの噂を聞きつけてやってきた民を魅了していた。

 進軍する姿はまるで一つの流れだ。

 そのかっこよさと威厳は見る者を圧倒する。彼らの姿はまさに、勇者たちの物語の中から抜け出てきたような光景なのだ。


「すっげえなあ……」 

 俺の声だ。タイソン領内の民に向かって手を振るリオットの姿を見て、思わず声が漏れ出てしまった。リオット・タイソンと呼ばれる男が、どれだけ愛されていたのか。歓声が留まることを知らず、素直に尊敬してしまう。



「――やけに良い男ね。死んでいたなんて、嘘みたい」

 いつの間にか、俺の隣に立っていた者がいた。その者はうっとりした顔で先頭のリオット・タイソンを見つめながら。


「きっとあの美貌に恋をした、三途の河ステュクス渡し主カローンが追い返したのかしら……それとも、現世でやり残したものがあったのか――」

 鍛え抜かれた胸板厚く、鋭い眼光に一寸の隙は存在しない。

 恐らく生涯消えることは無いだろう生々しい傷跡は冒険者としての生き様を感じさせ、そんな肉体を惜しみなく披露する半裸の男こそが火炎浄炎アークフレアの二つ名を持つA級冒険者セカンドランナー


「生き返った男、リオット・タイソンに協力すれば、私の罪は帳消しと、あのロッソ公やリオット・タイソンに話をつけてくれたことは感謝してるわ」

 髪の毛をコーンロウに編み込んだ男、以前見た時よりもやけに野生染みて見えるのは巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルの地下に囚われていたからだろう。


「でも、驚いたわ。あのギルドマスターに恩を売りつけた男に会えるなんて」

 もはや遠い記憶のようにも思えるアニメの記憶。


 アニメではシューヤの師匠の一人として存在感を発揮した男とは、俺とシャーロットが一時、ヒュージャックに潜り込んだ際に出会うこととなったのだ。


「牢屋の中だって兵士のヒソヒソ声は聞こえてくるものよ。スロウ・デニングが騎士国家ダリスに捨てられたって聞いて、耳を疑ったわ。だけどうちのギルドマスターにとっては都合の良い状況かもしれないわね。あの人、貴方にお熱だから……」

 A級冒険者セカンドランナー――牢獄に囚われていた火炎浄炎アークフレアの解放をリオットに進言したのは俺だ。ヒュージャックは今やモンスターに支配された魔境、迷宮の中にいるのと何も変わらない。


 そしてA級冒険者セカンドランナーともなれば、迷宮探査のスペシャリスト。味方が一人でも欲しいリオットの希望と重なって獄中の男は解放された。


 強者の手綱を握るために、俺は自らの正体をA級冒険者セカンドランナーに打ち明けている。


A級冒険者セカンドランナー以上の冒険者に最近、明かされたわ。迷宮都市にやってきた半人半魔の亡霊ドライバック・シュタイベルトを追い返したのは貴方だって――酒に酔ったギルドマスターが口を滑らしていたわよ」

 結果、俺はリオットから危険極まりない火炎浄炎アークフレアのお目つき役にも任命されてしまったというわけだ…………リオットは優男のように見えて人使いが荒いというか何というか……ん? ………………ん? 待て。

 待て待て……待て待て待て!


「…………は?」

 俺は耳を疑った。今、火炎浄炎アークフレアは何て言った?

 誰が、酒に酔って、口を滑らしたと……? 

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